たまこね

鳥辺野九

ねこまた


 十何年か、この世知辛い現世を生き抜いた猫は『猫又』って妖怪に変化するじゃん? あいつら人間に化けて取って代わるらしいよ。知らないけど。

 取って変わられた人間はどうなるって? だから知らないって。でもね、猫又の撃退法ならうち知ってるよ。

 ちゅーるってあるじゃん? そ。ちゅーるを常に懐に忍ばせておくこと。

 えっ、持ってないの? 一本も? ウソみたい。じゃあ、うちのちゅーるを分けてあげる。一本五百円。どの味にする? なんて、ウソよ。タダでいいってば。

 なんで猫を飼ってないうちがそんなにちゅーるを持ち歩いてるかって? 決まってるじゃない。猫又対策よ。それとも猫又対策済み人間対策かしら?

 どうすればいいって、それはね──。




 16歳の誕生日。制服がかわいいと評判の高校の女子高生。スマホの画面はとにかくデカい。猫を飼っている。猫が賢くかわいくヤバい。ショート動画投稿サイトに猫動画をアップしてて軽くバスってる。16歳の誕生日。大事なことなので二度言いました。

 これはもう最強属性でしょ。怖いものは何もなし。ネットに顔出し問題なしの鋼メンタル。炎上上等むしろ燃やしてみ。猫に好かれる特異な人間性。そして16歳の誕生日。大事なことなので三度目です。

 あたしは最強で無敵な16歳の女子高生になる、はずだった。よりによってこんな最強な日にスマホを忘れるなんて。

 スマホがない女子高生なんて牙を抜かれたライオン。イチゴだけ盗られたショートケーキ。もふれない猫。ありえないでしょ。

 せっかくの16歳の誕生日なのにメールもラインもチェックできないんだよ。

 もうそわそわしちゃって何にも手につかないから、茉莉萌まりもちゃんのスマホ借りて、あたしのスマホに電話してみたの。

 ひょっとしたら鞄の奥から着信音が聞こえちゃったりするかもしんないし。まあたぶん家に置き忘れてると思うけどさ。


『──(コール音)』


 ほら。着信音は聞こえない。家に忘れてきたの確定。スマホいじれないしんどい一日になりそうだわ、と諦めかけたその時。


『──プッ』


 おい。誰かが電話に出た。


『この機械は花果はなかのモノじゃ。あいにくと花果は留守にしておるニャ』


 ニャ?


ワシがこいつを預かっておるゆえ、時を置いてまたかけ直すがよいニャ』


 ニャ?


「ちょっ、まっ、あんた誰よ? あたしのスマホ勝手に出て何してんの!」


『その声は花果か、しまったニャ!』


 謎のニャの主は慌てて電話を切っちゃった。何なの、何これ、わけわかんない。


「どしたの、花果ちゃん」


 茉莉萌ちゃんが何かヤバげな雰囲気を感じたか、あたしの手から自分のスマホを奪い取った。おっとりしててもふりたくなるくらいかわいい子なんだけど、こういう時だけしっかりアグレッシブ。


「あたしのスマホに誰か出た」


「何それー。ヤバくね? マズくね? アラくね?」


「ヤバいし、マズいし、荒いわ。家に置き忘れたはずなのに、何で誰か出るわけ?」


「おうちの人とか? イケメン弟くんのイタズラ?」


 うちには父と母、能力値をルックスに全振りしたような弟が一匹、あと猫。みんな昼間は外に出てるから家には誰もいないはずなんだけど。まじ意味不明。

 って、猫?


