〈窕を彷徨いし者〉の記憶の残滓

ナナシマイ

記憶の残滓を拾ってみた。

 うつろの砂漠を徘徊するのは僕の趣味なのだが、その拾い物が時の女神に見つかってしまったのは運が悪かったとしか言いようがない。

『ジ、記憶というのはあたくしの管轄なのですわ。そなた、これからもあたくしの代わりに、記憶の残滓こどもたちを拾ってきなさい』

 まったく、面倒もいいところだ。だが、時間回廊への扉を見せられてしまえば、頷くほかなかった。窕の砂漠もびっくりの、完全断絶された場所――便宜的にそう表現することとする。真にあれは空間ではない―なのだから、いくら〈窕を彷徨いし者〉と呼ばれる僕でも時間回廊から抜け出す術は持たない。


 ジ地域という特異点の発現には、不本意なことではあるが、僕のこの趣味が関係している。

 窕の砂漠で拾った記憶の残滓を時の女神に献ジ……献呈し続けた結果、それはもう膨大な――小国程度であれば歴史丸ごと余裕で賄えるほどの時間が集まったらしい。そうして時の女神の御心のままに作られたのがジ地域である。ちなみにその時代のその国に「ジ地域」を置いたのは彼女の気紛れらしい。

 記憶の残滓から生まれたものであるため、周囲からすれば文明が進みすぎていたり遅れすぎていたりとちぐはぐで、ひどく奇妙な存在に見えているに違いない。現にあの国ではジ地域を巡った戦争なるものが何度か発生している。

 それすらも時の女神は面白いと考えるのだろうが、そのうち飽きてプミっと消してしまいそうだ。


 無風の一面にの粒子がさざと揺れている。


 窕の砂漠はいい。

 なにもかもがあり、なにもかもがない。暑くも寒くもない。無味無臭で、しかし心によい香りがする。湿度――なんてものは存在しないが、そういう乾燥やら湿ジ……めジ、ジっと……――。

 ……ああ、くそっ。この言葉は言い換えが難しいのだ。

 時の女神の管轄内において、時に関連しない場合のその音を封印する、だって? よりによって使用頻度の高い音を? 僕のこの語彙力のなさで? ……本当に、時の女神の気紛れには辟易するばかりだ。さすがに名前の加護をもらうわけにはいかないので我慢するしかないのだが。

 やはり僕は運が悪いと言わざるを得ない。

 ……で、なんの話であったか。……ああ、そうだ、乾燥の反対ならば、蒸し蒸しが適当だろうな。

 とにかく、そういったあれこれの理由で僕は窕の砂漠を徘徊したくなるのである。


 僕も拾った記憶の残滓から人間の営みを覗き見ているので、人間の感覚というものをだいぶ理解してきたような気がする。

 そう、それで言うと、窕の砂漠とは宇宙に近いものなのだろう。

 僕は宇宙を歩き、宇宙の落とし物を探している――。

 ……おお、なんと詩的な響きだろうか!


(このあと〈窕を彷徨いし者〉による人間的感覚を用いた表現が続くため、仮にも神の域にある者の記憶として相応しくないと判断。該当箇所の粒子を均すこととする。――追記。対応済)


 そういえば時の女神は、ジ地域内で残滓の人こどもたちに神鳥の姿をとることを強いているのだが、あれは人間的にどうなのだろうか。

 確かに僕らにとって神鳥は近しいものであり愛しさがよりいっそう溢れるように思う。女の子の、檸檬に一番星の煌めきを溶かしたような神鳥姿は特に素晴らしい。可愛いし、プミプミしたくなる。

 どれだけ人間の記憶を拾っても、この感ジ……気持ちはとめられないようだ。

 ……やはり、あの運用は継続必至だと、時の女神には伝えておこうか。

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