第30話 VS魔人戦(8)

 勝った!

 自分の手でヘカテスを殺せなかったことは悔いが残るが敗北するよりはいい。

 ルルさんが剣を引き抜くと血が吹き出し、ヘカテスはその場に崩れ落ちる。


「魔人を倒すことが出来たなんて信じられません」

「私もよ。それよりその剣は何? 神器が2つなんて聞いたことないわよ」


 重力から解き放たれたルルさんとララさんがこちらへと歩いてくる。

 まあ見られてしまったからには言わないといけないよな。

 だが俺の言葉を待っているのはルルさんとララさんだけではなかった。

 何故ならヘカテスの側から得体のしれない気配を感じたからだ。


「隠れても無駄だぞ」


 俺はサウザンドブレードを手に持ち、ヘカテスの方へと話しかける。


「えっ? 誰かいるの?」

「微かですが何かの気配を感じます。ですがこれは⋯⋯」


 気配は地面から感じるが姿は見えない。一体どこにいるんだ?

 俺達はヘカテスの方を注視しているとゆっくりと地面から何かが現れてきた。


「おやおや、このままひっそりと退却するつもりでしたがそうも行かなくなってしまいましたねえ」


 地面から現れたのは三本の角を持った黒い人物。


「これって⋯⋯」

「魔人⋯⋯ですね」


 最悪だ。まさかこのタイミングで魔人が現れるなんて。

 身体は負傷しているし俺達はさっきまで重力攻撃を食らっていたから疲労困憊だ。そして何よりユグドラシルの剣はもう使えない。

 もしこの魔人がヘカテスと同等の力を持っているのなら全滅する可能性は大だ。


「安心してください。私は美味しい物は最後まで取っておく派なので今手出しをするわけではありません」


 それなら何故今この場に現れたか疑問が浮かぶ。俺達とヘカテスの戦いを見ることが目的だったのか? それとも⋯⋯。


「私はエレボス⋯⋯どうぞお見知りおき下さい」


 目の前の魔人エレボスはまるでベテランの執事のように左手を前にして腹部に当て、右手は後ろに回して挨拶をしてきた。


 その異様な光景に俺達は何も口にすることが出来ない。何故ならエレボスからはヘカテスに負けない殺気が放たれていたため、下手なことを喋れば殺されると思ったからだ。


「今日は挨拶に来ただけです。警戒しないで下さい」

「そのような殺気を当てられたら警戒の1つくらいするだろ」

「それは失礼しました。それでは挨拶も済んだことですし私は帰らせて頂きます」


 な、何だこの魔人は⋯⋯本当に挨拶に来ただけなのか。

 だが退いてくれるならこちらとしても助かる。今の状態で魔人と戦うことなど自殺行為だからだ。


「ですが1つだけ⋯⋯ヘカテスは連れ帰らせて頂きます。

「ヘカテスが生きている⋯⋯だと⋯⋯」

「ええ⋯⋯心臓を剣で貫かれたショックで気絶していますがまだ息はあります。あなた方にとっては残念なことですが魔族には心臓が左右に2つあるので1つ使えなくなってもすぐに死ぬことはありません」

「そ、そんな」

「ですがこのまま放置するとさすがに死んでしまいます。それでは失礼しました」


 魔人に心臓が2つあるなんて初めて知った。だが今はこのままエレボスを行かせるか見逃すかの方が重要だ。

 エレボスの言うことを信じるならヘカテスは今瀕死の状態だ。殺せるチャンスは2度とないかもしれない。だがそのためにはエレボスとも戦うことになる。


「このまま逃げられると思っているの!」


 俺がどちらを選択するか迷っているとララさんがクラウソラスを構え、そして光玉をエレボスに向かって放つ。

 この娘は攻撃的だなと思いつつも素早く決断し、行動に移したことは悪いことではない。


 光玉がエレボスとヘカテスに向かっていく。

 さすがにララさんの攻撃をまともに受ければダメージを与えられるはずだ。それにもしヘカテスに当たればそのまま命を奪うことができるだろう。

 避ければヘカテスに当たるためエレボスは光玉を受け止めるしかない。


「やれやれ、お転婆なお嬢さんだ」


 だがエレボスはため息交じりに言葉を発するとヘカテスの身体ごと地面に吸い込まれ消えてしまった。


「まさかヘカテスの身体ごとこの場から消えるなんて」

「初めから魔人ヘカテスを助けるために現れたのでしょうか?」

「せっかく追い詰めたのに逃げられたなんて腹が立つわ!」


 ヘカテスを後一歩の所まで追い詰めたのに⋯⋯。これじゃあスルンさんに会わせる顔がない。

 そもそも1人で魔人に勝つために鍛練してきたのにルルさんの手を借りなきゃヘカテスを追い詰めることが出来ない自分を情けなく思う。次に会った時には必ず俺の手で殺してやるからな。


「ですが皆さんが無事で良かったです」

「そうね。魔人と対峙した者は生きて帰ることができないって言われていたけど私達が初めての人間になったのね。でもやっぱり逃げられたことは悔しいわ」

「生きてさえいればまた戦う機会があると思います」

「次にあったらあのヘカテスもエレボスも私が叩き斬ってやるから」


 ルルさんの言うとおりだな。ヘカテスを逃がしたことは残念だけどあいつは俺やルルを殺すことに拘っていた。必ずまた俺達の前に現れるだろう。

 ここは魔人2人と対峙して誰も命を失っていないことを喜ぶべきだ。


 こうして俺は初めての外の世界で宿敵ともいえる魔人ヘカテスと戦い、後一歩の所まで追い詰めたが、エレボスの手で惜しくも逃げられることとなってしまうのだった。

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敗北から始まる物語~神から授かった武器がFランクの俺は決闘で敗れることで覚醒して最強へと至り何故か双子の女の子と同棲することになる~ マーラッシュ【書籍化作品あり】 @04020710

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