第2話

「あれがオフィーリア嬢……なんてお美しい……」

「騎士団も敵わなかった魔物を討伐したらしい。オフィーリア嬢なら、魔王も討伐出来るのでは……?」

「まさに、聖女様だ……」


 こちらを見た貴族たちが、遠巻きに噂話をしているのが聞こえてくる。


 ここは、王城で行われている戦勝パーティー会場。

 俺たちはあれから、サイクロプス討伐報告のために王城に帰還した。そこで感激した国王陛下から大変褒められ、すぐさま戦勝パーティーが開かれた。そこに俺はパーティーメンバーと一緒に参加していた。


 俺は侯爵家令嬢のうえに、英雄だの聖女だと言われている。

 当然このようなパーティー会場では、一言でもいいから挨拶しておきたいと考える貴族家当主や、自分の伴侶にと考える貴族令息令嬢が俺の前に列をなすことになる。


 俺は、フランがいてくれればそれで満足なんだけどな……。


 そんな事を考えていると、彼女は現れた。


 ふわふわとした桃色の髪と、あどけない顔立ちの令嬢。

 庇護欲を掻き立てるような、上目遣いで媚びるような視線。


「リリィ・フォン・リアトリスといいますぅ。よろしくおねがいしますぅ」


 見た瞬間分かった。

 『白銀の乙女』外伝『桃色の天秤』の主人公、リリィだ。彼女は平民出身だが実は男爵家の血を引いていて、男爵家に仕えていた元メイドの母親が死んだことを切っ掛けに男爵家の娘として迎えられる、というストーリー。

 『桃色の天秤』はエイプリルフールに期間限定で無料配信された小規模なゲームで、昔の8ビットゲーム機の様な簡素な作りながらきちんとしたストーリーや分岐が用意されていて、ネットで話題になったゲームだ。


「オフィーリア・フォン・アルストロメリアですわ。よろしくお願いいたします」


 挨拶を返しながら、俺はリリィにどう接するべきか考えていた。

 リリィは『桃色の天秤』にのみ登場するキャラクターで、『白銀の乙女』には登場しない。だから、この世界でどのような能力値なのか、どんなポジションなのか分からない。というより、この世界は『白銀の乙女』の世界じゃないのか? どうして『桃色の天秤』の主人公のリリィが出てくるんだ?


 ぐるぐるとそんな事を考えていると、後ろにいたガルデスが一歩前に出て手を差し出した。


「よォ、オレはガルデス・ガランサス。平民だから作法とかは苦手だが、道理ってのは弁えてるつもりだ。よろしくなァ?」


 そのガルデスの顔を見たリリィはぱあっと明るい表情を浮かべると、とんでもない事を口走った。


「ガルデス! 『白銀の乙女』にも『桃色の天秤』にも登場したキャラクターね?! よろしくぅ!!」


 え?


 リリィも転生者なのか?


 止める間もなく交わされる握手。


「うッ?!」


 その瞬間、ガルデスの身体全体にまるでブロックノイズの様なノイズが走る。


 そして


「あらァん、リリィちゃんってすっごくカワイイじゃなァい? アタシ、気に入っちゃったわァん?」


 いかにも戦士という風貌で筋骨隆々のガルデスが、突然オカマの様な口調になり、身体をくねくねとくねらせる。


「あははははは、『桃色の天秤』のガルデスと同じだ! あははは、バッカみたい!」


 そんなガルデスを指さして爆笑するリリィ。


「そんな……これじゃまるで…………」


 目の前の事態をうまく咀嚼できず、立ち尽くす俺。


 『桃色の天秤』はに無料配信されたゲームだ。

 恋愛要素はあるが正統派RPGの『白銀の乙女』に対して、『桃色の天秤』はRPG要素もあるが『白銀の乙女』のキャラクターを使用した乙女ゲームとなっている。そしてエイプリルフールだけに、登場キャラクターが『白銀の乙女』の時とは180度違う性格になっていて、初めてプレイした時は俺も笑わせてもらった。

