超弩級聖女セレンティア

KaZuKiNa

超弩級聖女セレンティア

 ズガアアアン!


 凄まじい衝撃だった。


 「これでお終いですわ! 魔神皇グランギガス!」


 それはまるで神話の再現か、有に全長300mメートルもある漆黒の悪竜、魔神皇グランギガス。

 吼えれば天を裂き、踏めば大地を砕く。

 悪逆の限りを尽くし、世界に終末を齎さんとした黙示録の竜も、しかし今は劣勢に立たされていた。


 おお、見よ! 足元に群がる幾万の人々、彼ら彼女らは口々に叫んでいるではないか!


 「聖女様! どうか世界を!」「聖女セレンティア、今こそ悪神に鉄槌を!」「聖女様ー! 女神の加護をー!」


 まるで蟻のように小さな者たちの大声援、それを一身に受けていたのが、そう!

 全長50mメートルの超弩級聖女セレンティアである!


 「オーホッホ! わたくしの為の踏み台サクセスストーリーになりなさいな、魔神皇グランギガス!」


 聖女は全長80mメートルもある神聖なる女神の杖を振り上げた!

 女神の加護を受けた聖女セレンティアは、女神の奇跡、《巨大化の御業ビックセレンティア》によって、この超巨体を自由自在に操り、これまで数多くの魔王達を討滅ぶっ殺してきた。

 今聖女の心には、ついに戦いの終わりを迎えんと、安息――……よりもどす黒い欲望が渦巻いていた!


 (オーホッホ! 魔神も愚民も所詮わたくしの成り上がりサクセスストーリーを彩る脇役!)


 思えば……聖女セレンティアはここに回想する――。




 薄汚い路地裏で生まれた名もなき子供、大人には蔑まれ、野犬に命を狙わる日々。

 何かを羨み、何かを呪い、そして失意の中で朽ち果てた。


 だが、そんな少女を女神が拾い上げたのだ。


 『アナタに転生のチャンスを差し上げます。女神の加護で遍く平和を世界に築くのです』


 少女の前に現れたのは光り輝く女神だった。

 そのご尊顔は眩い光で表情さえわからなかったが、少女にはどうでも良かった。


 利用できるものはなんでも利用してやる。

 大人も魔物も魔王さえも蹂躪し、自分の踏み台にする!

 少女はどす黒い欲望を糧に、聖女へ転生、そして――!




 「―――だあああああ!!!」


 振り下ろされる女神の杖の一撃!

 天を切り裂き、大地を脈動させる一撃が魔神皇グランギガスの脳天をスマッシュヒット!


 「グワアアアアアア!? オ、オノレ聖女メ! カクナル上ハ!?」

 「まだ喋れますの? 本当にしぶといですわね?」


 聖女は辟易していた、魔神どもはどいつもこいつも頑強な奴ばかり。

 けれど、彼らの攻撃は聖女の持つ女神の加護、《聖なる障壁ミラクルシャッター》の前には無意味だったのだから。


 「けれど、もう体力の限界ですわね! さあ! トドメを!」

 「ソノ前ニ、貴様ヲコノ世界カラ追放スル!」


 突如魔神皇の三対の手が歪な陣を描く!

 次の瞬間、聖女セレンティアは漆黒の闇に吸い込まれた!


 「きゃあああ!? な、なにが起きてますの!?」


 聖女は悲鳴を上げた、視界が闇の中を回る。

 重力が聖女の身体を掻き回した。

 思わず吐きそうになる。聖女は杖を振り落とした。


 聖女が気持ち悪さに酔っていると、突然目の前に光が拡がった。

 重力が正常に聖女を捉える……そこは!?




 ◇ ◆ ◇




 日本東京――そこは今未曾有の危機に瀕していた。

 地球の異常気象に呼応して突如目覚めた『怪獣』と呼ばれる巨大な生物群。

 それは地を荒らし、空を切り裂き、海を赤く染め上げた。


 「アンギャーー!」


 「うわあああ!? 怪獣だーっ!?」


 突如地底より出現した体長60mメートルの二足歩行する恐竜のような怪獣は、歩く度に地鳴りを起こし、高層ビルが倒壊していた。

 民間人の避難もままならぬ中、防衛隊の特殊戦闘機は怪獣を攻撃するが!