「ニャって言ってた」


「ニャ?」


「ニャ」


「猫確定じゃん」


 茉莉萌ちゃん、アグレッシブに断言。




 結局、スマホなしの一日はガチ苦行だった。悟りが開いちゃうレベルで。悟りオープンしたらしたでスマホなんかいらないんだろうけど、それはやっぱりSNSでオープン記念報告しなくちゃなんないからスマホは必要。

 学校終わって速攻で帰宅。何で自分ちに入るのにこんな恐る恐る忍び足で歩かなくちゃなんないのって緊張感でぱつんぱつんな帰宅。

 玄関にはちゃんとカギがかかってた。靴もなし。みんな出掛けてる。

 いつもならあたしが帰ってくると猫のニャルラさんがすっ飛んでくるはず。なのに。今日は嫌に静か。


「ただいまー」


 声掛け。念のため。猫反応なし。何もなし。


「やっぱ誰もいないじゃん」


 そう言った瞬間かすかな家鳴り。足音。猫気配あり。二階。あたしの部屋。


「ニャルラさーん、いるのー?」


 何この緊張感緊迫感。息を殺して忍び足。リビングの扉を音も立てずに開けてさっと顔を出し即引っ込める。二秒数えてゆっくりと顔出し。リビングに動きなし。

 電話子機を手に、あたしのスマホにかけてみる。

 左耳にあてた子機からコール音。右耳に二階からかすかな着信音。スマホはやっぱりあたしの部屋にあるっぽい。

 階段を登る。一段足を乗せるたびに着信音が大きくなってく。部屋の前に立つと、スマホはもういい加減電話出ろやとばかりに大きな着信音で喚き散らしている。誰も出る気配なし。

 変な間を置いたりしないで一気に扉を開ける。

 しんっ。

 急に静まり返る部屋。白をメインカラーにまとめたあたしだけの落ち着いた空間。なのに。ヤバめの雰囲気がみっちみちに満ちている。

 何かありえない。てかまじありえないんですけど。ガチでヤバげ。

 静か過ぎる。着信音が消えた。子機からもコール音が消えてノイズみたいな静かな雑音が聞こえる。つまりどういうこと? 誰かが電話に出たってこと。


「誰?」


 返事はなし。当然。部屋には誰もいないんだもん。返事がある方が怖いって。と思ったら誰かの声がかすかに聞こえた。


「ぅおいっ! 誰よっ!」


 今度はしっかり聞こえた。『ぅおいっ。誰よ』って。スマホからのあたしの声。やっぱり誰かが電話に出て、どこかに放置してるっぽい。音の向きからして、ベッドの下?

 子機を耳に当てながらベッドの下を覗き込む。スマホはそこにあった。ベッドの影の中で光ってる。スマホの他には何もなし。猫のニャルラさんがスマホに猫パンチしてるでなし、パンツ一丁のおっさんが吐息も荒く潜んでいるでなし。

 子機を通話が繋がったままカーペットに放り投げて、うつ伏せに寝っ転がってベッドの下に手を伸ばす。届くか、届かないか。これまた絶妙に遠くって、あと指先一本たどり着けない。

 ベッドに置き忘れて、ニャルラさんがイタズラして遊んでたらベッドの下に落っこちて、なおも猫パンチ追撃してたら偶然あたしから電話がかかってきて通話状態になった。うん。100パーあり得ないわ。

 だって、あたし、誰かと喋ってるもん。

 頭が入れば、もう少しベッド下に潜れるかな。短いスカートが捲れ上がろうと、どうせ誰もいないんだし、身をよじって姿勢を入れ替えて腕を伸ばしてみる。もう半身ベッド下に捩じ込んだところで、ぴったりスマホに手が届いた。


「あたしってばやれば出来る子じゃん」


『そう。やればできるニャ。そのまま動くニャよ』


 誰に言うでもないあたしのつぶやきにスマホが返事した。

 ニャ?


