呪われた橋
月見 夕
霧がかかった橋の向こう
どうやら僕の通勤経路が呪われたらしい。
朝のニュースでは繰り返し速報で伝えていた。画面にはこの島と本土とをつなぐ鉄橋が大写しになっている。橋の脇に石碑が立っているのが見えたから、あれは多分本土側だな、なんて僕は歯ブラシを咥えながらぼんやり思った。
現代日本に突如魔王が降臨し、全国各地にあらゆる呪いを振りまいて早二年。とうとう僕の生活圏にも呪いの影響が及んだようだ。
リポーターの女性は緊迫した表情で視聴者に状況を伝えた。
「ご覧下さい……橋の途中から白い霧に包まれ、対岸の姿を確認することはできません」
確かに彼女の言う通り、計四車線ある巨大な鉄橋は真ん中辺りで濃い霧に飲み込まれ、その向こう側は白いキャンバスのように何も見えなくなっている。
「こちら、今朝橋を渡って帰ってきたという男性です。橋の向こうはどうなってたのでしょうか?」
リポーターは傍にいた無精ひげの老年男性にマイクを向けた。彼は怯えた様子で語りだす。
「どうもこうも……俺は向こうの島に行ったはずなんだが、渡り切ったらそこは別世界だったんだ。恐ろしくてよ、慌てて引き返してきたんだ」
「別世界……ですか」
「おう……なんか耳の長い姉ちゃんがいっぱいいてよ、俺のことを『伝説の勇者』だの『言い伝えの賢者』だのと呼ぶんだ」
それは魔王の住まう異世界ではなかろうか。なるほど、今回のは『橋の向こうに行けない呪い』だけでなく『異世界に連れて行かれる呪い』のようだ。厄介だな、と僕は舌打ちをする。ただでさえ今日は残業確定なのに。いや、これはそもそも出社できるのか?
「どうしたものか――」
手をこまねいていると、携帯が鳴った。会社の上司からだった。
「おい、何やってる! 遅刻確定だぞ!」
時計を見るとまだ七時。世間一般の会社の始業時間より、うちは随分早い。無論サビ残だ。昨夜も日付が変わるまで仕事をしたのだから、多少の寝坊は許してほしい。
「すみません、近所の橋が呪われちゃったみたいで」
「知るか! 罰としてノルマ増やしておくから覚悟し――」
そこまで聞いて、僕は電話を切った。何だかどうでもよくなった。上司も、尽きない残業も、変わらない毎日も。
一度リセットしてみるのも良いかもしれないな。僕はくたびれたスーツを脱ぎ捨て、適当な私服に着替えた。財布も携帯もいらない。これから向かう先には必要ないだろう。
玄関を出た僕は、呪われた橋を目指して駆け出した。
呪われた橋 月見 夕 @tsukimi0518
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