26・冒険者は斯くあるべき・2


「ハッ!」


 明朝、魔の森の入り口でユタの覇気をまとった声が響き渡る。


 目の前の男――ククルに右の正拳突きから左のジャブ、身体をすこし跳躍させての右上段蹴り、その右足踵を首にひっかけての首刈り。


「なんのぉッ!」


 ククルはその太い首筋に力を込め、ユタをその言葉通り、宙へと投げた。


「ひゃうっ?」


 思いのほか、上へと放り投げられたユタは翻筋斗もんどり打つように体をひねるが、――ひねったところで状況が改変されるわけがない。


 それどころか顔が下になって地面とくちづけしそうになる。


「ユタァッ!」


 さすがに放り投げすぎたとあわてた表情でククルがさけんだ。


「姫、シルフを使ってクッションさせるんだ」


 ノワールに指示され、ユタは両手を咄嗟に前に出した。


 ふわりと空中で翻筋斗打ち、背中から転がり落ちていく。


「いっつぅ」


 身体を転がし、うつ伏せになってから立ち上がると、


「やっぱり首狩りは無理があったかな」


 自分の足の長さを悔しく思いながら、ユタは構えを取った。


「では参ります父上ッ!」


「よし来いッ!」


 ユタとククルの父娘稽古を、いつもの定位置である木の上から見ているノワールはあふぅと欠伸を浮かべ、「平和だねぇ――」


 本来ならば血のつながっていない父娘ではあるのだが、器質が一緒だからか意外と馬が合っている。


 二人が飽きるまで寝ていようと、ノワールがうつろうつろになっていた時であった。


「旦那さま」


 スッ――と、ユタとククルにひざまずいた姿勢でヤーユーが姿を現した。


「どうした?」


「先ほど速達鳩が屋敷の方へと参られました」


「こんな夜明けにか……?」


 着ていたスポーツウェアの襟元を正しながら、ククルはけげんな表情で聞き返した。


「速達――バト?」


「緊急を知らせるために馬車を飛ばすより空を飛ぶ鳥のほうがいいからね。君がいた世界で言うところの伝書鳩だと思えばいいよ」


 ユタの肩にスッと飛び降りると、ノワールがそう説明した。


 余談だが、実際の伝書鳩の速度は時速44㎞と言われており、新潟県村岡市から鹿児島までの約1,100㎞を、日陰で休んだり夜のうちは飛ばないなどの生態を鑑みても一日半で飛びわたる事ができる。


 とは言え、この世界の速達鳩には『風の精霊シルフ』の加護を与えているため、それよりも速く、空を飛ぶ魔物から身を隠すように『陰』の魔法もかけられている。


 またククルが治める東の辺境地と王都は距離にしてフルマラソン(42.195㎞)ほどの距離ではあるが、途中途中で悪路など通りにくい場所があるため、結局空からの伝達のほうが早いのである。