「あんた、誰よ」


 ベッド下に右半身捩じ込んだ状態でスマホを引き寄せて耳へ。あまりに異常な状況に怖さより一周回ってムカついてきた。こっちは一生懸命ベッド下に潜ってんのよ。


『ずいぶんと余裕があるニャ』


 ベッドの上から、そして一瞬テンポが遅れてスマホから、ハスキーで毒を含んだ苦味のある声が聞こえてくる。この声はニャルラさんが甘える時の声。いや、ノドをこちょこちょしても構わんぞ、という時に出す枯れた声。


「別に。猫だって、その気になればしゃべるでしょ」


 はやる気持ちを抑えて、スマホごとゆっくりと身体を捻る。猫が喋るだなんてヤバすぎるくらいヤバすぎるんですけど。


『ほう、大したものだニャ。花果らしいといえば花果らしいニャ』


 ベッド下から見える限られた範囲の部屋。さっき放り投げた電話子機が見当たらない。拾われたか。ニャルラさんの姿もない。ベッドの上だな。


「で、何の用? あたし今忙しいんだけど」


『そうか。ニャらば単刀直入に言わせてもらうニャ』


 ニャルラさんの声が移動する。ベッドの上で子機に喋りかけながら歩いてる。


「何よ。聞いてあげる」


『猫が人の元で十五年飼われるとニャ』


 二本足で立って歩く足音。


『猫又という妖怪変化にクラスチェンジするのニャ』


 ベッドの端が軋む。


『儂は今日で16歳になるのニャ』


 電話子機がカーペットに投げ捨てられる。


「花果、ずっと前からおまえをもふりまくりたいと思っていたニャ」


 もうすっかりおばあちゃん猫だと思っていたニャルラさんはすごく猫っぽい身の軽さであたしの背中に飛び乗ってきた。はっきりと二本足で立っているとわかる背中の感触。


「あたしをもふるって?」


 あたしはベッド下から這い出して四つん這い。あたしの上に猫。何の筋トレだって形になる。背中に乗る猫又化したニャルラさんを振り落とすためお尻を高く上げてふるふるする。でも、そうはさせてもらえなかった。


「無駄ニャ」


 そして世界はぐるり反転した。

 何が言いたいかわけわかんないだろうけど、あたしにも理解不能だった。カーペットに四つん這いだったはずが、目に見える世界が急に拡大してって、それに反してあたしの身体が縮んでいくのがわかる。

 ふかふかカーペットがつるつるした制服ブレザーの背中に変化して、両腕にはもふもふの毛が生え始めた。

 いつのまにか、あたしは猫になっていた。四つん這いになったあたしの背中に二本足で立つニャルラさんになっていた。


「猫又はな、四つん這いになった人間の背中に立つと魂を入れ替えることができるのだ」


 あたしの姿をした何かが立ち上がって言った。振り落とされた猫の形のあたしは、それでも持ち前の俊敏性を活かしてすたっと二本足で舞い降りて、仁王立ちする女子高生を見上げる。

 あたし、でかっ。天井、高っ。ベッド、大きっ。部屋、広っ。猫のあたし、小さっ。

 女子高生のあたしと、猫のニャルラさんが──。


「入れ替わっている!?」


「理解が早いな。さすがは花果」


 ニャルラさんはメインクーン種。毛足の長いダッフルコートを着込んだようなふさふさっぷり。あたしの視界にはもふもふしがいのある前足、お腹、そして二足歩行の後ろ足とぽってりしたしっぽ。完全猫化じゃん。

 あたしなニャルラさんを見上げる。きれいな脚の女子高生はブレザーとスカートをひらひらさせて自分の身体を品定めしていた。こら。そんなとこをおっ広げるんじゃない。


「うむ。よく手入れされとるな。いい塩梅の身体付きじゃ」


「スカートめくるニャ!」


「ほう、その言葉遣いもかわいいものだな。儂もそうだったろう」


 ちょっと。言葉まで猫化されちゃってるんですけど。何がどうなっちゃってるの。


「さて、儂が人間と入れ替わったらまず何をすると思う?」


「さあニャ。美味しいごはんを食べる?」


 あたしの顔と身体を乗っ取った猫又がニヤリと笑う。


「花果、おまえをな──」


 ヤバいマズいアラい。思わず二足歩行モードで走り出すあたし。ベッドの下だ。そこに潜り込めば人間の身体では奥まで手を伸ばせない。ついさっき体験済みだし。猫の身体なら奥の奥まで逃げられる、はず。


