声を届けるお仕事です。

ハロウィン

　10月。都内某所。

　大きな扉を開けた先に見えたのは、お化け、魔女、警官…様々な格好に身を包んだ者達。テーブルに並ぶ食事はカボチャをふんだんに使っている物が多く目立つ。

　そして、一段と輝くステージに飾られている幕には、こう書いてある。

『声優事務所ダイヤモンドダスト主催ハロウィンパーティー』

　私、霜月（しもつき）冬羽（とわ）は同じユニットメンバーから誘われて、ハロウィンパーティーに来ている。

　と言っても、開催されたのはハロウィンの数日前。

　何故なら、声優を生業とする者にとってハロウィン当日はゲーム系コンテンツや個人の生配信、ライブ&トークイベントなどの出演がよくあるからだ。勿論、日にちをずらしていたりもするが、ハロウィン当日に開催している物も少なくない。なので、多くの人に参加してもらう為にも、わざと日にちをずらしているらしい。

　また、交流会として年末に開催されていた忘年会以外にも何か楽しめるイベントをしたい、という三ツ星社長の狙いもあり、今年は事務所主催のハロウィンパーティーが開かれることになったのだ。

「うおー、食べ物が沢山あるぞ。これ全部食べていいんだよな。玲（れい）！」

「食べてもいいが、全部お前の物じゃないからな。程々にしておけ」

「ほどほど、ってどれくらいだ…？ まぁいっか。いっただっきまーす」

「おい、待て！」

　真っ先に皿を取りに行ったのは、情熱の体現者、私が参加しているユニットのリーダーを務めている天倉（あまくら）夏樹（なつき）。

　太陽のように熱く、眩しい夏樹の仮装は海賊。大きな海賊帽を被って傷跡風メイクを顔に施し、服も所々破かれている。

　そして夏樹の熱が空回りしそうな時に素早くサポートするのが、宮秋（みやあき）玲（れい）。

　いつでも冷静沈着な玲の仮装は吸血鬼だ。どんな服装でも着こなしてしまう彼にとっては、マントがひらりと舞う姿も、時折、口から見える牙も、すっかり様（さま）になっている。

「あははっ。流石、夏樹くん。ご飯に目がないね〜。じゃ、僕たちも取りにいこっか。冬羽ちゃん」

「う、うん」

　あっという間に行ってしまう2人を、どこか羨ましく笑うのは、かっこよくもあり、可愛くキョンシーの仮装を着こなす春風（はるかぜ）日向（ひなた）だ。

　ちなみにクオリティーの高いハロウィン衣装を用意したり、本物みたいなメイクをユニットメンバーに施してくれたのは全て日向（ひなた）だ。

　彼はトレンドやおすすめの似合う服装を教えてくれたりなど、とにかくファッションやコスメに詳しいので外出用の服装も、たまに相談している。

「ご機嫌よう〜。冬羽王子」

　突然、かけられた声と王子呼びに驚きながら後ろを振り返る。

「──サキさん！ えっと、ご機嫌よう。き、今日は一段とお美しいですね」

「ふふっ。ありがとうございます。冬羽様」

「……あの、王子呼びもですが、様呼びも申し訳なさすぎます…」

「ごめんね。余りにも王子様で、思わず高貴な話し方になっちゃった」

　一歩踏み出すと、花びらのようにフワッと広がるドレス。頭には宝石らしき輝きが見えるティアラを載せる彼女は、桜花（おうか）サキ。普段の言動から天真爛漫で満開の笑顔が咲き誇るサキさんには、夢の国のプリンセスの仮装がよく似合っている。

　そんなサキさんが思わず礼儀正しい口調になった私の仮装は、というと日向が完全プロデュースした王子（プリンス）だ。元々、やりたい仮装が無かったのだが、日向が「だったら〜これ、やって欲しいな♪」と提案してきたのが王子（プリンス）の仮装だったのだ。

　ノリノリで衣装だけでなく、ウィッグまで用意してくれた彼に応える為にも、丸まりがちな背筋を正して、すっかり口調もサキさんにつられてしまったが……憧れであるサキさんの笑顔を見れたなら、それで構わない。