 「くそおおおお!」

 「ギャオオオオ!」


 対怪獣特殊戦闘機しらさぎは機関砲を唸らせ、大量の鋼鉄の銃弾が怪獣に直撃する……が!

 怪獣の厚い装甲のような皮膚に、そのような弾丸などまるで豆鉄砲であった。


 「駄目だ! 火力が足りない!」


 怪獣に攻撃を仕掛ける戦闘機のパイロット、アカギ・ショウタは必死に怪獣を撃退しようした。

 しかしそれはまるで雀の涙だった。せめて避難が完了するまで……そう思うも、怪獣は無作為に暴れまわる。


 「このままじゃ!? くそー! 手は無いのか!?」

 『アカギ隊員! そのまま怪獣を貼り付けるのよ! 避難誘導が優先なのを忘れないで!』


 通信機から女通信士の忠告が届く。

 彼は必死に怪獣を攻撃する。だが怪獣は物ともせず、街を破壊する!


 「この! このおお!」

 

 不意に……、機関砲が空転した。弾切れだった。

 怪獣はその間も街を我が物顔で練り歩いた。


 「はぁ、はぁ……もう、これしか……!」


 戦闘機を操縦しながらショウタ隊員は、操縦桿を握る手が汗ばんでいた。

 彼の脳裏には自爆特攻の四文字が過ぎっていた。

 はっきり言って無駄もいいところ、しかしショウタ隊員の精神は正常ではなかった。

 怪獣が暴れるのを人類は黙って見ていなければいけないのか?

 もうその理不尽が誰かを傷つける事に彼は耐えられなかった!


 「クソオオ! 怪獣ーッ! お前なんかにー!」


 ショウタ隊員は操縦桿をめいいっぱい前に倒した。

 戦闘機はフルスロットルで怪獣に突進する!


 『駄目! 何をしているの!?』

 「もう武器がない! ならぶつけるしか!?」

 『早まらないで! そんなの無駄死に――』


 その時だった。

 突然巨大な人間の少女が闇の中から転移した。

 純白の奇妙なドレスを纏い、幻想的な長髪を靡かせる少女は怪獣の前に、降り立ったのだ。


 「――な!?」

 「なっ――!?」


 「「なにが起きてるんだますの!?」」


 ショウタ隊員と謎の少女が同時に同じことを言った。

 同じこと? 同じ言葉を?

 ショウタは慌てて戦闘機を反転、自爆特攻は未然に防がれた。

 しかし突如現れた怪獣と同サイズの巨大な少女は一体?


 『一体なにが? 現場ではなにが起きているの?』

 「怪獣サイズの少女が現れた……」

 『は? 冗談でしょう?』

 「冗談ならもっと気を利かせる、それよりも……!」


 ショウタ隊員は何かを確信したのか、通信士に言った。


 「これはチャンスかもしれない!」


 怪獣は突然目の前に出現した大巨人に警戒した。

 しかしその大巨人、聖女セレンティアはそれどころではなかった。

 魔神皇グランギガスとの戦いの佳境、トドメを確信していた聖女は、見たことのない世界に愕然としていた。


 「あ、ありえない……この《巨大化の御業ビッグセレンティア》をもって、見上げる四角い塔高層ビルは? あの赤い塔東京タワー青い塔スカイツリーなどそれ以上に……まさか神の世界とでも言いますの!?」

 「アンギャー!!」


 聖女セレンティアは東京の街並に畏怖を覚えた。

 そしてそれはセレンティアの欲望に塗れた栄光の物語の崩壊を意味していた。

 そこに追い打ちをかけるのは、目の前の巨大なトカゲ、否――怪獣である。

 怪獣は未知の存在にたたらを踏んで激しく威嚇するが、セレンティアにとって、その鳴き声は彼女をただ苛立たせるだけだった。


 「あーうっさいですわ! 今状況の整理中ですわよ!?」


 怪獣は尻尾を振り上げた。その尾は長くまるで鞭だった。

 それは大きく振られて、セレンティアの顔面に叩きつける!