「もふってやるわ。もふりまくりじゃ」


 慣れない猫の身体でのダッシュは無理があった。ばたつくあたしはあっさりと人間の長い腕に絡め取られ、軽々と柔らかい胸に抱き締められる。

 逃れようと暴れてみるが、高っ。猫なら楽に着地できる高さだろうけど、人間の感覚が残ってるあたしにとってはビル二階分の高さはあるわ。これは飛べない。


「ほほう、これがひなたぼっこの匂いか。さっき十分に太陽の光を浴びとったからの」


 ぎゅうって猫のあたしのお腹に顔を埋めてくる人間のあたし。ああっ、わかるわー。悔しいけどわかるわー。


「さあ、お待ちかねのもふもふタイムじゃ」


 大きくて細長い人間の指があたしのノドを襲う。鷲掴みにするように長めの毛に指を忍ばせて、首を絞められるって覚悟した瞬間、今まで味わったこともない感触があたしの身体を駆け抜けていった。これは、快感って奴だわ。

 これが、もふもふタイムか。もうダメそう。ノドが、鳴る。




 ゴロゴロ、ゴロゴロ……。

 ノドを鳴らすのがこんなに安らぐものだったなんて。

 人間の大きく温かな手、長くしなやかな指で。ノドをこちょこちょ、首をもみもみ、尻尾の付け根をうりうり、柔らかいお腹の毛をもふもふされたら、もう人間に戻れなくなりそう。どうにでもして感がさざなみみたいに押し寄せてくる。

 あたしの身体を乗っ取ったニャルラさんの太ももの上で、まるで液体になったようにだらしなく伸びまくる猫の身体に押し込まれたあたし。

 ニャルラさんはリアルな猫撫で声で何か自分語り始めちゃってるし。全人類猫化計画を開始するだの、猫又に変化するための苦労話とか、もうどうでもいいことばかり。

 ああっ、冗談じゃニャい!

 百歩譲って猫になるのはまだいいとして、無敵の女子高生なるあたしの身体を勝手に使うのが許せないっ。女子高生を何だと思ってるの? 天上天下唯我独尊な女子高生よ。


「花果よ、何を見ている? はよ諦めて完全に猫になってしまえ」


 何か使えそうなものはないか、あたしは猫の頭をキョロキョロとさせた。視野が人間のと違うから端っこがぐにゃって見えるけど。

 電話子機が床に転がっていて、スマホはベッドの上。鞄も床に投げ出されたまま。そうだ、あれがカバンの中にあったはず。


「……ちゅーる」


 ニャルラさんが小鼻をぷくっと膨らませた。猫の時のクセが残ってるっぽい。


「花果よ、何と言った?」


「ちゅーる」


「……それがどうした?」


 あたしはゴロゴロと気怠そうにニャルラさんの太ももにだらりとしなだれたまま。


「別に」


「言え」


「いやね、ちゅーる食べたいなって思っただけニャ。あんた、すっごく食い付きがよかったじゃんニャ」


 ニャルラさんの小鼻がぴくぴく。唇からペロリと舌。


「猫になっちゃったら、この肉球じゃちゅーるのパッケージ開けらんニャいじゃん。だから、あんたにちゅーるを開けて欲しいニャーって思ったのよ」


「ふん。……どこにある?」


「別にいいよ。猫になっちゃったんならいつでも食べさせてもらえるんニャし」


「儂はどこにあると聞いているんだ」


「あたしの鞄の中でも見てみれば? あんた用のおやつにあったかもニャ」


 あたしをもふる指先がそわそわしだすニャルラさん。カーペットに投げ捨てられてる鞄をチラッと盗み見て、自分のしなやかに動く指先を見つめる。そう、その細い指なら、肉球と違ってちゅーるくらい開けられるよね。


