27・冒険者は斯くあるべき・3


「ビスじぃ」


 午前の座学と、昼食を屋敷で終えると、ユタはルスト、ビスティ、ロイエの三人とともに、村外れにあるビスじぃの東屋へとやってきていた。「サツマイモはどうだった?」


「ふふふ……聞いてくださいユタさま」


 言って、森子鬼ホブゴブリンのゴブが、フフンと誇らしげに鼻を鳴らした。


「どうかしたの?」


「なんと、オレ――鑑定スキル覚えちゃいました」


「ほんとに?」


 おどろくルストたちに対して、ユタはキョトンとした顔を浮かべてしまう。


「そしてなんと、畑で採れたサツマイモは虫に食われていませんでした」


 どうだと言わんばかりに、籠に入ったサツマイモの山を皆に見せた。


「すごいじゃないかゴブさん」


「そうだよ、鑑識なんて普通覚えられないのに」


 やんややんやとゴブを褒め称えるルストたち。


「こんなの朝飯前っすよぉ」


 それこそ自慢げに話すゴブを後目に、ユタは籠の中からサツマイモのひとつを手に取った。


「どうですか? ユタさま、オレだってねぇ本気を出せば――」


「うん、これは――ダメかな」


 ユタは手に持ったサツマイモを放り投げた。


「なあぁああああっ?」


 その行動におどろいたのはもちろんゴブである。


 ユタは手に持ったサツマイモの一点のみを見てから、


「これもダメ。これは保留。これはよし。これはダメ。これもダメ。これはよし。これは保留――」


 といった具合に、サツマイモを『ダメ』・『保留』・『大丈夫』の三通りに分けて選別していく。


「ま、まさか――ユタさまも鑑識スキルを持ってるっすか?」


 ワナワナと指を震わせるゴブに――、


「えっ? っていうかゴブくんってどこ見て判断していたの?」


「そりゃぁ、見た目と大きさっすねぇ。こいつとかすごい大きいっスよ?」


 言って、カゴの中から直径してソフトボールほどの大きさがあるサツマイモを取り出し、皆に見せた。


「でけぇ」


 喫驚するルストたちであったが、ユタはそれを手にとって、


「うん、これなんかすごい食われてる」


 ゴブからそれを奪い取って、自分で選別しているダメな方の山に放り投げた。


「なんでことするっすかぁ?」


 ワンワンと文句をのたまうゴブに、ユタは眇めるような視線を向けた。


「ノワール、ちょっとダメだったやつの――茎から2センチくらいを輪切りにしてくれる?」


「はいよ、姫――」


 ノワールはユタの肩から降りると、前足の爪を立てて、ダメだったサツマイモの切り口から二センチくらいを目安にスパッと切った。


 ぼとり――と、地面に輪切りにされたサツマイモが転がる。


 そこにはジュクジュクと腐り爛れたイモの断面図が現れた。


「えっ? なにこれ――こわ」


 一番おどろいたのは他でもない選別していたゴブである。


「ゴブくん、野菜に大きいも小さいも関係ないの知ってる?」


「というか、多分だけど鑑識とかおぼえてないでしょ?」


 ノワールにそう指摘され、ゴブは「ぐぬぅ」と呻いた。


「うわぁ、わかりやすい」


 肩を落とすような声をあげるルストを見ながら、


「まぁ、虫食いがあっても大丈夫なところは大丈夫なんだけどね――普通は嫌でしょ?」


 ユタの言葉に、ビスティとロイエはうなずいてみせた。



 さても、小一時間ほど経ってユタによるサツマイモの選別は終わった。


「大丈夫なのと保留のやつより――ダメだったやつのほうが多いって」


 三つの部類に分けられたサツマイモを見比べて、ルストたちが肩をすくめる。


「と言っても、保留のやつも切らないとわからないんでしょ?」


「うん、切れ目からは虫が入った痕跡がないけど、断面図の色がおかしいし、品種がわからないから判別できないんだよね」


 わかりやすくいえば、じゃがいもと同じ肌色をしたサツマイモ。


 布に水彩絵の具を付けてキャンパスにポンポンと叩いたような色をしている紫芋。


 薄い紫をぼやかしたような色をしている紅芋。


 と言った具合にわかりやすい見分け方はできる。


「姫が見た感じ、虫食いはあったのかい?」


