29・冒険者は斯くあるべき・5



「ところでさっき言っていたことですけどね」


 シリルにそう訊かれ、ユタは首をかしげる。「その『スイートポテト』ってのは美味しいんですかい?」


「まぁ、美味しい――と思いますよ」


 ユタはそう口にする。もちろん美味しいことは知っているが、この世界にオープンがあるのかどうか。


 それがわからないため、別の方法で作るのを考えなければいけない。


「それじゃぁ、そいつを食わしてくれないっすかね?」


「それは別に構いませんけど」


「なんじゃい、ユタ。儂との約束を破棄するつもりか?」


 ビスじぃはギョッと目を見開いて言う。


「いや、まずはサツマイモが大丈夫なやつかどうか調べるのが先決……」


 ユタはそう言うや、


「ノワール、この前つくってもらった水を通さない紙っていまでも作れる?」


「紙があればいくらでも作れるよ」


「それじゃぁいらない紙を……って、どうしたの?」


 ユタは、はたと気がついたように、ルストたちを一瞥した。


「ちょっと待ってくれよユタ、もしかして紙を大量に使わないといけないのか?」


 ルストの言葉に、ユタは彼らがおどろいていることにようやく気付いた。


 なにせこの世界において紙は貴重なものである。


「紙がいるみたいですね」


 シリルが口を挟む。


「なんなら、オレっちが用意するっすよ?」


 言って、シリルは手を懐に忍ばせた。


 そしてそこから、ひとつの枝を取り出すと、それを地面に植えるや、


「『木の精霊ドリアード』ッ!」


 木の枝は徐々に大きく、幹を太く成長していく。


「お、おおおお……」


 その光景に、それこそ呆然とするユタたち。


「――んっ?」


 ひらりと空中からなにかが舞い落ちてくる。すこし茶色かかった長方形のなにか。


「これ――紙だ」


 ユタは、アッと喫驚し、手にとったそれを見ていった。


「オレっちは『ドリアードの枝木』を持っていて、好きなところでドリアードの魔法が使えるんすよ」


 胸を張るように言うシリルに、


「じゃぁ、何枚か作れるってことですか?」


 ビスティがそうたずねた。


「もちろん、なんならククルさまに出した手紙もオレっちの紙を使ってるっすからね」


 シリルはサムズアップして答えた。


「それじゃぁ、ノワールは何枚か使って、魔法で火と空気が通らないようにして」


「――了解」


 ノワールは、積み重なっていく紙の束から数枚を口にする。


「ビスティとゴブくんは井戸から水を組んできて」


「わかった」


「了解っす」


 ビスティとゴブはビシッと敬礼すると、ふたりは井戸がある畑のハズレへと向かった。


「ロイエは、ココらへんに枯れ葉と枝木が落ちてないか探してきて――リッキーくん一緒にお願い」


「――わかったよユタ」


「任せてくださいユタさま」


 ロイエとリッキーもビスティと同様に、敬礼すると森に近づかない程度の距離へと歩き始めた。


「それで、ユタ……オレはなにをすればいいんだ?」


 ルストが、うながすようにユタを見る。


「あ、ルストはそこで待機」


「なんでだよ?」


 なにかさせてもらえると期待していたルストだったが、そう言われてしまい思わずズッコケる。


「ユタぁ、なんか指示はないのかよ?」


「もちろんルストにはルストでしてもらうことはあるけど……」


 しばらく考えてから、「今はまだその時じゃないかな」


「でもさぁ、みんなが動いてるのに……うわぁ、ちょっと寒くなってきたな」


 言うや、ルストはブルっと身体をふるわせた。




「ユタ、お水組んできたよ」


 声が聞こえ、そちらに目をやった。


「これでいいっすかね?」


 ビスティとゴブが二人でひとつの、並々と水が入った桶をもって戻ってきた。


「うん、それをもうひとつ……空桶の中に入れておいて」


「どうして分けるの?」


「ひとつはもしもの時の消火用にね」


 それを聞いて、ビスティとゴブはちいさくうなずくと、東屋の近くにある道具小屋へと走っていった。


「消火用って、もしかしてなにか燃やすのか?」


 ルストがおどろいた顔でたずねる。「そうだけど?」


「いやいや、子供だけでそういうことしちゃダメだって」


大人わしが見ておるから大丈夫じゃよ」


 ビスじぃが言う。確かに……と、ルストとユタ以外の、その場にいたノワールとシリルがうなずいてみせた。


「ユタ、結構採れたよ」


「これくらいあればいいですかね?」


 森の近くまで行っていたロイエとリッキーも、麻袋に枯れ葉と枝木を入れて戻ってきた。


「それじゃぁ、その枯れ葉や枝木で焚き火ができるように準備して」


 それを聞いて、ルストは手を叩いた。


「それじゃぁ、オレがそれに火を点けるってことか?」


「――もしかして、火の魔法が使えるってんですかい?」


 シリルがそうたずねる。「なんなら全員基礎以上は使えるぞ?」


「マジか、やっぱアイツラの言っていたことはウソじゃなかったのか」


「アイツラって?」


 ビスじぃの言葉に反応していたシリルに、ユタとルスト、ロイエが首をかしげた。


「ノクスっていうバカな冒険者がな、森の中で『三種魔法トリリンガル』を使う子供がいるって話していて、そんなのオレっちたち冒険者でも『二種魔法バイリンガル』が使えれば御の字だってのにそんなのがいるわけないって」