 「……ちょっとお痛が過ぎますわよ?」


 しかし、セレンティアは微動だにしていなかった。

 ただ可愛らしい顔を怒りに歪めさせたのは言うまでもなかったが。


 「《聖なる障壁ミラクルシャッター》の前にその程度の物理属性の攻撃など……」

 「ギャアアアアス!」


 怪獣は猛烈な突進を繰り出した。何もかもを破壊するであろう破滅的衝撃がセレンティアを襲った、が!

 セレンティアは地面を踏み砕きながら怪獣を止めると、怪獣の背に手を回した。


 「いい加減にしませんか! この大トカゲ風情が!」


 セレンティアは怪獣をそのまま投げ飛ばした!

 怪獣は為す術もなく、転がされた。


 「……全く神の世界も存外野蛮なのですね! 《極光の加護よ! わたくしに平伏し、敵を浄滅じょうめつせよ》!」


 セレンティアは怪獣に手を掲げた。

 巨大な極光の力がセレンティアに集まると、その美しく白い手から光線として放たれた!


 「《極光の裁きフォトンストリーム》!」


 ズガアアアン!!


 怪獣は光線を受けて大爆発、怪獣の身体は光の粒子になり消滅した。


 「倒れた! 怪獣が……!」「あのお姉ちゃん凄ーい!」「奇跡じゃ! 南無阿弥陀仏!」


 それは間近で見ていた者の歓声だった。

 セレンティアは聞き馴染んだ、自分を讃える声に振り返ると、いつものようにポーズを決めた。


 「オーホッホ! 正義は勝つ! この聖女セレン――……はえ?」


 口上の途中だった、突然セレンティアの身体が縮小しだす。

 《巨大化の御業ビッグセレンティア》の効果が切れたのだ。


 「ちょ!? 魔力薄!? この世界じゃ巨大化を維持できない!?」


 なんと、神の世界と思われたそこは極めて魔力の希薄な世界だった!

 セレンティアは元通りの大きさになると、そこにいたのは150cmセンチ程度の、少女が立っていた。


 「巨大なお姉ちゃん消えちゃったー!」「俺たちを助けてくれたのかな?」「おお、正しくあれこそ神であろう!」


 助かった民衆達が口々に聖女の事を話しだした。

 一方で怪獣が光に変化していくのを録画していたショウタ隊員はホッとしたような息を吐き、そして呟いた。


 「聖女セレン……セレンというのか彼女は」



 これは異世界で女神によって転生した聖女セレンティアが突如、未曾有の怪獣災害に見舞われた現代に出現した。

 黒い欲望によって行動する名ばかりの聖女と、日本を怪獣から護る若き怪獣対策防衛隊AKDFのパイロットアカギ・ショウタの織りなす、ドタバタ防災サクセスヒロイン譚である!


 その名も―――――

        超弩級聖女

          セレンティア

              ―――――である!


 君たちは彼女たちの活躍をこれから知ることになるだろう!




 ◇ ◆ ◇




 「はああ、本当にどうなっていますの?」


 聖女は東京の街を歩いていた。

 先の魔力枯渇、この世界は彼女の住んでいた世界よりも大幅に魔力が少ないため、《巨大化の御業ビッグセレンティア》には使用してから3分しか戦えない制約があった。

 自分の住んでいた世界では、女神からもたらされた無限にも等しい魔力があったが、こっちでは変身は出来て一日一回が限度といったところか。

 

