第59話 老夫婦
岩瀬は、また大学の門の前に立っていた。
藤原さんと待ち合わせをしていた。
藤原さんの家でみつかった手紙の送り主のなかで、一番信憑性のある文面の人物を、一緒に探すことにしたのだ。
「待ちましたか?」
藤原さんが、声をかけてきた。
近くに寄ってくるまで、少しも気づかなかった。髪を整え、学生が就職の面接に行くときのような、紺の背広を着て、ネクタイまで締めている。
岩瀬が首をかしげ、問いかけようとすると、藤原さんに、さえぎられた。
「いま、面接してきたところなんですよ」
「それは、それは……就職決まりそうですか?」
ひょっとして、今日誘ったのは、まずかっただろうか?
「いやあ、難しいです。なんせ、高卒ですからね。――面接係のおっさん、終始、眉間にしわよせてましたよ」
どうやら、感触はよくなかったらしい。
「僕らで、どこか紹介できたら、よかったんんだけど」
岩瀬は、申し訳なさそうに、低い声を出した。岩瀬も、岩瀬の知り合いも、県外からの学生で、この土地の中小の会社については、何も知らなかった。
「いや、いや。こうして、一緒に行動できるだけでも感謝してるんで……」
藤原は、特に趣味などは持たず、遊ぶ金もないので、部屋に籠もり、ゲームなど、ひとりでやれることばかり、やってきたという。
両親との折り合いが悪く、友人が、関西方面に就職するのを機に、故郷を離れて、一緒に大阪の方へ行き、就職したそうだ。組み立て工や、運送会社の配達員、ガス工事や電気工事手伝いなど、いろいろな職業を点々としたが、結局、どこでも、正社員にはなれなかったらしい。
「もう、正社員は、あきらめてるんで……」
藤原は、おだやかな顔で続けた。
「家はあるから、パートで、細々とくらしていきますよ」
岩瀬は、なにもいえなかった。親の仕送りに頼り、働いた経験がないので、何をいっても、同情にしか聞こえないだろうと思った。
今日行くのは、岩瀬達の分担になった手紙の主で、白石という、もと教師の女性の家だった。
手紙に電話番号が載っており、かけてみると、ちゃんと本人が出てくれた。退職後の暇つぶしに、歴史探訪の会に入り、元々歴史好きだったこともあって、郷土史の資料発掘にはまったのだという。
意外にも、彼女の家は、大学のすぐ近くの小さなマンションだった。もと教師というから、大学の裏手の方にある中学校に勤めていたのかもしれない。
電話でアポをとったあと、マンションの4階まで、ひいひい言いながらのぼった。
4階の、高いコンクリートの壁がある廊下を端まで行くと、白石さんの部屋だった。
部屋の前に着いたときも、まだ息切れがしていた。
インタフォンで、挨拶の声を送ると、初老の男性がドアを開けた。
白石さんのご主人だろう。確か、夫婦そろって、教師だったと聞いた。
「――やあ、やあ、どうぞ」
応接間に通されると、そこには、座椅子をこころもち高くしたような、足の短い椅子に腰かけた初老の女性がいた。
「――はじめまして」
べっ甲縁のメガネをかけ、鋭い眼をした、その白髪の女性は、ほほえみながら、おじぎをした。
「ごめんなさいね。足が悪いもんだから」
岩瀬たちが、うながされるまま、白石さんの向かい側に座ると、手際よく、ご主人が湯気の立つコーヒーを持ってきた。
「――どうぞ、どうぞ」
ご主人は、コーヒーを配ると、自分も、カップを持ち、白石さんのそばに腰を下ろした。夫婦ふたり並ぶと、雰囲気がよく似ている。長年つれそった夫婦だと、こうも似てくるものかと感心した。
「実は、〝こだま憑き〟について、調べていまして……」
夫婦ともに、はっとしたような顔をした。
ふたりともに、身体に力が入ったようにみえた。
こだま憑き ブルージャム @kick01043
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