「ちゅーる、か。そんな猫の食いもんなぞ」


 ニャルラさんが動く。あたしをぽいと放り投げ、猫みたいな挙動でベッドを降りて鞄に鼻先を擦り付ける。匂う? ちゅーるのパッケージはしっかりしてるから匂わないわよ。


「欲しいか、花果よ」


 ニャルラさんは鞄の中から『ちゅーるキハダマグロ味』を探り当て、あたしをじとっと見下ろした。


「ええ、それは猫用だからあたしのだもん。ちょうだいニャ」


 ベッドに二本足で立ち、肉球を差し出してやる。

 ピリリ、パッケージを不器用に破り、その先端からペースト状のブツをちゅるっと覗かせるニャルラさん。もう女子高生じゃない。目が猫のそれだ。縦長の裂け目みたいな瞳孔がキラリ。


「やらぬ!」


 ニャルラさん、叫ぶ。猫だった時のちゅーるへの執着はそう簡単には忘れられないようで。でしょうね。


「ちゅーるは儂のものじゃ!」


 女子高生は強引にパッケージに齧り付き、溢れ出るペースト状のマグロを口の中へと捻り出した。一気に。一本まるっと。


「そうすると思ったニャ」


「……なんだと?」


 さあ、少しの時間差を置いて、ニャルラさんの口の中でマグロが野生の素材力を存分に発揮するでしょうね。


「人間と猫の味覚の違い、その舌でとくと味わいニャさいっ!」


「な、な、生臭っ!」


 ニャルラさん、悶絶。


「ダイレクトに魚の匂いが強過ぎて、塩っ気も旨味もなく、ただただマグロ味っ!」


 ちゅーる一本一気喰いだもんね。猫の時とはその印象がまるで違うはず。マグロの形をした凶器そのものを口の中で暴発させたようなものよ。崩れ落ちるほど美味しいでしょ。

 ニャルラさんはがっくりと膝から崩れ落ちた。ちょうどあたしにお尻を突き出して四つん這いになるように。


「花果、何故ちゅーるが生臭いと知っている?」


 おえっと吐きそうになってる女子高生の背中。まだ吐くんじゃないわよ。人間向けの味ではないにしろ、栄養価はちゃんとしてるんだからもったいないわ。


「ええ、食ったニャ! あんたがあんなに美味しそうに食べてんだもん。飼い主の責任として味見くらいしニャくちゃね!」


 猫の跳躍力を活かして、あたしは四つん這いになったニャルラさんの背中に飛び乗った。

 猫は16年生きると猫又に妖怪変化する。ニャルラさん本人が言ってた。妖力が使えるようになり、人語も解し、人間に取って代わるバケネコとなる。

 ならば、まさに今日16歳の誕生日を迎えたあたしもその条件を満たしているはず。あたしも猫又に変化して妖力が使えるはずニャ!


「花果、やめろニャッ!」


「ニャルラさん、返してもらうよ。あたしの身体っ!」


 次の瞬間、視界がぐんって拡大された。制服のブレザーの背中に着地したはずが、目の前にはカーペットが見え、周囲が急に狭く低く感じられた。戻った。女子高生の身体に戻れた。