 兎に角聖女は先ずは、この未知の世界を知ることが先決だった。


 「ちょっとー、どなたかいらっしゃいませんのー?」


 聖女は優雅な声を張り上げた。ツンと通り抜けるような声は無音の市街に鳴り響いた。

 折しも怪獣災害の直前、日に一千万人が行き交う街も、今はゴーストタウンの有様だった。

 彼女は反応が無いことにムスッと頬を膨らませると、ズカズカと優雅さの欠片もない彼女の地が出た無造作な歩行で、風の向くまま歩き出した。


 ここは本当に神の国なのか? だとしたらなんとも奇妙な世界ではないか。

 有に並の魔王を遥かに超える建築物が地平線にまで聳えている。

 いくらか火の手は上がっていたが、常世と異なる世界なのだとは、聖女にも理解出来た。


 「うう、なんだかお腹が空いたわ……」


 思えばさっきまで連戦に続く連戦だったのだ。

 世界がどうなろうと聖女には知った事ではないが、きっと魔神皇は聖女が居なくなってほくそ笑んでいるかと思えば、少し腹も立つ。

 兎に角先ずは食事だ、なにか食べられるものはいないだろうか?

 聖女とは思えぬ浅ましさ、されど彼女に聖女らしくあろうという気概は欠片もない。

 元々女神の用意した出来レースだったのだから、女神とは利用し利用される関係に過ぎない、少なくともセレンティアはそう思っている。


 「はあ、私の約束されし成り上がりサクセスストーリーももはやここまでなのか……」


 彼女の愚痴は留まるところを知らないようだ。やがて三十分も歩く頃、ようやく一軒の人の居る民家を発見した。


 「あ! ちょっとそこのおばあさま!」


 聖女はようやく最初の住民を見つけて嬉しそうに駆け寄った。

 性格に反して寂しさには耐えられないのか、サクッと他所様顔をするところは凄まじい俗物である。


 「あれま? 変わった格好のお嬢ちゃんだねえ? 申し訳ないけど、まだ店は開いてないんだよ」


 お店? 聖女はキョトンとした。

 よく見ると、道沿いの壁は全面がガラスになっており、中が覗けた。

 なんだか甘い良い香りがするではないか。


 「あ、あのよろしければなにかお恵みいただけませんでしょうか?」

 「あれま? お腹空いてるのかい? そうだねえ? 賄いでもいいかい?」


 なんとこの老婆は聖女の願いを聞き届けてくれるというのか。

 聖女はこの意味不明な謎の地で温かな言葉に感激した。


 「中へお入りお入り!」

 「あ、では失礼致しますわ」


 聖女は老婆についていくと、店内に入る。

 ショーケースには見たことのない物が並んでいた。


 「あの、この丸い物はなんですの?」

 「ありゃおはぎを知らないのかい? もしかして外国人かね? それにしちゃ日本語が上手だけども」


 ニホンゴ? 聖女は次々出てくる未知の言葉に首を傾げた。

 まだ出店準備中と言っていたが、老婆はショーケースからおはぎを取り出すと、聖女に差し出した。


 「ほうら、ほっぺが落ちる程甘いよぉ?」

 「またまたご冗談を、おほほ……むぐ!?」


 老婆は嫌らしく微笑むが、聖女は真に受けなかった。

 お腹ペコペコの聖女は、疑う事なくおはぎをパクリと頂いた。

 しかしその瞬間聖女の脳にある衝撃が迸る!


