エピローグ 幸せな未来を
外に出てみると、神殿の上空には黒い暗雲が立ち込め、結界を壊すように雷が落ち続けていた。
どうやらまだ魔王の侵入は許していないらしい。
緊張で震える体を叱咤して、ルイティーアは結界の外に出た。
「魔王、お前に聞きたいことがある!」
ルイティーアが叫んだ瞬間、雷が止んだ。
透き通るような青空が見え始め、黒雲も霧散していく。
一体、何が起きたのか分からず固まっていると、空から一人の男が降りてきた。
漆黒の髪にアメジストの瞳。一目で心を奪われてしまう美しい顔立ち。
忘れられるはずがない、大好きな人が目の前にいる。
「ルイティーア。俺だけの空に、ようやく会えた」
聞き覚えのある優しい声。
その人は、ルイティーアの空色の瞳をまっすぐに見て、涙を流した。
「……クロウ、なの?」
ルイティーアの問いに、クロウは頷く。
無事、生きていてくれた。
それだけでルイティーアの目にも涙が浮かぶ。
「迎えに来るのが遅くなってすまなかった。これからは、ずっと一緒だ」
そう言って、クロウはルイティーアを抱きしめる。
ルイティーアもぎゅっと抱きついて、クロウの存在を確かめる。
しかし、だんだんと冷静になってみると色々と疑問が浮かんできた。
「ちょっと待って……理解が追い付かないのだけれど、これは一体どういうこと? どうして、私のことが分かるの? それに、クロウが魔王?」
「悪い、ルイティーアが俺を覚えてくれていたことが嬉しくて……つい」
抱擁をとくと、クロウは戸惑うルイティーアをまっすぐ見つめて言った。
「俺が、この世界をやり直したいと願ったからだよ」
やり直し、という言葉にルイティーアは目を見開く。
「ルイティーアがいない世界を生きていても仕方ない。すべてを終わらせて、やり直そうと決めたんだ」
「そんなこと、どうやって……」
「この神殿は人間界と魔界の境界を守護する役目を持っていたんだ。二つの世界の均衡が保たれなければ、天界にも影響が及ぶ。だから、いつも高みの見物をしている天界に俺からお願いしたんだ。今まで通り平穏でいたいなら、ルイティーアを返してくれって」
「それってつまり、神様を脅したってこと!?」
「神は人々のために犠牲になったルイティーアのことを大切に思っていた。だから、君もそれを望んでいたら、人生をやり直すチャンスを与える――と」
ルイティーアが犠牲になった戦争を食い止めるため、クロウは魔界にとどまり、魔族たちにその力を認めさせたのだという。
(まさか、クロウが魔王の息子だったなんて思わなかったけれど……)
強い魔力と聖力を持ち合わせていたことに納得している自分がいた。
クロウの持つ力は普通ではなかったから。
「ルイティーアも、俺と一緒に生きることを望んでくれたと思っていいんだろう?」
情報量が多すぎて処理できない。
けれど、言えることはひとつだけ。
「もちろん。今度こそ、クロウと一緒に幸せになるって、決めていたもの」
ルイティーアは笑顔でうなずいて、クロウの頬にキスをした。
「クロウ、大好き」
一度目の人生では言えなかった愛の言葉。
ようやく自分の言葉で伝えられた。
「俺の方が、ルイティーアを愛している」
「ふふ。それはどうかしらね」
「これから俺がどれだけルイティーアを愛しているか分からせてやる」
その言葉の強さとは裏腹に、落ちてきたキスはとても優しいものだった。
魔王が聖女をさらい、姿を消したことは神殿では大きな騒ぎとなった。
けれど、それ以降魔族との争いは起こらず、聖女が自らを犠牲にして世界を守ったという伝説となった。
* * *
「ねぇ、クロウ。世間では私があなたに命を捧げたことになっているみたいよ」
「ルイティーアに生かされているのは俺の方だというのにな」
「そうね……あ、今動いたわ」
「何!?」
「ふふ。自分もいるって言いたいみたいね」
新たな命を宿したルイティーアのお腹にそっと手を触れて、クロウは優しく目を細めた。
愛おしそうにルイティーアに笑顔を見せてくれる夫に、ルイティーアの胸はあたたかさで満たされる。
ルイティーア・シャーリーには野望がある。
それは、大切で、愛する家族と幸せに生きること。
聖女ルイティーア・シャーリーには野望がある 奏 舞音 @kanade_maine
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