「あぁ、それユタのことじゃね?」


「うん、ユタのことだよね」


 ルストとロイエが、それこそなにをいまさらと言わんばかりのテンションで口にした。


「なんなら、姫は基礎の『四種魔法クァドリンガル』行けるよ」


 ノワールがカラカラと笑って言う。「そんなにすごいことなの?」


 当のユタは、そもそも魔法を使うというよりは、精霊が協力してくれていると思っているので、シリルの反応が妙なことに見えていた。


「なにを云ってるっすか? 冒険者でもひとつしか使えないのが当たり前なんすよ?」


 慌てるような声をあげるシリルに、


「そりゃぁお前さんたち人間が、魔法の属性が一人にひとつしかないって思いこんでいるからじゃろうが?」


 ビスじぃが、杖をビシッとつきつけるようにして、シリルに言った。


「でもそれが常識――」


「魔力のない私が精霊の力を使って魔法を使っているのだから、常識なんてものはないんじゃないですか」


「い、言われてみれば――ってことは、魔術学校で教えてもらったのは嘘だったってことか?」


 シリルは、それこそ、「オーノー」と悲願するように頭を抱えた。


「まぁ、魔術学校は王都を守る兵士を育てる機関でもあるからね。そういう当たり前のことをあえて教えていなかったって思えばいいよ――と、できたよ姫」


 ノワールは、口に咥えた紙をユタに渡した。


「こっち準備できたよ」


 ロイエとリッキーが、焚き火の準備を終える。「それじゃぁルスト」


「よしっ! 『火の精霊サラマンダー』ッ!」


 ルストが枯れ葉と枝木が積み重なったちいさな丘に手をかざす。


 手のひらからちいさな火の玉が形成されていく。


「そ、その年齢で? もう『火球ファイアボール』が?」


 おどろくシリルを後目に、ルストが放った火球は枯れ葉に当たり、火が点けられた。




「それじゃぁ、魔法を使っていない紙を水で浸して、それをサツマイモに包んでいって」


 パチパチと音を立てて火を育てていく焚き火をビスじぃにまかせて、ユタは、自分で選別した大丈夫だったサツマイモの中からひとつ、細いやつを手に取った。


 そしてそれを、水に浸した紙を二枚重ねて包んだ。


「それに今度はノワールが火や空気を通さないように魔法をかけた紙で包んでいく」


「よいしょ。これでいいの?」


 ビスティたちも、ユタにならって、サツマイモを何個か紙で包んでいく。


「火もいい具合に育ってきたぞ」


 焚き火の中に入れられている少し太い枝の芯が赤く燃え、炎をあげない状態となっている。熾火おきびといわれる状態だ。


「それじゃぁ、この中に用意したサツマイモを入れていく」


 ユタは紙で包んだサツマイモを焚き火の中へと放り入れ、ビスティとゴブが道具小屋に行く時に持ってきてもらった鉄の棒で、隠れるように入れていく。


「あとは、じっくり待つだけ」


「待つ……て、どれくらい?」


「えっと、片面で20分。ひっくり返して20分だから……だいたい40分くらいかな」


「よし、それじゃぁ、待っているあいだルストたちは魔法の練習をしようか」


 ここで待っていても仕方ないと、ノワールがルストたちに授業を提案する。


「よっしゃ、それじゃぁ、今度こそ火と風の魔法が同時にできるようにするぞ」


 ルストやビスティ、ロイエの三人はノワールに連れられて、魔法を使っても大丈夫なところへと歩いていった。


「それじゃぁ、私も――」


 ユタは焚き火の様子はビスじぃにまかせて、地面に落ちていた一枚の枯れ葉を手に取った。


 そしてすこし、十メートル離れた。


 ユタは右の手のひらに枯れ葉を乗せて、


「『風の精霊シルフ』ッ!」


 シルフの粒子が手のひらに集まるように、集中していく。


「へぇ……」


 シリルが、感心した声を上げた。


 ユタの手のひらに乗せられた枯れ葉がゆっくりと浮かび上がっていく。


「あの歳で風の魔法を使って枯れ葉を浮かばせるとは――」


