28・冒険者は斯くあるべき・4
「いやぁ、久しぶりだねぇ?」
田舎屋敷の食堂で、足をテーブルに乗せて、上座に座っているククルを笑いながら見据える大男がそう口にする。
男の見た目は、筋骨隆々でスキンヘッド。顔は傷で左目に大きな切り傷が入った片盲。
だが本人は戦いの負傷だとして、一ミリも気にはしていなかった。
服装は、それこそ貴族に会うためかいちおうしっかりとした服装をしてはいたが、窮屈そうで今でもはち切れそうだ。
「サイズの合うやつはなかったのか? ドミニク」
ククルが呆れたようにたずねる。「オレの筋肉を抑えられる服なんかあると思うか?」
カラカラと笑う大男――ドミニクはガハハと高笑い。
「フッ……たしかにな」
「お、そうやってニヒルに笑うところは変わらねぇな」
「――変わらんさ。お前たちと分かれてからたかが――しか経っていない」
ククルは、うしろにいるヤーユーに、
「今日の晩は豪勢にしよう」
と言った。
「よろしいのですか?」
「――不満か?」
「まだ、お嬢さまの精神が癒えておりませぬ」
と、ちいさく頭を下げた。
ククルはしばらく考えてから、
「あの子は――冒険者となると決めた。――ならばいつまでも過ぎたことに囚われることは……」
「それは――お前が一番わかってるんじゃないのか?」
ドレイクにそう口を挟まれ、ククルは彼を睨む。
「お嬢ちゃんがどういう目に遭ったかは、王都でアイツラの相手をした時になんとなく察したがよ? すげぇ優しい嬢ちゃんじゃねぇか」
ドレイクはテーブルから足を
「冒険者になれば、旅の途中で遭遇するかもしれない」
「そいつが、自分の知っている魔物じゃねぇだろ?」
ククルは、ドレイクから視線をそらした。「人間ってのは――魔物を殺すものだとしか教えてもらってない」
「それが必然ですからな」
「だが、ここはそんなこと教えてねぇだろ? 自然と共存することがオレたちの罪滅ぼしだ」
ドレイクは、ふと思い出したかのように――、
「しっかし、あいつらも訳のわからねぇことをしてんな」
「どうかしたのか?」
突然話を変えられたので、すこしばかりけげんな表情でククルはドレイクを見すえた。
「いや――お前さんの領地の森は、
「――結界が張られていなかったということでしょうか?」
アンナがそう言うが、「もしくはそれを弊害する術を持っていたか」
「Eランクの彼らにそのようなことはできないはずだ」
「――だろうな。ってことはやっぱり裏で誰かがってところか」
ドレイクは、ふむと、腑に落ちていない顔を浮かべる。
「マスティ子爵からは――なんと?」
「息子の処刑は免れんのはたしかだが、いちおうたずねてはみたがね――」
「知らない――ということだな?」
「親父の権力を棚に上げて好き放題やってたんだ。しかもあの性格は妾のそれに近いな」
それを聞いて、「それなら――その母親に聞けばいいのでは?」
と、アンナは首をかしげた。
「まぁ、それでいいならそうしたいんだが――なんせ相手は甚だしくも子爵婦人だからな――むしろ正室のミスティアとその子供で次男のハイウェルとは疎遠となっている」
「んっ?」
ドレイクの言葉に、ククルは首をかしげた。
「どうかしたのか?」
「いや、私が知っていることと妙に辻褄が合わないと思ってな」
「っていうと?」
「マスティ殿の正室が生きていることだ」
「そりゃぁ生きているだろ? ふたりは離婚してるんだからな」
「そういうことではない。ふたりはデニスの像の前で祝言をあげたはずだ」
言って、ククルはさらに眉をひそめた。
裁判を司る女神であるデニスは、契約をもって夫婦を番として定めている。
「そういえば――そうだったな」
「女神様がそれを無視するとは思えませんね」
「だが、別に正室と妾がいることに不思議ではないがね」
「それにしても――長男のノクスが禁忌を冒したことで破門にされたのはわかりますけど……」
アンナは、手に持ったロイヤルミルクティーが注がれているティーカップを口にして、すこし口の中をうるおした。
「破門にされたのは、今回の件が明るみになる前でしたわよね?」
◇
「よーし、姫を襲おうとした罪として、キャット連続乱れひっかきでも食らわそうかなぁ?」
ノワールが、それこそ目の前の男の子に襲いかかろうと、前足の、伸びた爪を舌なめずりする。
「ひゃうっ! ごめんなさい」
ガクガクと震えている男の子を見ながら、
「えっと、とりあえず聞きたいんだけど、誰なのあなた?」
ユタがそうたずねると、少年は、
「じ、自分は――シリル・パワー・ソーンダースと言います。いちおう駆け出しの冒険者です」
と自己紹介した。
「――冒険者?」
聞いて、ユタやルスト、ビスティといった子どもたちに加えてゴブも警戒するような険しい目で少年――シリルを見た。
その異常なまでの嫌悪感を思わせる視線に、シリルは相手が子供だというのに押し負けてしまい、思わずたじろいた。
「あぁごめんねシリル。君が悪いわけじゃないんだよ」
ユタたちを見すえながら、ノワールはシリルにちいさく頭を下げた。
もちろんユタたちも一方的に冒険者を嫌っているわけではない。
ただただ心の整理がつかないのだ。
「――そういうこと……ですか」
シリルは頭を抱え、呼吸を整えた。
「たしかに、あんな目に遭っていれば冒険者を警戒するのもしかたないことですね」
「ごめんなさい」
頭を下げたのはルストだった。ビスティとロイエもそれに倣うかたちでシリルに謝った。
「オレの父さんが冒険者だから、ちょっと憧れてたんです。でも――」
「いや、彼らのやったことは赦されることじゃないよ。むしろ――」
近くにいたユタは、シリルの目を見るや肩を震わせた。
ユタたちがノクスを通して持っている冒険者に対しての嫌悪感とはまったく真逆のもの。
いや、それ以上に悍ましいほどの嫌悪感をシリルから感じ取ったのだ。
「これ、若造」
ビスティが声を挟んだ。「子供が怖がっておるじゃろうが」
そう注意されたシリルは、「あぁ、すみませんね」と頭を下げた。
「オレもちょっと冒険者ってのに憧れてようやくなったもんだから、ノクスみたいな冒険者もいるってことはわかってるんですけどね」
あはは……とシリルは笑った。
「まぁ見たところ悪い冒険者ってわけでもなさそうだしな」
「そうそう、むしろノクスみたいなのを最初に見てるとね」
ルストたちがうんうんと納得したところで、シリルはあらためてユタを見すえた。
「しかし、今のは精霊をふたつも使っていたね」
「まぁ、ユタは僕が育てたようなものだからね」
どうだと言わんばかりに、ノワールは胸を張った。
「それにしても、魔力がないのによくできるね。いや――ないからこそできる芸当かな?」
「――やっぱり魔力がないのは珍しいんですね」
「当然さ。どんな人でも生活に必要な魔力が使えるようになっている」
それを聞いて、ユタはすこしだけ不安な顔を浮かべた。
「魔力がなくてもユタはユタだろ?」
「むしろ魔力があるわたしたちよりも強いしね」
「魔力がないって気付かれない限りは気にしなくてもいいと思うよ」
ルストたちは、それこそなにをいまさらと言わんばかりにあっけらかんとした顔で返す。「――うん、そうだね」
ユタはちいさく笑みをこぼす。前世と違って、すぐ近くに心の拠り所があることが、なによりもありがたかった。
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