第十笑 アディショナルウォリアー

「おはようございます。よろしくお願いしまーす」


『『『おはようございます! よろしくお願いしまーす!』』』


 私、鬼美橙里は撮影スタッフへの挨拶を済ませ、ロケ車に入り台本を確認する。


 今日は、新ドラマ『配信してバスったら歌姫になった件 -内部から打ち壊す、悪の芸能界-』の収録。


 内容は動画配信サイトで歌を披露し、それがバズり、あれよあれよいう間に芸能界の頂点へと昇っていくと同時に、その界隈に巣くう女癖の悪いプロデューサーや、傲慢な共演者を歌でやっつけるストーリー。


 なんと私は、そのドラマのダブル主人公の一人として抜擢してもらえたのだ。


 バクショウジャーの皆さんと協力して失笑団を倒したあの日から、所属事務所に私へのオファーが殺到して沢山のお仕事をさせて貰えるようになった。


 毎日が充実しているけど、ほんの少し……物足りないことがある。


(あの人は元気にしてるかな……)


 あの人――お笑い芸人の赤利攻増さん。


 ファーストコンタクトはいきなりお尻を見せつけられて凄く怖かった。お笑い芸人の人って変な人が多いのかなと思っていた。


 ――でも……。


 みんなの笑顔の為に自分たちを犠牲にしながら戦うヒーローの姿に感動し、自分の気持ちも奮い立った。


 何より、バクショウジャーのレッド――赤利さんが私の歌を聴いて、勇気をもらえて素晴らしいものと言ってくれた。


 それが今まで応援してくれた人たちの中で、一番心に響いた言葉だった。


(最後は結局お尻丸出しで、黒焦げになった姿を見てのお別れだったなぁ……)


 赤利の最後の姿を思い出し、苦笑する橙里。そこに――


「おはようございます。橙里ちゃん、今日からよろしくね」


「あっ! 玖亜(くあ)さん! おはようございます。よろしくお願いします」


 物思いにふけっていると、ロケ車に一人の女の子が乗車してきていた。


 慌てて挨拶を返す。


「もう……。同い年なんだから敬語じゃなくて平気だよ? 撮影も長くなるから仲良くなりたいし……。私のことも下の名前で呼んで?」


「そ、そう……? じ、じゃあ、よろしくね。チオちゃん」


「うん! よろしく!」


 私に気さくに話し掛けてくれた、黒髪ロングの女の子は玖亜チオ。私とは別の事務所に所属しているアイドルだ。


 芸能界には子役の時から活躍していて、演技力に定評のある大ベテラン。


 今では歌も披露していて歌手の道も歩んでいる、このドラマの主人公の一人に抜擢されるのも納得の存在。


 艶やかな黒髪をなびかせ、白いワンピースをお洒落に着こなした彼女の性格は、その清楚な容姿と異なり人懐っこく、親しみやすいと業界では評判だ。


「ねぇねぇ。さっき何の考え事してたの? 男? 男でしょ!」


「ち、ちちち違うよ! そ、そんなんじゃなくて……」


「わっかりやすーい。橙里ちゃん、隠し事が下手過ぎ~」


「も、もう! からかわないでよ~!」


 「ごめんごめん」と笑いながら通路を挟んで私の隣に座るチオちゃん。


「いきなり人様の恋愛事情は踏み込み過ぎだったね」


「だ、だ~か~ら~……」


「はいはい。悪かったって」


 私の反応を見て、チオちゃんはカラカラと笑う。


(う~。めっちゃイジられてる……。よ~し、それなら……)


