第3話
「なんてかわいそうなリリィ様……」
「王子殿下の婚約者には、リリィ様こそふさわしいわ」
ざわざわと騒がしいパーティー会場で、俺はアレスを呆然と見つめていた。
「な、なにを言っているの……?」
意味が分からない。
確かに『桃色の天秤』では、オフィーリアは悪役令嬢としてアレスから婚約破棄を言い渡される役だった。
だけど『白銀の乙女』では、この世界では俺――オフィーリアはアレスと婚約なんてしていない。両親からそんな話を聞いた事すらない。
なのに、まるで俺とアレスが婚約をしていたかのように、そしてその婚約が破棄されるのが当たり前であるかのように突然振舞い始める人達。
「あははは! そうよ、オフィーリアは『桃色の天秤』では悪役令嬢! わたしが主人公なのよ!」
醜い表情で笑うリリィを見ていると、ぞわぞわとした気持ち悪さが頭をもたげてくる。
これは、洗脳だ。
人の自由意思を奪い、ゲームの『キャラクター』として強制的に人格を塗り替える行為。
「やめて! みんなどうしちゃったの?! フィアとアレスは婚約なんてしてないじゃない、なんの話をしているの?!」
言葉を失った俺の前に、両手を広げて立ちふさがるフラン。
フランに俺が転生者であることや、この世界がゲーム世界であることを話した事はない。この場で何が起こっているのか一応理解できた俺と違って、フランは突然みんなが気がふれたようにしか見えないに違いない。
「どうしてフランだけ『白銀の乙女』キャラのままなの? 意味わからないんだけど」
そんなフランを見てリリィが眉をひそめる。
「やっぱ好感度低いからかなぁ? 好感度上げるアイテム他に何があったかなぁ? ステータスオープン!」
リリィが目の前にステータスウインドウを出現させる。
「やめなさい!!」
気が付けば身を乗り出していた。
大好きなフラン。彼女がゲームのアイテムで精神を操作され、俺の好きな今のフランとは違う人格に作り替えられるなんて我慢が出来ない。
視線の先ではリリィがステータスウインドウから、何かのアイテムを取り出そうとした。
それを防ごうと、手を伸ばす。
「させない!」
「ちょっ、なにするのよ?!」
リリィの腕をつかもうと手を伸ばしたが、彼女が身をよじったことで狙いが外れる。
そして、俺の手は
「あっ?!」
「えっ?」
てっきり目の前に浮かんだまま動かしたりできないと思い込んでいたステータスウインドウ。
そのステータスウインドウは俺の手によって弾き飛ばされ、そして地面に叩きつけられ砕け散った。
「ああああーーっ! わたしのウインドウがぁ?!」
そんな?!
ステータスウインドウが壊れた?!
目の前で起こった信じられない事態に言葉を失う俺だったが、その行為がもたらした結果は劇的だった。
「あ、あれ? 何してたんだ、オレはァ?」
「ぼ、僕はいったい……? なんだか僕らしくない言動をしてしまったような……?」
「…………恥ずかしい」
ガルデス、アレス、クロエが俺の知っている人格に戻る。
「われわれは何をしていたんだ?」
「もしかして、オフィーリア様にとても失礼なことを言ってしまったのでは?」
「さっきまであのリリィという子に凄く好意を感じていたような……」
周囲の貴族たちも、リリィが現れる前の状態に戻っていた。
『桃色の天秤』世界の浸食が……収まった?
リリィに目を向けると
「ステータスオープン、ステータスオープン! なんで?! ステータスが開かないんだけど?!」
必死にステータスウインドウを開こうとする姿があった。
だけど、開かないウインドウ。リリィの足元には、砕け散ったウインドウの欠片が散らばっているから。
「助かった……の?」
ほっと息を吐く。
ステータスウインドウを開くことのできるリリィは『桃色の天秤』の主役で、『桃色の天秤』世界の中心だった。
だけどステータスウインドウを失ったリリィは世界の中心としての役割を果たせなくなり、『桃色の天秤』世界の浸食は収まり、人々は洗脳から解放された。
良かった。
これで一安心。
リリィはゲーム世界の主役ではなく、ただの人となるのだろう。
そう思った時
ぞわり――――
全身が総毛立ち、心の蔵を鷲掴みにされるような感覚。
気が付いた。
気が付いてしまった。
ステータスウインドウを持つ者はゲーム世界の主人公であり、ゲーム世界の中心。
そして世界の中心からゲーム世界は周囲に浸食し、周りの人の人格さえも改変する。
リリィがそうだった。
じゃあ、
「……ステータスオープン」
目の前にステータスウインドウを開く。
俺は『白銀の乙女』主人公のオフィーリア。『白銀の乙女』世界の中心なんじゃないか?
「フィア、どうしたの? 顔が真っ青だよ?」
ひょこっと、心配そうに俺の顔を覗き込んでくるフラン。
そんなフランも、俺のせいで『白銀の乙女』世界の浸食で洗脳されているんじゃないか?
俺に向けてくれる愛情も、俺の都合で『フランルート』として人格や感情を改変されているんじゃないか?
フランだけじゃない。他のパーティーメンバーや周囲の人達、みんながそうだ。
目の前のステータスウインドウを両手で握りしめる。
腕に力を入れると、ステータスウインドウはすっと持ちあがった。
ウインドウを持つ手がぶるぶると震え、足ががくがくとして崩れ落ちそうになる。
信じられない。
信じたくない。
だけど、否定する要素は俺の中には何もなかった。
俺の大好きなフランが世界の浸食などという訳の分からない物によって、人の尊厳を否定されるなんて許せるわけがない。
「フィア! ほんとにどうしたの、大丈夫?!」
フランの声が遠くに感じる。
ごめん。
ごめん、フラン。
でも、これだけは信じて欲しい。本当に、本当に大好きだったんだよ。
腕の中のステータスウインドウを、思いっきり地面に叩きつける。
ウインドウが砕け散る音を聞きながら、俺は心を閉ざした――――
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