25・冒険者は斯くあるべき・1
その日の夕食、アシュクがユタのつくったサーターアンダギーを王様に進物しないのかという議題が持ち上がっていた。
「しかし、ほんとうに美味しいな」
ククルは、サーターアンダギーをふたつほど平らげ、感想を述べる。
「そうですわね。パンの半分もないのにひとつ食べただけでお腹いっぱいになりますし」
言って、アンナはテーブルの上に盛られているサーターアンダギーをひとつくすねる。
「――ふとるぞ」
ククルがちいさくつぶやく。
「甘い物は別腹です」
それに対して小さく舌を出すアンナ。というやりとりを見て苦笑をうかべるユタは、
「ハチミツは砂糖より糖質……あっと太りやすくなってしまう成分がすくないんです」
ユタは、材料の分量を計る時に、ハチミツの量を砂糖の1/3にしたと説明する。
「つまり、三個食べたら本来の一個分の砂糖の量になるってことね」
先ほどひとつ手に取ったにもかかわらず、アンナは三度、お皿に手を伸ばした。
「その理屈はおかしい」
もはや呆れて物が言えないククルがくぐもった声で言った。
「しかし、これだけ美味しいものを王の前に献上するのだ。揚げ菓子だから日持ちはしないのではないのか?」
ククルは、今暮らしている辺境から、王が暮らしている王都まで馬を走らせても一週間以上かかると説明するが、
「それは大丈夫です。サーターアンダギーは日持ちがよく早くて二週間ほどですし、なんならその場でつくっても」
言って、ユタはアッと口を開いた。
「――おなじ味を出すのが無理……じゃないのかい?」
カリカリとサーターアンダギーの外側を咀嚼していたノワールがそう口にする。
「――その心は?」
「ユタがつくったのはハチミツを入れたものだ。これは本来なら砂糖を使うところを今の状況から鑑みて代用できるものを選んだんだろ?」
そうきかれ、ユタはちいさくうなずいてみせた。
「しかも使用したハチミツは、フラワービーがいろんな花の蜜を採取してつくった野生のハチミツだからね。花の蜜が使ったものと違えばもちろん味も変わってくる」
「こんなに美味しいのに、同じものが作れないなんてもったいないわね」
ふぅ……とアンナはため息をつき、サーターアンダギーを
「母上、それ4つ目ですよね?」
と、ユタは苦笑をうかべるようにツッコミを入れた。
ククルの言葉をかえすのもしのびないので口にはしなかったが、いくらカロリーが同量の砂糖よりもすくないとはいえ、食べ過ぎれば元の木阿弥である。
「砂糖が使えればそれに越したことはないですけど、高級品をおいそれと使えないのははがゆいですからね」
ユタはうーんと、手を合わせ腕を伸ばす。
そもそも沖縄で暮らしていたユタにとってサトウキビは路端で群生しているような身近なものだ。
今回のような必要数採れなくなってきているというのが妙に違和感がある。
が、自分がいた世界とこの世界の気候は幾分違うのだろうと自己解決しているのが現状。
「話をもとに戻すけど、アシュクは姫がつくったこの揚げ菓子を王に進物しないかってことでしょ?」
それを今議論しているのだが――と、ユタは言おうとしたが、
「王様だったらそこら辺の問題は解決するんじゃない?」
「どういうこと?」
「南の辺境地――アグニから運ばれてくるサトウキビを、砂糖に製糖しているのが王都だからな」
首をかしげるユタに、ククルがそう説明する。
「あれ? 収税代わりとして王都に献上しているのはわかりますけど、砂糖を作るくらいだったら自分たちのところでやってるんじゃ?」
と、逆に理解が追いついていないユタに、「姫、砂糖の作り方って知ってる?」
ノワールは言い返すようにたずねる。
「あっと、ごめん細かいところまではしらない」
「つまり――そういうこと」
しばらく考えてから、ユタは納得したように、
「あぁ、作り方を知らなかったら作り方を知ってる人にまかせればいいってことか」
と手を打った。
本来なら『餅は餅屋』というべきではあるが、知らない言葉が出ると周りが困惑してしまうのは学習しているため、あまり口にしないようにしているユタなのだった。
「それで、サーターアンダギーはいつまで持てるのか」
「……それは、ちょっと調べてみないことには」
ユタはククルに対してちいさく頭を下げる。
「それは――
「使用したものが違うからです。本来ならわたしの知る限り、砂糖とベーキングパウダーが必要になるのですが、砂糖の代わりに蜂蜜を使用し、ベーキングパウダーの代わりに重曹を用いていますから、菓子の中にあるものが違えば保存できる期間も変わってしまいます」
さらには鶏卵の中に食中毒の原因とされるサルモネラ菌が付着していることも腐食する原因である。
この世界において、ユタは一度も生で鶏卵を食べていない。
つまり、鶏卵は火を通すものというのが常識となっている。
「賞味期限とされる二週間。つまり14個を一日ひとつずつ食べてみて経過を見るというのはどうでしょうか?」
「たしかにそれが妥当か」
サーターアンダギーを一口食べ、
「しかし材料が違えば、日持ちが異なるのは言うまでもなかろう」
「たしかに、姫が作ったものだってどれくらい日にちが持つかもわからないしね」
ノワールは、ユタからちいさく割ってもらったものを咀嚼する。
「できればみんなで作ってその日のうちに食べてほしいけど」
もともとサーターアンダギーは160℃の低温油でじっくり中まで焼き揚げていることで菌は殺菌され、砂糖をおおく使用することで水の分子が固まっている『結合水』となり、菌が繁殖されにくいようになっている。
そのため、他の菓子に比べて消費期限が長ぐ、沖縄では一度で大量に作られることが多い。
余談だが同じく大量の砂糖を使うジャムの消費期限が長いのも、同じ理由であった。
「いっそのこと、サーターアンダギーの製造販売をうちでやればいいのでは?」
アンナが皿に手を伸ばす。すでに六個目だった。
「――止めたほうがいいのでしょうか?」
美味しそうに食べるのでまんざらでもないユタなのだが、さすがに自重してほしいと思っていた。
そしていつも
「気に入ったということだろう。アンナは父親に似て甘党だからな」
アンナの目の前におかれた小皿には三個ほどサーターアンダギーが盛られており、
「ユタ、これを作るのは月に一度にせぬか?」
さすがに食い過ぎだとツッコもうとしたが、ククルは頭を抱えるだけ。
「あふぁ? あふぁた、食ふぇないふぉふぁくなりふぁふよ?」
そんなククルの心配など知る由もなく、アンナはサーターアンダギーを頬張りながら口にする。
「――母上、さすがに行儀が悪いですよ」
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