「わぁ〜サキちゃん先輩、可愛すぎる。お姫様そのものだよ」

「ありがとう、日向くん。日向くんの仮装は…キョンシーだね。もしかして、これ。日向くんの手作り？」

「そうなんですよ。既製品も試してみたんですけど、せっかくならオリジナルで作っちゃおうと思って。どうして分かったんですか？」

「だって、ほら。帽子に付いてるマーク、配信衣装の靴にあるデザインでしょ。スポーティーでカッコよかったな〜、って覚えてるんだ。あと、このカラーリングも見たこと無いから」

「えっ、すごい。普段、靴は配信に映らないのに覚えてくれてるなんて。サキちゃん先輩は、やっぱり凄いです」

　笑顔でニコニコしているだけでは無い。些細な変化にも直ぐに気づき、圧倒的な記憶力も兼ね備えている。それが、桜花サキだ。

「トリックオアトリート」

「──わっ！ びっくりした。…なんだ、遥（はるか）か」

　2人の会話を見守っている最中、突然のイタズラを仕掛けきたのは霜月（しもつき）遥（はるか）。すっぽりと透明なゴミ袋を被り、視界が確保出来ているかも不確かな彼の姿。到底、誰なのか判別し難いと思われそうだが、長い付き合いにもなるので直ぐに分かる。間違いない。私の兄だ。

「その格好…もしかしなくても、お化けだよね？」

「あぁ。本当は用意しようと思ってたけど、当日の朝になって、すっかり忘れてたのを思い出して。その上、アフレコと取材入ってて選ぶ時間も無くてさ。だから、とりあえずコンビニで大きめの袋（ふくろ）買って、目になる部分に穴を開けたら、お化けの仮装になるかなー、って。それに、仮装すれば参加費無料になるし」

　確かに、中にはダンボールで甲冑（かっちゅう）のような姿に扮した者もいれば、サキさんのように華麗に着飾った人など、個性豊かな宴が繰り広げられている。

　そして、どんな姿であろうと仮装をしていれば、今回のハロウィンパーティーの参加費は無料となるので、ほとんどの参加者は仮装をしているのだ。

「あっ、先輩いるじゃん。ごめん。挨拶行ってくる」

「うん。いってらっしゃい」

　小さく手を振りながら遥を見送ると、会話が終わったのを見計らっていたのか、飲み物を手にした夏樹が話かけてきた。勿論、その背後には玲もいる。

「よし、俺たちも挨拶行こうぜ！ 早く、お菓子食べたいしな」

「こら。メインは挨拶だからな。後、そんなに食いたいなら、これ食え」

　玲が右手に持っていた紙袋から取り出したのは、小さな包みに入ったクッキーだ。

「全員分あるから、やる」

「わ〜ありがとう玲くん。僕のが黄色で、冬羽ちゃんが青、夏樹くんが赤ってことは…これって、メンカラじゃん。ということは手作り……わざわざ用意してくれたの？」

「別に。暇だったから作っただけだ」

「そうだったのか！ ありがとな玲。それじゃあ、早速いただきま──」

「ちょっと待って。その前にSNS用の写真を、って…あー食べちゃった」

「美味い。 流石、玲だな」

　目にも止まらぬ早さで平らげた夏樹を横目に、私も玲に感謝を伝えるべく口を開く。

「ありがとう、玲。大切に食べるね」

「あぁ。大切にしてもらえるのは有り難いが、早めに食べろよ。食品だし、既製品よりは劣化も速いだろう。後で腹（はら）壊した、とか言われても責任は取れないからな」

「うん、分かった。明日にでも、おやつに食べるよ」

「ほぉーら、君達。挨拶行くんじゃないの」

　そう話しかけてきたのは私達のマネージャーをしている一ノ瀬さんだ。いつもと変わらないスーツ姿ではあるが、ハロウィンの夜の格好としては、また違った雰囲気を纏っているようにも感じる。

「あーーー、そうだったな。よし、行くぞ。トリックオアトリートだー！」

「だ、か、ら、まずは挨拶だ」

「いってきまーす。やっぱり皆んな、素敵だな。ファッションの参考になる♪」

「ちょっと待って。あっ、一ノ瀬さん行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

　こうして、賑やかな声が溢れる少し早いハロウィンの夜は更けていった。