 なんとも未来がおそろしい子供だ――と、シリルは思った。


「あれくらいでおどろいては、おまえさんもまだまだのようじゃな」


 ビスじぃは梶の木の杖の石突で、熾火の炎が消えないように空気を混ぜていく。


「っと、どういうことですか?」


「『水の精霊ウンディーネ』ッ!」


 ユタは左手にウンディーネの粒子を集中させる。


「ちょ、ちょっと待って? なんであの子シルフを使いながらウンディーネが使えるんだ?」


「お前さんがあの子にちょっかいを出した時も似たようなことをしておるがのぅ」


 たしかに、シリルは、ヤーユーに変化してユタにちょっかいを出したのは事実だ。


 しかし――、その時はシルフで土を巻き上げたくらいしか思わなかった。


 そんなことはつゆ知らず、魔法を使うのに集中しているユタは、右手に集めたシルフの粒子と、左手に集めたウンディーネの粒子を重ねるように意識していく。


 それは言うなれば、一滴でもミスをすると爆発する理科の実験がごとく。


「『氷の精霊フラウ』ッ!」


 ユタの両手の空間を浮かんでいた枯れ葉が徐々に霜付き初めていく――が、


「キャッ?」


 空気がパンッと破裂したような音が畑に響いた。


「ユタさまッ、大丈夫っすか?」


「大丈夫ッ!」


 ゴブやリッキーから声をかけられたユタは、手をかかげて答えた。


「うーん、あの時は夢中だったから偶然うまくできただけかもしれないし,やっぱり風と水の粒子のバランスかなぁ」


 ヨッ――と、立ち上がったユタは、足元に落ちている枯れ葉を手に取り、ふたたびおなじことを繰り返していく。


 それこそ、自分の意識でいつでもフラウがつかえるように――何度も練習していく。


「も、もしかして氷の魔法を使おうとしていたのか?」


 そんなユタに、シリルは驚きを隠せないでいた。


 なにせ、氷の魔法は風と水の混合魔法に当たる。


 それが使えるのは優秀な魔術師くらいであり、それをたかが5歳の幼女が使おうとしているのだ。


「やはり――マナフィさんが言っていたことは本当だったんだな」


 シリルはユタを見すえる。


「おーいユタ、そろそろできあがってきたみたいじゃぞ」


「――ほん」


 ビスじぃに声をかけられたユタは、そちらに意識を向けてしまう。


 意識が散乱してしまったため、シルフの粒子にウンディーネの粒子があわさってしまい、それこそスプリンクラーのようなものができあがってしまい――、


「ぎゃっぁあああああああっ!」


「なぁぁああああああああああっ!」


 その大量の水がゴブとリッキーにクリーンヒットしてしまった。


「あ……」


 ユタは唖然とした顔で、ゴブとリッキーを見る。


 ふたりとも着ている服が肌にひっつくくらいにビジョビジョになっていた。


「だぁ、寒い寒い寒いっすよ?」


「は、はやく焚き火に――焚き火で暖を取るぞ」


 言うや、二匹は一目散に焚き火へと走っていった。


「なんか賑やかだけど、姫――なんかしたのかい?」


 戻ってきたノワールが、ユタの肩にヒョイと跳び乗るやたずねた。


 ユタは『氷の精霊フラウ』を出す練習をしていて失敗したことを話す。


「まぁ、そんなことより結構いい匂いがしてきたね」


 鼻をひくつかせ、「ルストたちもいい感じにお腹がついてきているしね」


「ユタ、もう食べられるんじゃないか?」


 ノワールの言葉に誘われるように、ルストたちがお腹をさすりながら戻ってきた。


「うん、もうサツマイモが食べられるよ」


 一番楽しみにしていたユタは、はしゃぐ気持ちを抑えながら、ルストたちと一緒にビスじぃの元へと歩み寄った。




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転生幼女は拳で語る 乙丑 @kamuronoko

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