「して――緊急とは?」


「内容は掻い摘みますが先日のノクスたちの供述によりますと、やはり裏で糸を引いているものがいると」


 それを聞いて、「やはり……か」


 とククルは苦悶の表情を浮かべた。


「どういうことですか? 彼等の単独行動だったのでは?」


「姫、言っておくけど素材を買い取るところもそんなにバカじゃないからね。採れる素材によっては不審に思うものだってあるんだよ」


 そう説明されたが、ユタはけげんな表情を見せる。


「例えばウルスがいる森の魔物は他のところにもいたりするけど、角や毛皮はランクが上なんだ。その理由はわかるかい?」


「魔の森の近くにいて、他のところより魔力が強いから?」


 ユタがそう答えると、ノワールはうなずいてみせた。


「つまりあの二人が森の中で狩りをしていたのは、他のところよりも質が良かったからってこと――か」


 それを考えると、もう少し懲らしめたほうが良かったのではとユタは口を尖らせた。


「しかしククルさまが治めるこの辺境の他にも点々と村や町はありますが」


「そうだね。ほとんどのところは許可証がないと売ることすらできないはずだ」


 ユタはチラリとククルを見上げた。


「基本的に魔物の肉を授かるというのは、その区間の食物連鎖に人間の手が入ってしまう」


 それは何度も聞いているため、ユタは理解している。


「だから数のバランスが崩れないよう、素材の売却に必要となる許可証が、王都やその村や町を治める爵位を持った人からもらわなければいけない」


「それを持っているのは一般的には冒険者のみとなっておりますが、あちらは王都発行の許可証となりますな」


 ヤーユーの言葉に、ユタはけげんな表情を見せた。


「――姫、この周辺の領地内の魔物を狩るには誰の許可が必要になると思う?」


「父上の許可が必要になる」


 ユタの答えに、ククルたちはうなずいてみせた。


「襲われたなどという事情があれば話は変わるが、基本的にウルスがいる森の中や、魔の森は王様からの許可がない以上は入れんからな」


「あれ? ってことはノクスたちはそれを偽証していたってこと?」


「いや――それはまずムリですな」


 ヤーユーがそう口にする。「ムリって?」


「許可証には魔法が施されていてな。何重にもかけた特別なものなんだ」


「言っておくけど、ボクの力でも解読できないくらい複雑」


 ノワールがお手上げだと言わんばかりに口を開けた。


「ちなみにそれを破ったら?」


「裁判を司る女神――デニスの剣に八つ裂きにされますな」


「だからこそ、約束は守らなければいけないのだぞ」


 ククルはふぅと嘆息をついた。


「それと旦那さま――」


 ヤーユーはククルに耳打ちをする。「マジか?」


「マジです」


 それを聞いて慌てるククルにヤーユーは追い打ちをかけるように言った。


「うわぁ、マジかぁ……あいつら来るのかよぉ」


 頭を抱える父親ククルを見ながら、


「父上はなにをそんなに嫌がってるだろ」


 とユタは首をかしげる。


「昔なじみがくるので食事をどうしようか悩んでいるだけですよ」


 そう言うや、ヤーユーはスッと姿を消した。



 ◇



 屋敷に戻ると、ククルはすぐに自分の部屋へと引っ込んだ。


 ユタも朝風呂で汗を流し、着替えを済ませる。


「おはようございます。ふたりとも」


 先に食堂に来ていたアンナが、同時に入ってきたユタとククルに朝の挨拶を交わした。「おはようございます。母上」


 ユタは会釈し、自分の席へと座った。


「アンナ、今日の昼頃――アイツラが来るそうだ」


 テーブルの上座に座るや、ククルは不貞腐れた声で言った。


「あら? あの人たちが?」


 と、アンナはおどろいた声を上げた。「それはなんとも賑やかになりますわね」


「母上もお知り合いなのですか?」


「えぇ、みなさんとても良くしてくださいますよ」


「はしゃぐのが好きな田舎者だがな」


 ククルは頬杖をつきながら、来客に悪態をつく。


「あら? 彼等に会うのが楽しみなのはあなたもではありませんか?」


「会うのは別に構わん――がな、人の予定などガン無視も甚だしいだろ」


 それを聞いて、


「ヤーユー、手紙にはなんて書いてあったの?」


「『今から行く』……それだけでした」


 無表情で答えるヤーユーではあったが、広角がかすかに震えていた。


 さても、今日の朝食は猪のベーコンで出汁を取ったスープの中にザク切りされた野菜が入ったもの――いわゆるポトフと、焼きたてのふんわりとしたパン。


 そして鶏卵の目玉焼きであった。


 ユタの焼き加減の注文は半熟であり、パンの上に目玉焼きを置くと、塩と胡椒、マヨネーズを軽くまぶしてから豪快に口の中へと運んでいく。


 黄身の膜が破れた時、トロリとした卵黄とマヨネーズがよく絡み合う。


 静かに音を立てずに飲むポトフもベーコンや野菜の甘味が溶け込んでおり、スッと胃の中をあたためてくれる。


 冬の朝ほど、温かいものを食したいものだが、如何せんユタの前世は沖縄ウチナーである。


 沖縄は冬の気温が15℃をほとんど下回らないため温かいイメージがあるのだが、それでも風が強けりゃ寒さもみるといったところ。


 最近は魔の森に行く間の強い風が冷たく、稽古を早く終わらせて温かいお風呂とスープを嗜むのがここ最近の楽しみであった。


「で、今日はなにをするつもりだ?」


 食事中、ククルから声をかけられたユタは少し考えてから、


「えっととりあえず今日はビスじぃの畑で採れたサツマイモの選定ですね」


 と答えた。


「その『サツマイモ』というのは食べて大丈夫なのでしょうね」


 アンナがパンをちぎりポトフに付けて食しながら言う。


「とは言っても虫が入っていたら食べられませんし」


「まぁ、そこはビクじぃが選定してくれてるでしょ」


 ユタから野菜の切れ端をもらいながら食事をしているノワールがそう口にする。


「で、やっぱりサツマイモそれを使ってなにか作りたいものでもあるの?」


「うん、やっぱりサツマイモと言ったら焚き火の中で焼くのが一番でしょ」


 ユタはまだ食べてもいないのに想像だけで口の中にツバを溜めるのであった。


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