「見た感じないっぽいんだけど、断面がちょっと黒っぽいんだよね」


 言って、ユタは保留の山に置かれたサツマイモを手に取る。


「ノワール」


 ユタは、ホイッとサツマイモを空に放り投げた。「はいよ」


 ノワールが爪を立ててスパッとそれを切る。


 パカッと割れたサツマイモは中心が黒々となっていた。


「いや、そっちのほうが虫食いよりヤバくないっすか?」


「でも、なんでこんなふうになるの?」


 ビスティがそう訊いた。


「低温障害とかカビが生えているとこうなるんだって」


 ユタは苦笑を浮かべながら答えた。――が、もちろん前世での知識である。


 なにせあの忌々しい毒親が、安売りされた売れ残りを買ってきては、大丈夫だったのを間男と食べ、自分や義兄には見た目がわからないが断面図を見ただけで色が変色していたやつを食べさせていた始末。


 否が応でも、見た目だけで判断できる術を覚えてしまう。


「ダメだったやつは捨てるとして、保留の中で大丈夫っぽいやつを来年用の種芋用かなぁ」


 それよりもまずはサツマイモ用の畑をどうにかしないといけない。


 この世界でもアリモドキゾウムシのような害虫がいることがわかった。


 それなら、することは畑を燃やして地中の害虫を駆逐――駆除することが第一優先。


「ビスじぃ、なんかアイディアとかある?」


「ほほほ……、お前さんのほうが詳しいじゃろ?」


「――美味しい『スイートポテト』作るけど?」


 ユタがそう言うや、ビスじぃの長耳がピクリと動いた。「それは嘘ではあるまいな?」


「甘く濃厚で舌触りがトロッとしている」


「よしわかった」


 ビスじぃは、膝を叩いて立ち上がった。


「返事速くねっすか?」


「それはそれ、これはこれじゃよ」


 ゴブのツッコミを入れるが、ビスじぃは素知らぬ顔で返した。



「――お嬢さま」


 うしろから声が聞こえ、ユタはそちらへと目をやった。


 そこには執事バトラーであるヤーユーがおり、


「お客様が来られましたので、お屋敷にお戻りくださいませ」


 と伝えてきた。


「お客さまって――今朝言っていた人たち?」


 そう聞き返すと、ヤーユーはちいさくうなずいてみせた。


「それは妙じゃないかい? 彼らが用のあるのはククルの方だ」


 それに基本的にユタは外で遊ばせ――もとい運動させているのがククルとアンナの育児方針である。――とノワールは口にする。


 もちろんそれを知らないヤーユーではない。


「なんでも、久しぶりにユタさまの顔も拝見されたいとのことでして」


「私はその人たちのことを知らないのだけど?」


 ジッとヤーユーを見据えるユタに、


「それは――お嬢さまがまだ幼かったからでしょう」


 いまでも十二分に幼いのだが――。


「わかりました」


 ユタはビスじぃのほうに視線を向けた。


「それじゃぁ大丈夫だった方のサツマイモはもうすこし寝かせて――」


 そう伝えようとした時であった。


 ふわっと熱気のようなものが背中から感じ、ユタはそちらへと振り返った。


「『火球ファイアボール』ッ!」


 ヤーユーが手をかざし、火球をユタに向かって放った。


「――ッ!」


 すんでのところで避けると、「『土の精霊ノーム』ッ! 『風の精霊シルフ』ッ!」


 ユタは精霊の力を借りて土埃を起こすと、ヤーユーの目を撹乱させた。


「クッ!」


 ユタは、腕で目を防いだヤーユーに、「ノワールッ!」


「おっけぇーっ! 姫ぇ!」


 追い打ちをかけるように、ノワールに指示を出した。


「ちょ、待て待て待て待てっ!」


 いつもの冷静な態度を取るヤーユーとは打って変わって、慌てふためいたような声を上げる。


「――それで、いったいなんの用だい?」


 ノワールは呆れたような声でたずねると、ユタが放った土埃がようやく晴れた。


「――えっ?」


 ユタやルストたちが、それを見てギョッとおどろきを禁じえない。


 そこには、マントを羽織ったちいさな男の子が、それこそチョコンと座っていた。


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