③教会のお手伝い――⑳
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「相変わらず冷たいなぁ……」
今度こそ本当に深い眠りに落ちたアカネの体を、コハクが両手で仰向けに支えた頃でした。等間隔に並ぶ長椅子の一つから、ヒスイがむくりと起き上がったのは。
「おはようございます。もう疲れは癒えましたか?」
「だいぶねー……久々に会うなりこんなこき使われるなんて思わなかったけどー……」
長椅子の上で、ヒスイは両腕を上げて体を伸ばしました。風を操って、街からこの教会までいくつも丸太を運んだために、疲れ切ってずっとこの聖堂で眠っていたのです。
垂れたグレーの瞳は、コハクの腕の中で眠るアカネを見つめます。
「……幸せそうだね。この子……」
「吸血行為を気持ちよく感じる体質なんでしょうね。最初だけは俺の方からでしたけど、その次からは自分から望んで捧げてくれるようになりました。痛みが癖になる人間もいるみたいなので、恐らくはこの子もその
「あーあ……残酷……」
図らずも少女の“夢”を覗き見てしまったことを申し訳なく思いつつ、ヒスイはアカネを心底憐れみました。
教会のお手伝い。そんな口実を設けなくとも、
口づけまで乞われ、あまつさえ応じてやったというのに、コハクは理解していないのです。アカネが自分の傍にいたがる理由を。
「君と出逢わなければ、きっともう少しまともな恋ができただろうに……可哀想に」
「あれ……あなたも随分と変わりましたね。人間に同情するなんて。昔はあんなに人間のことを嫌っていたのに」
面白がるような口ぶりのコハクに、ヒスイはより瞳を鋭く尖らせます。何を言い出すのか想像がついたから。
「あの木こりの子、とても真っ直ぐですね。俺ですら、傍にいるのがほんの少し心地よかった」
「ふーん……魔物でも、そんなこと感じるんだー……」
「おかしなことを言いますね。今、“魔物”《ソレ》はあなたでしょう? 体質までは変わらなかったけど、俺の
禍々しい羽根を背中に広げたまま、感情のない悪魔はさらりと言ってのけます。
伏せたヒスイの瞼の裏に、自らの運命を変えたあの日の光景が蘇ります。優しさなど持ち合わせていないこの生き物を呼び出してしまったあの日の出来事が。“魔王”に成り果てた、あの瞬間の光景が。
懐かしもうが悔やもうが何の意味もない過去を振り切るように、ヒスイはコハクに背中を向けました。
「言っとくけど……アイに何かしたら、消すから」
「肝に銘じておきます」
冷えた別れの挨拶を残し、重い扉を開けたヒスイは、扉が完全に閉まってから改めて教会を見上げます。
黒い羽根を生やす魔が、堂々と息を吸う聖域。宿る神などきっとロクなものではないでしょう。それでも、あの少女のように、この場所で幸せを与えられている人間も確かにいるのでしょう。
宵闇が迫る中、ヒスイは風を操って、天上の城へと帰っていきました。
第3話 教会のお手伝い
-end-
ねむねむ魔王は貧乏木こりと遊びたい 雪翅 @kasatoriumu
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