「チオちゃんは好きな人、いるの?」


「うん。いるよ」


「――ええっ!」


 照れもせず、あまりにもサラッと答えられたので、思わず驚きの声を上げる。


「そ、それって……業界の人?」


 早鐘を打つ心臓をなんとか落ち着かせ、恐る恐る聞いてみる。


「う~ん、どうだろ? 売れてないお笑い芸人の人だから情報が少なくって……。業界の一員にカウントしていいのか分かんないや」


「お笑い芸人!」


「ちょっと、さっきから何? 驚き過ぎじゃない? 私、変なこと言ってる?」


「あっ、いや、その、……ごめん」


 チオの好きな人が売れてないお笑い芸人と聞き、橙里の頭に攻増の顔が浮かび、不安が募る。


「その、興味本位で聞いちゃうんだけど……。その芸人さんの名前、教えてもらえたりする?」


(あの人の名前が出てきたらどうしよう……)


 こちらの心配とは裏腹に、チオは淡々と答える。


「名前言っても分かんないと思うよ? 青井・ブルトニア・蒼太って人で、ラップする芸人。知ってる?」


「……あー。なるほどねー」


 心配が杞憂に終わり、返事が適当になる。


「橙里ちゃん、絶対に知らないでしょ。まぁ、メディアに全く出てない無名の芸人だからしょうがないんだけどね」


「チオちゃんはどうして、その芸人さんを好きになったの?」


 私の疑問に目を爛々とさせ、チオちゃんは説明しだした。


「それ聞く? 聞いてくれる? 私ね、今まで芸人に着目してる時って無かったの! でもね! 前のドラマの撮影の合間に疲れてテキトーに動画を漁ってたらちょっとバズってるラップバトルの動画があったの! それが超オモシロくてさあ! その時に出ていたのが、蒼太くんだったの! 私のおススメだから今度見てみてよ!」


 まくしたてる様に話すチオに、圧倒される橙里。


「へ、へぇー……。そんなに好きになったんだ、その芸人さんのこと……」


「うん! こんな気持ち、初めて!」


「…………」


 素直で楽しそうに話すチオに、橙里も自然と頬が緩み、自分の心情を打ち明ける気持ちになった。


「実は私もね……。気になってる人が――芸人さんがいるの」


「えっ! 橙里ちゃんも? さっき考えてたのって、もしかして……」


 チオの指摘につい、顔を赤らめてしまう。


「……うん。赤利攻増っていう、辛口を言って笑いを取るピン芸人。こっちも全然、有名じゃないんだけど……」


 話し終えた後、ちらっとチオの方を見ると、嬉しそうにこちらを見つめ返していた。


「私たち、お笑い芸人好き仲間だね! さっそく共通点が出来て嬉しい! もっとその芸人さんについて聞かせてよ!」


「――っ! うん!」


 こうして私たちは気になっている芸人さんの話から、演技の話し,事務所がくれる休みが少ないなどの愚痴なんかも話して有意義な時間を過ごせた。


「それでここに来るまでにね、変な子がいたの」


「変な子?」


 話の流れで、チオちゃんが気になることを話し始めた。


「この近くに商店街あるじゃない? そこの入り口にあったダンボール箱の前で小さい女の子がしゃがんでてさ、気分でも悪いのかと思って心配だから遠目から見てたの」


 私は黙って相槌を打つ。


「そのダンボールの中に捨て猫がいてさ、女の子がその猫に話し掛けてたんだよね。『お前も一人か』とか、『パワーを分け与えてやる』とかブツブツ呟いてて……。ちょっと不気味に思ったのと、仕事に間に合わなくなるからそのままにして来ちゃった」


