第6話 正親町羽衣《おおぎまちうい》は危険物?
【恐怖の品評会】
僕の高校は一応進学校なので三年はあまり部活に来ない。
僕が入部してしばらく経ったころ、一度も会ったことのない三年生がある日突然部室に現れた。彼女は室内に入るなり言った。
「私は三年の正親町という者だ。ふんふん、新一年生もまあまあ入ったみたいだね。さあ、誰が一番に辞めるのかな?」
一年は全員、凍りつく。
正親町先輩はクラリネット担当だったので、同じ楽器パートの氏川さんは顔面蒼白になって自らの身を案じていた。
「よ、よ、よろしくお願い……します」
先輩を盗むように見ながら挨拶をする。
「ふーん。ここ、演奏してみて?」
氏川さんは必死で譜面を追う。気の毒に手が震えている。
「分かった。最低だね」
「えっ……」
有無を言わさぬ否定に氏川さんはポロポロと涙を落とした。
「いや、違う違う。私が最低と言ったのは楽器のことだから。ロクに調整もされていないんじゃないか? ほら、貸して」
正親町先輩は慣れた手つきで楽器各部の微調整をしている。
恐る恐る見守る一年生たち。
「他に私に見てもらいたい人は?」
調整を終えた先輩が尋ねた。
「お願いします」
一影さんだ。僕も含めた他の一年生は驚きと尊敬の混じった視線を送る。
「演奏? それとも楽器?」
「演奏です」
「分かった。やってみて」
プレッシャーをものともせず、堂々とした態度で楽器をコントロールする一影さんを僕らは口々に賞賛した。
「最高だ」
正親町先輩のお墨付きももらえた。一影さんの表情が今まで見たことないくらいに、ぱあっと華やいだ。
「楽器がね。ちょっと貸してくれないか?」
「……」
……違ったみたいだ。部員全員がずっこけた。
「おお、これは……。担当楽器が別の私でも分かる。当たりの個体だよ。どこで買ったんだい?」
「……この部の備品です」
力なく言う一影さんはこの日部活を早退した。
【選曲】
「中庭コンサートで披露する曲が決定したので発表します」
坂石先輩が部室の黒板前に立ち、宣言した。
「ちょっと待った」
部室に入ってきたのは正親町先輩だ。
「この曲も入れて欲しい」
いわゆる超絶技巧曲だった。クラリネットが縦横無尽に駆け回る、普通の高校生には演奏不可能な難曲。
「誰がソロパートを演奏するんですか?」
坂石先輩が疑問を口にする。
「私だが」
いくら正親町先輩でも……という懐疑の視線が部員たちから注がれる。
「いや、私があまり出しゃばるのは良くないな……。ならばこの子だな」
「ええっ!?」
指された氏川さんは授業中突然教師に当てられたときのような戸惑いを見せた。
「む、無理ですぅ~」
「大丈夫。ほら、譜面を見るといい。音符のオタマジャクシがいっぱいだ。私たちも無数のオタマジャクシの中のひとつが頑張ってくれたからこうしてこの世界に命をさずかったのだ。君もこの音符ジャクシの中から好みの男性を見つけてごらん?」
話がなんだかおかしくなってきたようだが?
「おお、そういえば今年は男子部員がいるじゃないか。彼としっぽりと一夜を過ごしてみてはどうだ? 経験が人間を変え、演奏をも変えるだろう」
まさかの下ネタ一直線だった。聞いている部員たちは皆真っ赤になりうつむいてしまった。
多分僕もゆでだこのようになってしまっているだろう。とんでもないな、正親町先輩。
【帰り道】
下校を促すメロディーがうっすらと聞こえてくる正門前。
「おーい。春岩くん、だったかな」
後ろから小走りに駆けてきたのは正親町先輩だった。
「は、はい。お疲れ様です、先輩」
「そう固くならなくていい。なんなら呼び捨てでもいいぞ。ほら、羽衣って呼んでごらん?」
そんなの死んでも出来る気しない。大体どう見ても先輩はそういうキャラじゃないでしょうが。
と、僕のスマホが鳴った。
「おお、最新機器を使いこなすとは……なかなかのものだ」
評価基準がよく分からないが、僕はとりあえず電話に出た。
「おお、崎本か~。久しぶり! 今度の日曜?」
中学時代の友人からだ。
正親町先輩は興味深げに僕の携帯をじろじろ見ている。
「うん、大丈夫! じゃあな、ういーっ」
「ああっ……! う……れしい……はあはあ」
?……。正親町先輩の様子が変だ。頬を上気させ、呼吸が荒くなっている。
「呼んだ……。本当に呼んで……くれた……。あうぅ」
「へっ!? なんですか先輩?」
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