第7話 僕はカイワレ大根。
【バレンタインデー】
「はいこれ、今日はバレンタインだからね。いつもありがとう」
部室に行くと、最初に坂石先輩がキラキラの包装紙に包まれたチョコをくれた。
「気を遣ってもらってすみません」
続いて氏川さんがてくてくとこっちにやってきた。
「わたしからのチョコももらってください……。いま読んでいる物語『Sweet Valentine』では意中の相手の自転車のブレーキワイヤーを切って、そこにチョコを結んでいたのですが……、同じことをしようとしたら坂石先輩に全力で止められてしまって……」
怖すぎる……。全然『Sweet』じゃないよ……、それ。どっちかというと『Bloody』って感じだと思うな。ていうか、あれ?
「意中……って?」
「あっ、いえ、春岩くんのことは……なんとも思ってないんですよ? だから安心してくださいね?」
「……」
ううっ……『なんとも』の四文字が僕の心をじりじりと絞め上げる。帰りたい……。
と、部室のドアが開かれる。
「どうしたの、春岩くん? あーあーなるほど、本命が一つももらえなくて嘆いてるんだね。かわいそうー! よしっ、あたしが作ってきたお菓子食べて元気出しなよ、ねっ?」
早橋さん、あの焦げ焦げのクッキーならもういらないんだけど……。
瘴気が立ち上る紙袋を見て僕は途方に暮れた。
【バレンタインデー2】
部室にて、合奏の合間。
「演奏中何度も私の方を見ていたわね? 物欲しそうな顔して」
一影さんは機嫌が悪いようだ。いや、アイコンタクトのつもりなんだけど……。同じパート同士、息を合わせておかないといけないし……。
「チョコならあげないわよ」
「う、うん……」
一影さんにもらおうという発想がそもそもなかったんだけど……。でもこれを言うと怒られそうだ。
「まったく。おうちに帰ってママにもらいなさい? ほら、いい子はそろそろ帰る時間じゃないかしら?」
いや、まだ一時間くらい部活時間残ってるんだけど。
「きゃあっ」
「大丈夫!?」
椅子の足に引っかかって一影さんが転んだ。荷物が散乱している。ん? なにやらプレゼントの箱らしきものが見えているが……。
「あっ、チョコあげるんだぁ~! へえーっ、誰? ねえ誰にあげるのっ!?」
すかさず早橋さんが食いつく。
「だ、誰でもないわよ……! 自分で食べるのっ。悪い?」
一影さんは目をぐるぐる回し、頭から湯気を出している。
「へえーっ……! まあそういうことにしといてあげるね!」
部活終了間際。
「春岩くん、これ直しておいてもらえる? 私、今日塾なの」
「うん、いいけど……」
一影さんに楽譜の入ったクリアブックを渡された。あれ? 塾なんて行ってたっけ……?
結局色々後片付けをしていたら僕が最後になってしまった。施錠して職員室に部室のカギを返却する。
「ふう……」
深呼吸して下足室の僕の靴箱を見ると、見覚えのある箱が入っていた。
「あれ? さっきの一影さんのチョコ?」
添え書きには『義理以上でも以下でもなし 一影』とあった。
【養分】
「春庭くん、人生には光と養分が必要なの」
冬休み直前の部室で、ふいに坂石先輩が言った。
「はあ」
天然なこの人は、たまにこういうことを言い出す。
「きみはカイワレ大根だよ」
「ええっ!? なんですかそれ?」
半分笑いながら僕は訊いた。
「わたしたちが養分を与えてしっかり育ててあげるからね?」
今日もまた意味の分からないことを言ってるな、と思ったけど、なぜかじんわり心に響いた。あとちょっとエッチな意味を胸の奥で考えてしまったりもした(内緒)。
「じゃあ光って何なんですか?」
素朴な疑問だった。
「わかんない。なんとなく雰囲気で言ったの。ふふっ」
坂石先輩は午後の陽光を浴びて気持ちよさそうに微睡んでいた。
僕が唯一の男子部員ですが何か?(短編) 夕奈木 静月 @s-yu-nagi
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