「そんな事があったんだー」


 雑談に花を咲かしていると、急にスタッフの女性がロケ車に入ってきた。


「二人とも大変よ! この近くに怪人が現れたんですって!」


「「えっ!」」


 女性の発言で、二人に緊張が走る。


「近くの商店街に出たって情報が入ったんだけど、詳しいことがまだ分からないからロケ車から出ないようにしてちょうだい!」


「わ、わかりました……」


「ドラマで使うスモーク用のドライアイスもいつの間にか無くなっていて、何が何だか――もう!」


 チオの返事を確認し、女性スタッフは慌ただしくロケ車から出て行った。


「橙里ちゃん、ここは落ち着いて――橙里ちゃん?」


「…………さっき話してた女の子、まだ近くにいるかも。探してくるから、チオちゃんはここに居て」


「えっ! いやいや危ないって! 怪人に出くわしたらどうするの?」


 チオの言葉に、不安が混じるも笑顔の橙里が答える。


「大丈夫! 絶対にヒーローが――バクショウジャーが助けに来てくれるから」


     * * *


「ハァ……ハァ……。どこだろう、女の子?」


 チオちゃんの制止を無理矢理振り切って、商店街まで来てしまった。


 周囲を見渡しても、女の子はおろか他の人たちも見当たらない。


「みんなと一緒に、避難したのかな? そうだったらいいんだけど……」


『ニャーン』


「(ビクッ!)」


 急な物音に、心臓が口から飛び出すかと思うくらい驚く。


(な、なななななな何っ! もしかして、怪人?)


 恐る恐る声のする方へ振り向くと、そこにはダンボール箱があった。


「も、もしかして……」


 ポツンと寂しそうに落ちているダンボール箱に顔を覗き込むと……。


「ニャオ」


「やっぱり……。チオちゃんが話してた捨て猫だ」


 正体を知れて安堵する。


 ダンボール箱の中の猫は子供の三毛猫で、黄色と紫色のオッドアイをしていた。


 子猫はダンボール箱の中で毛づくろいをし、呑気に欠伸までしている。


「かわいそうに……。こっちにおいで。ここは危ないから一緒に安全な場所に行こ?」


「ニャン」


 捨て猫を抱きかかえ、急いでロケ車に戻ろうとした。


 ――その時。


『ンアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 聞き覚えのある声がして、足を止める。


「も、もしかして、あの人が来てるの……?」


「ナオ?」


「ごめんね? ちょっとだけ……」


 いけない事と理解しつつ、逸る気持ちを抑えることが出来なかった。


 私は声のする方へ向かうことにしたのだ。


 それが後に、運命を大きく変えてしまうことも知らずに……。


     * * *


『さあ、バクショウジャー。覚悟するゼリ!』


「っ!」


 私が相手の死角から目の当たりにしたのはバクショウジャーとクラゲの怪人だった。


 しかもバクショウジャーのうち、三人は地面に倒れて何故か痙攣している。


(レッドさん! た、大変……! どうにかしないと! また配信をすれば大丈夫になるのかな? でも、一人でどうすればいいの?)


「ナフ!」


「えっ?」


 一人で思い悩んでいると、抱きかかえていた子猫が腕から飛び降りて地面に着地した。


「ち、ちょっと! 危ないからこっちへ――」


「ンニャア!」


「――っ!」


 再び抱きかかえようとした子猫が突然、こちらへ飛び掛かってきた。


 額と額がぶつかり合って、その衝撃で黄緑色の煙が出る。


(な、なに、何?)


 煙が段々と晴れ、やっと視界が広がる。


「ゴホッ! ゴホッ! 一体、何なのニャ? …………ニャ?」


 自分の言葉の語尾に疑問を抱き、目の前の服屋のショーウィンドウを鏡代わりにして、自分の姿を確認する。


「こ、これは何ニャー!」


 そこに映った自分の姿に、衝撃を受ける。


 手足や胸とお尻の部分が黄緑色のフワフワの毛(ファー)に覆われており、その部分以外は丸出し。


 瞳が黄色く、猫耳と尻尾が生えており、鋭い爪のオマケ付きだ。


「は、恥ずかしいニャ! 恥ずかしいニャ! 誰も見ないでほしいニャー!」


 慌ててお腹周りを隠し、その場で蹲る。


(これってどうゆう事ニャ? 誰か説明して――)


(ニャア!)


(えっ! 頭の中から声が、さっきの子猫の……!)


(ニャア。ニャフ! フニャア)


(こ、言葉が分かる! 『力を貸す』って、え! 戦えってこと?)