 「なんという甘さ! それでいて決してくどくなく、程よいまろやかさ、そしてこの独特の食感! こんな美味しい食べ物初めてですわー!?」


 聖女の脳に走ったのは幸福感だった。

 異界の地で味わう未知の食べ物おはぎとは、なんと美味であろうか。

 聖女は顔や手が汚れるのも気にせずペロリと食べてしまった。


 「あれま、よっぽどお腹空いてたんかい、それにしてもおはぎをそんな美味しそうに、嬉しいねえ」

 「あ、も、もしかして……これ、高級なお菓子だったのでは!? そ、そのわたくし今は持ち合わせがなく……」


 聖女はこの世界の物の価値が分からなかった。

 だが聖女の居た世界に、こんな甘い甘味は存在しなかった。

 甘いものは総じて高い、それは聖女にとっての常識だった。


 「あーいいんだよ! どうせ、誰も頼みやしないし」

 「誰も頼まない?」


 老婆はそう言うと、「よっこらせ」と椅子に腰掛けた。

 老婆は店の外を見て、寂しげに呟く。


 「商店街の和菓子屋なんざ、今の子達にはどうも受けが悪いからねえ。今は飽食の時代だし、伝統の味ってのは受け入れられないのかねえ?」


 聖女はそれを聞くと少し胸が苦しかった。

 聖女の転生前は、常に飢えに苦しんでいたから、今でも意地汚いと言われようが、食には一端の拘りがある。

 悪食と言われようと、あの餓死を体験した恐怖は温かなご飯への渇望へと変わるのだ。


 「……そんな事ございませんわ! この聖女セレンティアが証明致します! このおはぎは実に素晴らしいお菓子ですわ!」


 聖女はそう言うと、胸を張っておはぎの乗っていた皿を高々と掲げた。

 まるで聖杯のように扱うその様はお皿から後光が放たれているかのようだ。


 「……へえ、そういうのが好みなんだ聖女セレンさん?」

 「はい? どなたですか?」


 聖女は少し険しい顔で後ろを振り返った。

 入口で、聖女を見つめる若い男性が立っていた。


 「俺はアカギ・ショウタ、周りからはショウって言われてる」

 「わたくしはセレンティア・ナル・ファーレント・ゲルテン・ミース・ヴァルキリアと申しますわ」

 「名前長!? き、君だよね!? 怪獣デジラを倒したのは?」


 怪獣デジラ? 聞き覚えのない名前だ、セレンティアは眉を顰める。


 「もしかしてあの大トカゲの事ですの?」

 「あ、多分それ! 地底怪獣デジラって、俺たちは呼んでるんだけどね!」


 両者は奇妙な視線を混じり合わせる、まるで似て異なる物を見るかのようだ。


 「……ショウタ、でしたか? 貴方神官かなにかですの?」

 「は? 神官だって?」


 常識が通用しない、それはセレンティアにとってもショウタにとっても。


 「まあ、なんだ? 良かったらセレンのことを教えてくれないか?」

 「ならばまずわたくしの名前はセレンティア、セレンではございません!」


 剣呑な空気だった、しかし不意に老婆は棚から今度はみたらし団子を取り出した。


 「はいはい、これでも食べて落ち着きな」


 セレンティアはそれを見てまたキョトンと目を丸くする。

 笑うとかなり可愛いな、ショウタはセレンティアをそう評した。


 「まあ、愛称みたいなもんさ、食べながらでいい、ちょっと情報交換しよう?」

 「仕方ありませんわね……エスコートお願い致しますわ」

 「あ、おばちゃん代金置いてくねー!」


 ショウタは代金をカウンターに置くと、セレンティアの手を引っ張った。


 「気安く触るのはよしてくださいまし!」

 「ああ、ごめん!」


 しかしこの性格、中々前途多難だなと、ショウタは心の中で愚痴るのだった。




 ◇ ◆ ◇




 聖女セレンティアは突如現れた怪獣対策防衛隊のショウタに連れられ、人気のない公園にいた。

 歩きながらショウタは彼女の質問には全て誠実に答えた。


 「神の国ではなく、日本、地球ですか」

 「異世界ファンタジーの出身者には驚かされたが、どうやらお互い様だな」


 セレンティアは怪獣の事、今地球で起きている異常事態の事、そして人々が今受けている受難の事を知った。