「花果!」


「うおっと、もうおしまいよ、ニャルラさん」


 同じ手は二度とは食わないわけ。お互いにね。逃げようとしたのか、再びあたしの背後を取ろうとしたのか、跳び上がった毛足の長い猫をがっちりキャッチ。

 脇の下に手を差し込んで肩をロックして、高い高いってあやすみたいに持ち上げてやる。そうなると猫は身体的特徴上何にもできなくなる。

 文字通りお手上げ状態なわけ。


「さあて、どうしてくれようか、ニャルラさん」


「ふん、好きにせい」


 猫又は金色の瞳であたしを睨みつけた。脚をじたばたさせるのもやめてだらりと力なくぶら下がってる。戦意喪失。あたしの勝ちね。


「お互い16歳の誕生日だったんだね」


「それがどうしたニャ」


「運命感じちゃうじゃん。あたしとあんた、運命共同体的な」


 ふんっ、と不貞腐れた顔をする猫。

 喋る猫。長く美しい毛並みのメインクーン種。金色の瞳。それに加えて、猫又と女子高生。ショート動画でバズる要素満載じゃん。無敵の女子高生としてこれを逃す手はない。


「みんなには内緒にしとくからさ。ニャルラさん、あたしと契約しない?」


「契約だと? ニャに考えてる?」


「今まで通りちゅーるもあげる。美味しいからね。人間にはちょっとアレだけど」


「ちゅーるくれるニャら、花果の考えを聞かんでもニャいが」


 まんざらでもないって顔するニャルラさん。契約成立ってとこかな。


「えーとね、じゃあまずはね──」




「ってことがあったのよ、茉莉萌ちゃん」


「まじ不思議体験じゃん。ヤバくねマズくねアラくね」


 茉莉萌ちゃんは頭悪いっぽく話す。でもそれは演技だ。あたし、知ってるし。周囲の温度、雰囲気、空気に合わせて猫みたいにくるくる喋り方を変える。バカっぽく振る舞ってるが、実はかなり深く考えてる子。

 女子高生ながらスタイルもよくって、モデルさんみたいに制服を着こなすセンス持ち。だから好き。


「まいったわよ。まさかうちの猫が急に喋り出すなんて」


 ニャルラさんが猫又であるってことは伏せながら、昨日の不思議体験をかいつまんで話す。てゆーか、ほぼ事実は隠して、猫が喋ったってとこだけ抜き出して。


「ニャルラさんがお喋りするの、うち見たかったわー。うちも猫と喋りてー。お喋りしてー」


「と、思うでしょ?」


 あたしと茉莉萌ちゃんはオープンカフェで女子トーク中。日曜日の午後はうららかで、絶好のもふり日和。茉莉萌ちゃんのこと、あたしってばずっともふりたいと思ってたんだ。もふもふしてあげるよ、茉莉萌ちゃん。


「今日はね、実はニャルラさん連れてきてるんですー!」


 バッグの中に潜んでもらってたニャルラさんを披露。ジャジャーンって効果音を口ずさんで毛足の長いメインクーン種の猫を抱き上げる。


「わお。ニャルラさーん、はじめましてー」


 茉莉萌ちゃんが目をキラキラ。金色の目を茉莉萌ちゃんに向けるニャルラさん。ついついあたしも獲物を狙う目をしてしまう。


「うむ。儂はニャルラじゃ。よろしゅうニャ、茉莉萌」


 ニャルラさんが空いている椅子に座って小声で言った。さすがに他のお客さんに喋る猫だとバレるわけにはいかない。


「でね、茉莉萌ちゃん。ちょっと四つん這いになってみない? さっきも話したように、ニャルラさんって人の背中に乗っちゃうのが得意なの」


 あたし、茉莉萌ちゃんにロックオン。ニャルラさんはあたしをじとっと見上げてニヤリと笑う。あんたもロックオンした?

 しかし、茉莉萌ちゃんは今までのバカっぽい雰囲気から急に大人びた口調に変わって言った。


「十何年か、世知辛い現世を生き抜いた猫は猫又って妖怪に変化すると言う。だがしかし、猫又対策した人間の撃退法ならうちも知っている。ちゅーる、持ってるニャ」


 茉莉萌ちゃんがゆっくりと瞬きする。茶色くて大きな瞳が金色に光り、縦に裂けるように瞳孔が開く。キラリと。


 茉莉萌ちゃん、抜け目なし。茉莉萌ちゃんもすでに猫又に乗っ取られていたニャんて。全人類猫化計画はかなり浸透しているみたいニャ。

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