(ニャス)


(む、無理だよ~。私に戦いなんて……。体育の球技でも返球を全部顔で受け止めていた私に~)


(ニャンニャコ)


(『連中を助けたいんじゃないのか?』って、それはそうだけど~)


(ワンワンニャア)


(『覚悟を決めろ』って、『一緒なら絶対に成し遂げられる』って、う~ん……)


(ニャニャンガニャン!)


(もう! 何が何だか分かんないけど、こうなりゃヤケだ! 猫ちゃん、一緒に戦って!)


(ニャオッス!)


     * * *


「フニャア!」


「――ゼ、ゼリ……!」


(やった! 触手を切って、レッドさんやバクショウジャーのみんなを助け出すことが出来た!)


(ニャニャ!)


(うん! これなら、イケるかも! レッドさんにこの姿は恥ずかしくて見せれないから速攻で決めよう!)


(ウニャン!)


「俺の触手で苦しめゼリ!」


 クラゲの怪人が大量の触手で襲い掛かってきた。


(わわっ! どうしよう? 当たっちゃう!)


(ニャフッシャ!)


(『落ち着いて触手の挙動を見ろ』って、分かった! やってみる!)


「ウニャッ!」


 猫ちゃんの指示通り、落ち着きながら触手をよく見定めて、体に引き付けながらギリギリのところで躱す。


 それが功を制し、全ての触手攻撃を避けることが出来た。


(ニャニャンス)


(え? あっ! あれはドライアイス! バクショウジャーの人たちが持って行ってたんだ……。よし! これを使って……)


 私たちの超スピードにクラゲの怪人は追いつくことが出来ず、攻撃を避けながら拾ったドライアイスをぶつける。


「フシャー!」


「――ゼ、ゼリ!」


 凍ったクラゲの怪人に、右手の爪で引っ掻く。


「…………っ!」


 クラゲの怪人はバラバラに砕け散り、無事に戦いを勝利で納めた。


(や、やったー! でも、怖かった~)


(ニャンニャッタ!)


「ウニャ~ン」


(あっ! レッドさん達は……まだ少し痙攣してるけど、大丈夫そう。良かった)


(ゴロゴロニャ~ン)


(『ずっと会いたがっていたんだろ? この機会だから話をしとけば?』って、なんでそれを……!)


(フシュ!)


(で、でもこの姿だと私って分からないし、それに恥ずかしいし……。ああ、もう! ままよ!)


「(ペロリ)」


「あああああん!(ビクビクビク)」


(キャーキャー! マスク越しだけど、舌を……! キャー!)


(…………ニャレニャレ)


     * * *


 私は子猫を抱きかかえたまま、ロケ車に急いで戻っている。


 建物の屋上まで登った後、元の姿になり、一人と一匹になった。


「ニャア」


「…………う~ん。やっぱりダメ。この子の言葉が分からない。あの姿でないと無理なのかなぁ……」


 さっきまで理解していた猫語(?)は、今は全く意味不明であった。


(でも、二度とあんな格好したくないしな~)


 一人で思案していると、遠くから駆け寄ってくる者がいた。


「橙里ちゃん! 心配したんだよ! 大丈夫? 怪人に会わなかった?」


「チオちゃん、ありがとう! ごめんね、我がまま言って……。怪人には……ニアミス、かな?」


「えっ! それって大丈夫――あれ? その猫……」


 チオちゃんは私の腕で欠伸をしている子猫に気づく。


「うん……。なんかこの子に縁を感じて、飼うことにしたの。名前はねぇ、ライト! 黄色い部分の毛並みが太陽に照らされた時、明るく光るから! ほら、ライト。チオちゃんに挨拶!」


「…………フン!」


「態度がデカい子猫だね。三味線にしてやろうかしら」


「も~う。仲良くしてよ~」


 こうして私、鬼美橙里とライトの激しくてモフモフな物語が幕を開ける……のかな?


「ニャア」

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お笑い戦隊 バクショウジャー スヴァンドゥル @sevendre

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