 知った上で彼女は無情に首を横に振った。


 「だから協力して? お断りですわ」

 「何故? 聖女なんだろう? 怪獣を倒した! 君の魔法は力がある!」

 「よろしくて? わたくしは自分の為に戦っておりますの、先ほどは偶然ですわ」


 ショウタは拳を握り込んだ。怪獣に対して憎悪を抱くショウタにとってセレンティアは魅力的だったのだ。

 だがセレンティアは打算でしか動かない凄まじい俗物だった。

 怪獣に抵抗できないショウタと、皮肉にも対抗できる聖女セレンティア、それはまるで神様の悪戯に思えた。


 「ともかく、降りかかる火の粉は払いますが、遠くで怪獣が暴れたって、こっちは何も痛くも痒くもありませんの」


 セレンティアはそう言うと歩き出した。

 慌ててショウタは彼女を止める、が。


 「待て、どこへ行く?」

 「言う必要がありますの?」


 聖女は目付きを鋭くするとショウタを睨みつけた。

 一筋縄ではいかない、ショウタは呻いてしまう。


 「他人事じゃない! 怪獣は現に地球に現れた!」

 「強者が弱者を自由にする。当然の摂理ですわ」


 それだけの言葉を残して聖女はその場を去っていった。

 ショウタは「クソ!」と悪態を付くが、異世界人を説得するのは容易ではない。

 なにより怪獣を単身撃破出来る存在を刺激する訳にはいかないのだ。


 「隊律違反してんのに、この様か……」


 セレンティアは要注意監視対象であった。

 日本政府も早くに東京に現れたセレンティアに注目した。

 あの力の矛先はまだ誰にも分からない。

 だが……次なる危機は確実に二人に迫っていた。




 ◇ ◆ ◇




 翌日、野宿をして夜を過ごした聖女は朝になると動き出した。

 腹を空かした彼女は蛇でも兎でも食べられるものを探しだしたのだ、凄まじい悪食である。

 しかし、簡単に野生の生き物が現れれば苦労しない。

 空腹を嫌い、聖女はため息を吐くと、あのおはぎの老婆を思い出し、歩き出した。


 (これではまるで、昔のわたくしに戻ったかのようね)


 転生しても与えられた才能は女神の御業だけ。

 それで充分でもあったが、聖女には絶望的に生きる為の家庭的なスキルが壊滅していた。

 このままではかつてのように餓死するかも知れないと思うと、自然とセレンティアの歩く足は焦燥するように速くなっていた。


 「うわああああ! 怪獣だー!」


 商店街に辿り着く頃、どこからかそんな悲鳴が上がった。

 誰もが空を見上げると、空から奇妙な怪獣が浮遊して、商店街に影を作っていた。

 セレンティアは怪獣なんて気にも止めず足早に歩いた、昨日よりも人は戻っていたが、皆聖女と逆の道を走って逃げていた。

 

 「はぁ、はぁ! おばあさま!」


 聖女はあの和菓子屋に辿り着くと、中を覗いた。

 すると前と同じ場所であの老婆は落ち着いて座っていた。


 「おんや、昨日の娘かい? どうしたんだい?」

 「そ、その……またあのおはぎが食べたくて」

 「あら、うふふ、気に入ってくれたのね? ちょっと待ってて、すぐ作るわね?」


 老婆は「よっ」と重い腰を上げた。セレンティアは僅かに訝しむ。


 「あ、あの? 今からですの? 怪獣? というのが来てますけど」

 「……いいんだよ、どうせ誰も心配しない。逃げたって変わらないさ、それよりアンタも度胸あるね? いつ踏み潰されるか分からないってのに」


 聖女セレンティアは問題ない。並の怪獣に女神の御業を破る事など不可能だからだ。

 しかし老婆は違う。この貧弱な商店街もだ。

 怪獣が万が一、ここを踏めば老婆も店舗もただじゃ済まない。


 「なぜ? 怖くないんですの?」

 「怖いさ、それでも私しゃ和菓子を作るしかないだろうさ」

 「な、納得いきませんわ! お菓子はどこでも作れるのではなくて?」

 「アンタ無知だね。原材料の砂糖、もち米、小豆、何れもその生産者があってこそ作れる、そして材料を運んでくれる運輸業、そこで初めて加工業は成り立つんだよ? アタシが無事でも生産者が、運送が止まれば、どの道おはぎは作れないさ、なら今ある材料でやるほうが幸せなのさ」