 ちょっとガサツなところもある筋骨隆々の戦士のガルデスが、オカマになって登場するのが有名だ。


 ガルデスが『白銀の乙女』のキャラから『桃色の天秤』のキャラに書き換えられた――


 その事に俺が愕然としていると、異常を察したアレスがガルデスの肩に手をかける。


「ガルデス、何をしているんだ君は! いつもの君らしくないじゃないか!」

「あらァん? アレス王子さま、相変わらず惚れ惚れするようなイケメンじゃなァい? アタシの愛に気付いちゃったァ?」


 しかし、ガルデスはオカマのガルデスのまま。


「ああっ、アレス王子だ! すごい、実際に見るとすっごいイケメン! 欲しい!」


 顔を赤らめて声を上げるリリィがアレスに触れると、アレスの身体もノイズに包まれる。


「ぐぅっ……?! な、なんだこれは…………?!」

「アレス?!」


 苦渋の表情を浮かべて膝をついたアレスに駆け寄る。


「オフィーリア……なにが起こっているんだ? まるで、僕が僕でなくなる様な……何かが侵蝕してくる……ぐうっ?!」

「アレス、しっかりして!!」


 アレスの美しい顔に脂汗が流れる。

 俺も声をかけるけど、帰ってくる反応は鈍い。


 顔を上げると、リリィはそんなアレスと俺を不思議そうに見つめていた。


「あれぇ? すぐに『桃色の天秤』のアレスにならないなぁ? 好感度足らないのかな? ステータスオープン!」


 リリィが声を上げると、リリィの眼前に半透明のステータスウインドウが現れる。


 そんな! リリィもステータスウインドウを表示できるのか?!


「えーっと、好感度上げるアイテムは……っと、あったあった。ほいっとぉ」


 リリィがアイテムボックス機能を使ってステータスウインドウから取り出したのは、ピンク色の小瓶。

 『愛の秘薬』というアイテムで、対象の好感度を上げることが出来る。


 その小瓶を投げつけられたアレスの身体に、ふたたび走るノイズ。


「アレス?!」


 思わず悲鳴のような声を上げていた。


 だけど


「フハハハハ、お前はリリィというのか。王国王子で超絶カッコイイ俺様の妃には、お前の様な美しい女こそが相応しい!」

「やった! 『桃色の天秤』のアレス王子だ! わたし、こっちのアレスの方が好きなのよね!」


 目の前には、うって変わってオレ様キャラになってしまったアレスと、ぴょんぴょんと跳ねるリリィの姿があった。


 そこからはまるで、転落していくようだった。


「リリィってば、超マブイっしょ~~? オフィーリアとか超ダサくてついていけないって感じィ~~?」


 無口だったクロエはまるで一昔前のギャルの様な口調になり


「さすがリリィ嬢、王国の聖女はあなたしかいません!」

「おお、なんて美しい令嬢だ! まさに王国の太陽、王国の女神!」

「きっとリリィ様こそ、将来の王妃様となられる方ですわ!」


 周囲の人たちは、口々にリリィを褒め称える。


「なにが……起こっているの…………?」


 さきほどアレスは侵蝕、という言葉を使った。

 それはまさに『侵蝕』だった。

 『白銀の乙女』の世界に『桃色の天秤』の世界が侵蝕してくる。ステータスオープンの力を持つリリィはまさに主人公であり、『桃色の天秤』世界の中心。そして侵蝕する世界は、そこに存在する人達の人格をも塗り替え、世界を書き換える。


 ゲーム世界とはいえ、そこに生きている人達の人格を否定する、恐るべき力。


「フィア……みんなどうしたの……?」


 不安そうな表情でしがみついてくるフラン。

 フランだけは、リリィが何をしようがいつものフランのままだった。フランが俺に向けてくるいつもの視線が、たまらなく嬉しい。だけど、このままでは取り返しのつかないことになる。


「リリィ、こんな事はやめなさい! これは人の意思を、尊厳を否定する行為だわ! これは許されない事よ!」


 声を上げるが、その声は誰にも届かない。


「あの女、リリィ様に酷い事を……」

「きっとリリィ様がみんなに好かれていることが妬ましいのですわ」


 むしろ否定的な視線を向けてくる人たち。


 そこで俺は思い出す。

 『桃色の天秤』における、『白銀の乙女』主人公オフィーリアの位置付けを。


 アレスが彼らしくない芝居がかった仕草でこちらを指さすと、宣言するように声を上げた。


「オフィーリア! 貴様のリリィへの数々の暴言や嫌がらせ、俺様は許しておけん! 貴様とは婚約破棄だ!!」


 『桃色の天秤』のオフィーリアは、主人公リリィに嫌がらせをして追放される、だ。

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