第3話 変わり始めた二度目
一度目の人生でクロウと初めて出会った日、ルイティーアは庭園へと足早に向かっていた。
(早く見つけないと……!)
きっと今頃、傷だらけの体で痛みに耐えているはずだ。
ルイティーアは焦りながら、彼を見つけた場所へたどり着く。
しかし、黒猫のララが「みゃあ」と鳴いているだけで、クロウの姿はない。
「え、どういうこと……?」
場所は間違いないはずだ。
時間帯が記憶と違っていたのだろうか。
そう思い、ルイティーアは庭園でクロウが現れるのを待っていた。
しかし、数時間経って現れたのは、エミリーだった。
「ルイティーア、ここで何をしているの? 戻ってこないからシスターが心配していたわよ」
「あ……ごめん。もうそんな時間だったんだね」
「本当に大丈夫?」
心配するエミリーに大丈夫だと笑いながらも、頭の中は焦りでいっぱいだった。
(一度目と状況が変わっている? もしかして、クロウは人間界への障壁を越えられなかった……?)
聖女の力でつくった障壁を抜けられるのは限られた魔族と魔物だけだった。力の弱い魔物は障壁に触れるだけで消滅する。
その障壁を強固に保つことが神殿に住まう聖女たちの主な役割だ。
そしてそれは、聖女の力が弱まれば、障壁も弱くなるということ。
聖なる力を失わせるために、魔族は聖女を狩り、殺す。
時には、聖女の力を我が物にしようとする魔族もいるのだ。
だからこそ、クロウのような魔族と聖女の子どもが存在する。
そして、一度の人生でルイティーアが人柱となったのは、魔族に壊された障壁を修復するためだった。
『俺のせいだ……俺が、俺が傍にいれば、こんなことには……』
ルイティーアの遺体を抱いて、悲痛の叫びを上げていた彼の姿は今でも忘れられない。
クロウは恨みの矛先を神殿と人間たちに向けた。コントロールできていたはずの魔力が暴走し、神殿や街は黒い炎に覆われてしまった。
『ルイティーアがいない世界なんて、どうなってもいい。いっそ、すべて消えてしまえばいいんだ』
クロウは本気で人間界を滅ぼすつもりだった。
その後どうなったのかは、時を遡ったルイティーアは見ることはできなかったけれど、人類史上最悪の大事件であったことは間違いない。
(私が選択を間違えたせいで、クロウは闇に堕ちてしまった……)
しかし、今ならまだ間に合う。
そう思っていたのに。
あの日から毎日出会った場所を探しているけれど、クロウの姿はなかった。
「どうして会えないの?」
クロウに会いたくて、今度こそ幸せにしたくて、二度目の人生は彼と生きると決めていたのに。
肝心のクロウに会えなければ意味がない。
(クロウは、無事なの?)
あと数年もすれば、人間と魔族の争いが起きてしまう。
戦争が起きる前に、クロウと一緒に神殿から逃げ出すつもりだった。
どれだけ待ってもクロウは現れず、ルイティーアは自分の一度目の記憶は夢だったのかとすら思い始めていた。
(いいえ……夢なんかじゃない。クロウに出会うまで、こんなに強く誰かを愛しいと思ったことはないもの)
そして、ルイティーアは一度目の人生で人柱となった十七歳になった。
魔族との戦争が起きるのも、この年の春。
(このまま待ち続けていても、何も変わらないわ)
クロウが障壁を超えて人間界に来られないなら、ルイティーアが魔界へ行けばいい。
クロウを見つけて、魔界から連れ出し、二人で生きていくのだ。
そう思い、ルイティーアが神殿を抜け出そうと計画していた時。
「ま、魔王が現れたぞ……!」
突然、魔界を統べる王――魔王が神殿に現れたのだ。
聖騎士が警戒を強め、シスターたちは聖女や聖女見習いを地下聖堂に連れていき、神殿の結界に力を込めるよう命じた。
(こんなこと、一度目の時にはなかったのに……)
「もしかして、私たち魔王に殺されちゃうのかな……」
「大丈夫よ。きっと、聖騎士様がなんとかしてくれるわ」
「それに、私たちの聖なる力は魔族にとっては毒のようなものだもの」
仲間の聖女たちはみな、震えながら祈り続ける。
これまでの神殿生活は平和そのもので、障壁や結界に力を込めるのも義務化していて、危機感なんてものはなかった者がほとんどだ。
いきなり魔王という最大の敵を意識して、怖くないはずがない。
ルイティーアを除いては。
「私、魔王に会いに行くわ」
魔王であれば、クロウのことを知っているかもしれない。
どうせ神殿を抜け出して魔界に行こうと思っていたのだ。
魔王の方から来てくれたのなら、手間が省けた。
「ルイティーア、何を言っているの! 絶対に魔王のもとになんて行っちゃダメよ」
「ごめんね、エミリー。どうしても魔王に会わなければならない理由があるの」
ルイティーアはエミリーや聖女たちに背を向けて、地下聖堂から出る。
そして、誰よりも強い魔力を放つ魔王のもとへまっすぐに向かった。
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