 その言葉を聞いて、聖女セレンティアは衝撃を覚えた。

 自分の勝手に生きるのに、誰かの許可がいるとは考えていなかった。

 傍若無人、唯我独尊、セレンティアを例えるならそんな言葉が似合うだろうか。

 だが、実際にはおはぎ一つの製造に何十人、何百人が関わっているのか。


 セレンティアはワナワナ震えると、啖呵を切ったように叫ぶ。


 「そんなの承服できませんわー!!」


 セレンティアは迷わず店の外に出た。

 慌てて老婆が振り返る。


 「おばあさま、おはぎちゃんと作ってくださいませ! 絶対におはぎの生産は止めさせませんわー!」


 聖女セレンティアは快活に叫ぶと、怪獣――宇宙怪獣ヒトデオンを睨みつけた。

 そして声高々に彼女は祝詞を詠唱する。


 「《我女神の使いにて、その神威を示さん! 巨大化の御業ビックセレンティア!》」


 その瞬間、眩い光の柱が立った。

 その中から超弩級聖女セレンティアは出現する!


 「この五芒星もどき! わたくしの為の踏み台サクセスストーリーになりなさい!」


 怪獣は無言で回転すると無数のビームを聖女セレンティアに浴びせる。

 だが、セレンティアは商店街を護るように手を拡げ、祝詞を叫んだ!


 「《聖なる障壁ミラクルシャッター》!!」


 不可視のバリアはビームの流れ弾を許さない。

 決して、商店街を、あの老婆の店を潰させなどしない!


 ビームが通じないと判断したのか怪獣はヒトデのような身体を高速回転させた、そのまま怪獣はセレンへと水平突撃する!

 セレンティアはそれを《聖なる障壁ミラクルシャッター》で防ぐが、その聖なるバリアに火花が飛び散る!


 「くう!? まさか《聖なる障壁ミラクルシャッター》の力まで弱まっている!?」


 セレンティアはこの世界では大幅な弱体化を余儀なくされている!

 このままではバリアは破られ、セレンティア自身が周囲を踏み潰す事になるだろう。

 セレンティアは歯を食いしばる、それだけは許さない!

 だが怪獣は嘲笑うように回転速度を致命的速度まで引き上げた!


 「このままでは……!」


 だが、その時! ショウタの搭乗する対怪獣特殊戦闘機しらさぎが現場に飛来する。しらさぎは二発の特殊ミサイルを発射した!

 ミサイルは全て怪獣に直撃! 怪獣が怯んだ!


 『今だセレンーッ!』

 「ッ! ハアア!」


 ショウタの声がしらさぎの電子音声として響き渡った。

 聖女セレンティアはその千載一遇を見逃さず、宇宙怪獣を頭上へ投げ飛ばした!


 ピコーン! ピコーン!


 セレンの胸元に掛けられていた女神のペンダントが赤く輝いた。それは彼女の制限時間を教えていた。

 勝負を急がねばならない、セレンティアは宇宙怪獣に向けて必殺の構えだ!


 「《極光の加護よ! わたくしに平伏し、敵を浄滅じょうめつせよ! 極光の裁きフォトンストリーム》!」


 セレンティアの手から放たれる極光の光線は宇宙怪獣に直撃すると、宇宙怪獣は光となって爆散した。

 光の粒子は天空を黄金色に神々しく輝かせる。

 セレンティアは魔力を使い果たしヘトヘトになりながら、勝利のポーズを決めるのだ。


 「正義は勝つ! この聖女セレン――……てまたあ!?」


 言い終わる前に縮小を始める超弩級聖女セレンティア、辛くもおはぎを守る事に成功した彼女は、疲れた顔だったが満足そうだった。




 こうして超弩級聖女セレンティアは己の打算によって戦い、辛くも勝利した。

 だがその打算こそが世界を、おはぎを救うと信じて!


 戦えセレン! 真のサクセスストーリーを求めて! 今は戦え!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超弩級聖女セレンティア KaZuKiNa @KaZuKiNs

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