第42話

 チャイムの音が鳴り終わる前に俺は玄関へ急いで向かった。


 ドアを開けると、そこに立っていたのは赤いコートを着た佐野さんだった。


「えっ……さ、佐野さん!?」


「はい! 佐野ですよ」


 佐野さんは昨日までと何ら変わらない笑顔を俺に向けてくれる。


「ど……どうしたんですか? こんな夜中に……もしかして東京から?」


「はい! 終電できちゃいました。泊めてもらわないと帰れないんです」


「そんな……」


「ふふっ、というのは冗談で、隣のお部屋の掃除ですよ。忘れ物があったので取りに来たんです」


「でも……時間的に終電がないのは本当ですよね……」


「それは……そういうことです」


 佐野さんは顔を赤らめると、覚悟を決めたように俺の方を向く。


「一緒に住みませんか? 佐藤さん。一日でもう耐えられなくなっちゃって……佐藤さんがいないとダメみたいなんです」


「それは……嬉しいですけど……」


「だめ……ですか?」


 佐野さんは目をうるうるさせながら上目遣いで聞いてくる。これで断れるわけがない。


「いいですよ! いいに決まってるじゃないですか!」


 パぁっと顔を明るくして佐野さんは微笑む。


「ふふっ、良かったです」


「でも……良いんですか? その……仕事の邪魔になったりとか……」


「はい、なので部屋数はそれなりに必要なんです。戸建てを借りようかなと」


「こっ、戸建て!? 二人で住むのに大きすぎませんか?」


「三人です」


 そう言うと佐野さんは手品師のように死角から柏原さんを引っ張り出してきた。


「お……おう。私なんて居たら邪魔だろって言ったんだけど……」


 柏原さんはモジモジしながらそんな事を言う。どうやらここには佐野さんに無理矢理連れてこられたようだ。


「むしろ邪魔をしていたのは私ですから。それに、私はお仕事柄どうしても朝が弱いので、佐藤さんを起してあげる人がいないじゃないですか」


「一人で起きれますって!」


「えぇ? 毎日ゆーっくり起きて私の朝ごはんを食べていた人じゃないですかぁ?」


 佐野さんはニヤニヤしながら本当の事を言う。多分、佐野さんが起きるタイミングが俺の起きるタイミングだ。確実に大学に行く頻度はここに住み続けるよりも下がるだろう。


「まぁ……でも、柏原さんは良いんですか? なんか……微妙な三人って事になりますけど……」


「私はいいよ。佐野ちゃんと話したけど、そこはどっちがどうなっても恨みっこなし、って話だよ」


 柏原さんは二っと笑ってそう言う。どうやらこの三人で住む事は既に合意が取れているらしい。


「あはは……まぁどうせ私は彼氏は作れないんですけどね」


「佐野ちゃん、拗らせてるよなぁ」


「ふふっ、柏原さんこそ」


 二人は目を合わせてにやりと笑う。誰がどこまで知っているのか分からなくなってきたけれど、佐野さんはVTuberの事は言わずに適当な嘘をついているのだろう。


「じゃ、話は決まりだな。上がるぞー」


「はい! ドンペリ! ドンペリ! 佐藤さんも早く来てくださいよぉ!」


 二人は俺を追い越してリビングの入り口から呼んで来る。そういえば柏原さんに貰ったドンペリを開けていないのだった。


 俺は玄関の鍵を閉め、二人の方へ向かって歩き出した。

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推しVTuberが病んで活動を休止した。翌日、隣に美女が引っ越してきた。 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai

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