概念プリンタ

結騎 了

#365日ショートショート 359

「その一、誰が何を必要としているか調べる。そのニ、それを各家庭に迅速に運搬する。いいかい、大規模災害の後に必要なのは、つまりこれだ」

 白衣をまとった科学者はそう説明した。インターンの学生は懸命にメモを取っているが、あまり捗っていない。話がなかなか本題に入らないからである。

「すみません、聞いてもいいでしょうか。その災害支援のコツは分かりました。僕が知りたいのは、実際にそれをどうやって実行するのか、ということです」

 勇気を振り絞り、学生は質問をした。このドームには極めて優秀な科学者がおり、彼の発明によって様々な諸問題が解決されているのだという。インターンシップの機会を活かし、面倒な手続きをしてまでこのドームにやってきたのだ。ちゃんと聞いて、ちゃんと学ばなくては。

 ドームの最西端に位置するこの研究施設、その窓の外からは、沈む夕陽が見えた。どうやら、今日は砂塵が少ない。あらゆる草木を覆い尽くし、環境を破壊し、人々をドームへと追いやったあの砂塵が。

「もちろん、私の発明がそれを可能にするのだ」。科学者はまず人差し指を立て、次に、マウスを操作してある画面を映した。

「これは……」。ディスプレイの向こうでは、ごぅん、ごぅん、と低い音が響いている。相当に大きな機械の駆動音だ。監視カメラの映像だろうが、しかしこれは何の機械なのだろう。見たこともない作りだ。

「これはね、概念プリンタだよ。あらゆる素材に対応した巨大な3Dプリンタさ」

「えっ」。思わず声が出る。概念プリンタ、と言ったか。聞き慣れない単語の並びだ。

 科学者は得意げに話し続けた。

「例えば、そうだな……。この研究施設の外では、四本足の小さな機械がうろうろしていただろう。車より小さいので、高齢者の手荷物の補助や、簡単な配達をやっている。あれはね、このプリンタで作ったものなのだ」

 学生は息を飲んだ。このドームに初めて来た時に見た、あの動物のような動きをする機械。あれもこの人の発明だったのか。

「あれは、馬や犬を材料に使っているのだ。この機械の……」。ボールペンでディスプレイの一箇所をこつりと叩く。そこには大きなガラス張りの円柱があった。「ここに生き物を入れると、ビッグデータを頼りに、プリンタがその生き物の概念を読み込む。概念とは俗に、一言では表せないものに対する大まかな認識のことだ」

 一呼吸置いて。

「君は、馬や犬にどんなイメージを持っているかね」

「そうですね……。人に調教された歴史が長く、従順です。四本足で移動速度が速く、小回りも効くので、何かを運んだりといった補助活動に優れていると考えます」

「よろしい」。科学者はにんまりと微笑んだ。「そういうことさ。この概念プリンタは、大衆のそういったイメージを大量に読み込み、蓄積し、実際のマシンとして出力する。あの四本足の機械はそうやって出来たのだよ。人々の、馬や犬に対する概念。それがマシン化したと思ってくれていい」

 学生は唖然とした。どういう理屈なのだろう。さっぱり見当もつかない。しかし、紛れもなく存在する技術なのだ。

「重要なのは、プリンタの使い方だ。さっきの例でいくと、材料とする馬が本当に人馴れしているかはどうでもいい。足の遅い犬でもいい。大切なのは、人々がそれらの生き物にどのようなイメージを抱いているかだ。残念ながら材料に使った生き物はそこで死んでしまうが、科学の発展のためだ。尊い犠牲と思ってもらいたい」

 どん、どん。急に聞き慣れない音がした。学生が振り向くと、研究室の端に檻のようなケースが見えた。なるほど、何か生き物を捉えているのか。実験動物というわけだ。

「それでは、その。最初の質問に戻るのですが……」

「そうだったな。災害時の支援策だ。どんな生き物をプリンタに入れればいいか、随分と検討を重ねたよ。そして遂に目星をつけた。捕獲も完了した。各国にドームができる前、フィンランドと呼ばれた土地で絶滅しかかっていた個体を発見してね。ほら、あそこで檻を叩いているやつさ」

 どん、どん。学生は目を凝らした。その生き物は、内側から何度も腕を叩きつけている。……ええっ、あれはまさか。

「ま、待ってください。さすがにあれはまずいのではないでしょうか、その……」

「どうしてだい。説明したはずだよ。人々がその生き物へ抱く概念がマシンとして出力されると。災害時の支援物資の運搬は最重要課題だ」

「それは分かります。しかしあれは」

「つべこべ言うな。じゃあ考えてみろ、サンタクロース以上に適任の生き物がいるのか」

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