肥育農家のおしごと

結騎 了

#365日ショートショート 361

 出迎えたのは、温厚そうな初老の男性だった。

「ようこそ、こんな田舎まで。よくもまぁ、はるばる……」

 インタビュアーの井ノ口は深々と頭を下げた。

「いえ、そんな。こちらこそ、この度は取材をお引き受けいただき本当にありがとうございます。新山さんが市場に送り出す牛肉は、失礼ながら決して安い値では取り引きされていませんが、それでも完売が続いています。ここまで圧倒的な人気を誇る牛肉を、私は他に知りません。今日はその舞台裏を取材させていただければと」

 肥育農家である新山は、何度も背を丸くし、恐縮して見せた。

「いやぁ、そんな。うちの牛肉を愛してくださる皆さんのおかげですよ。もっとも、うちの生産は他とはやり方が随分と違いますがね」

 そう説明しながら、新山はテレビクルーを牛舎に案内した。

「ああ、これが」

「そうです。この子たちが、ちょうど来月あたり出荷になります。どうです、可愛いでしょう」

「ええ、とっても」

 新山はうっとりしたように、まるで我が子を見る目で牛舎を見渡していた。

「この子たちは、私が選りすぐった子たちなんです。実際のところ、他の施設で行き場がなくなっている子もいました。それを私が連れてきて、丹念に、丁寧に、愛し続けて……。うちは600日ほどで出荷となりますから、つまり1.5歳ほど。可愛い盛りにお別れなのは、やはり辛いですけどね」

「なにか、特にこだわりのようなものはありますか」。井ノ口がマイクを向ける。

「そうですねぇ。さっきから言っていることですが、やっぱり、愛情を注いであげることですよ。環境に気を配って、衛生にも気を遣う。シモの世話だって、結構忙しいんですよ。おまけに夜はよくくので、常に寝不足です。その上で、食べるものまで工夫しなきゃあならない。母乳は無理ですからね、こっちで用意してあげるんですが」

 一行は別の建物へ移動した。大きな食堂では、数人の女性スタッフが子供たちに食事を与えていた。まるで幼稚園の一幕である。

 井ノ口は頷きながら尋ねた。

「こちらは、もしかして」

「ええ、今日が最後なんです。この子たちは出荷が三日後。この食事が終わったら、すぐに寝かせます」

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肥育農家のおしごと 結騎 了 @slinky_dog_s11

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