③教会のお手伝い――⑲


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 夕暮れが近づいた教会の聖堂。緋色の絨毯を踏んで規則正しく並ぶ長椅子。灯りのない薄暗い室内に、曇り一つない窓ガラスから頼りない陽射しが差し込みます。

 琥珀色の光に支配された神聖な個室で、二つの影は祭壇の前に並んでいました。小さな方の影が、大きな影に手を伸ばします。


「コハク……アカネ、今日も、お手伝いいっぱい頑張ったでしょ? アサギ君とシスターよりも……」


「ああ。そうだな」


 生まれたての動物のように自分にしがみついてくるアカネに、コハクは爽やかに微笑みかけました。


「いっぱい頑張ってくれたアカネには、今日もご褒美をあげないとな」


「じゃあ……今日も、幸せな“夢”、見せてくれる……?」


「いいよ。目を閉じて」


 素直なアカネは言いつけ通りに目をつぶります。そうしているだけで、胸は高鳴っていくのです。ふわふわと、足が地面についていないような心地がするくらいに。


 やがて背中に壁があたる感覚がありました。身が震えそうになるのを、アカネは必死に我慢します。


「もう、目を開けていいよ」


 夢見心地で、アカネは目を開きます。

 本物の夢の世界に入り込んだのでしょう。

 真っ黒なローブにブラックローズのストール、そして胸元に輝く逆さ十字の純銀。背中から伸びるのは、夜空よりも深い真っ黒な羽根。金色の髪とインペリアルトパーズの瞳だけは変わらない目の前の青年は、目蓋を閉じる前までそこに立っていたのと同じ人なのに、纏う雰囲気はまるで違います。涼しげで清らかだった笑顔は、危うげな色香に変わっていました。


 夢の中でならどんなお願い事も叶います。アカネは喉を鳴らしました。


「コハク……お願い。今日も……」


「わかった。じゃあありがたく、いただきます」


 少女を虜にする笑顔の奥で、美しく鋭い刃のような歯が煌めきます。


 アカネの首を優しく撫でた後、コハクは容赦ない歯で柔い肌を突き破りました。


 堪らずアカネは全身を震わせます。痛みと同時に感じる痺れ。こんなに幸福な時間が他にあるでしょうか。


 この人が本物の化け物でも、そんなことはもうどうでもいい――――

 やがて幼い首から顔を上げたコハクに、アカネは縋るようにしがみつきました。己を味わう唇に、自分のそれをあてがいます。コハクはされるがまま動きません。


 やがて夢の中でも意識を失うまで、少女の幸福は続きました。

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