後編

 大晦日の夜、俺は友達と一緒にある場所にいた。その場所とはスノーさんとクリスマスイブに待ち合わせをしたあの駅前であり、年越しのカウントダウンをした後に少し歩いたところにある大きな神社で初詣をする予定なのだ。

あのクリスマスイブから一週間が経った事で寒さも更に厳しくなっており、こういう理由がなければ出たくないと思うくらいには寒さが辛かった。


「さっむ……なんか例年より寒く感じないか?」

「例年よりかはわからないけど確かに寒いな」

「あーあ……せっかくの年越しなのに、こんな男ばかりなんてなぁ」

「だな。彼女が出来たからには年越しも一緒にしたかったけど、相手の親の目がやっぱりまだ厳しいし、こんなに寒い夜に連れ出すのは無理だよなぁ」

「がっかりだよな……」


 彼女持ちの友達が残念そうに話す中、俺は周囲を軽く見回す。同じように新年になってすぐに初詣をしようと考えている人が多いのか俺達と同じように友達同士や恋人同士で来ている人がちらほらと見え、その事に苦笑いしていると、友達の内の一人が俺を見る。


あきらも残念だったな。例のクリスマスイブにデートしてくれた子、交通事故に遭ってからアカウントも消えたんだろ?」

「うん……本当にその子かはわからないけど、ニュースで言ってた服装は間違いないし、わざわざアカウントを消す理由も思いつかないからもしかしたら本当に……」

「一命を取り留めてれば良いけど、どこに運ばれたかもわからないし、最悪の場合を想像するとやっぱりな……」

「だよな……」


 友達も揃って表情を曇らせる。クリスマスイブに一日だけの恋人になってくれる人をSNS上で募集した俺に反応をくれた白いコートのフードで顔を隠した謎の女の子であるスノーさんは俺が会った時にはもう交通事故に遭っていた。

交通事故に遭ったばかりの人が約束を守るためにそのまま来る事なんてまずないし、交通事故に遭った人が病院に運ばれたのは間違いない事で服装が一致していた事も間違いない。

だから、俺は待ち合わせ場所で会って、一緒に色々なところを巡ったり駅前でイルミネーションを見たのはスノーさんの生き霊で、本体は俺と別れた後に静かに息を引き取ったのだと考えている。

直接確認したわけでもないのに死んだと考えるのは失礼だけど、あれからまったく連絡がない事やスノーさんらしき人が交通事故に遭った時は重傷だったらしいというのは聞いていた事、そして帰る際に少し時間を空けたとはいえ、駅の構内で一切姿を見かけなかった事から俺はそう仮定した。

本音を言えば、生きているスノーさんにはまた会いたいし、今度は一日だけの恋人ではなく本当の恋人になれたらと考えてはいるけれど、本当に亡くなっていてもう会えないのならば最期に楽しい気持ちで送ってあげられた事になるのでそれはそれで良いと考えていた。


「……まあ、異性からまったく人気もない俺が女の子と一日だけでも恋人になれたのはまたとない幸運だったし、良い思い出として考えてこれから過ごせば良いんだよ」

「晶……」

「……ったく、しょうがないな」

「神社に着いたら甘酒一杯くらいなら奢ってやるよ。お前にしては頑張ってきたのも知ってるし、そうやって元気そうにしてても落ち込んでるのはわかってるからな」

「……うん、ありがとう」

「どういたしまして。さてと、それじゃあそろそろ──」


 友達の一人は突然言葉を切ると、小さな滝のオブジェクトがある方を見ながらボーッとし始め、それに疑問を抱きながら俺達もそちらに視線を向けた瞬間、その理由がはっきりとわかった。


「え……な、なんだあの綺麗な子……」

「あんな子、この辺で見た事ないぞ……」


 そこにいたのは空から降る雪のように綺麗な白い肌をした薄い金色の長髪の女の子であり、純白のコートに少し長めの茶色のスカートという格好で宝石のように綺麗な赤い目で何かを待ち望むように雪が降る空を見上げるその姿に周囲の人達も視線を奪われていて、ナンパ目的なのか声をかけようとしている一団もいたけれど、その綺麗さに中々声をかけられずにいるようだった。


「……あの子、なんか待ってる感じがするよな」

「彼氏か誰か待ってるんじゃないか? あんなに綺麗な子だったら彼氏くらいいてもおかしくないし……」

「だ、だよな……って、晶? なんだかすごく驚いてるけど、どうしたんだ?」

「……いや、気のせいだと思うけど、あの子からスノーさんと同じ雰囲気を感じたんだよ」

「スノーさんってクリスマスイブに一日だけの恋人になってくれた子か」

「ああ。でも、流石に気のせいだよ。あははっ……会いたいからって勘違いするなんてほんと良くないよな」


 少しだけ持った希望を彼方へと追いやるようにしながら言ったが、友達は揃って小さく溜め息をつくと、一人は俺を後ろから羽交い締めし始め、残りの二人はその子へと近づいていった。


「なっ……お、おい……!?」

「気になるなら確かめたら良いんだよ。ほら、おとなしくしてろ」

「た、確かめたらって……!」


 一人が俺を羽交い締めしている間に二人はその子に声をかけており、その子は少し困ったような顔をしていたが、俺の事を見た瞬間に一瞬驚いた後にとても嬉しそうな顔で二人と一緒に近づいてきた。

そして、周囲からの視線を集めながら俺の目の前で足を止めると、その子は満面の笑みを浮かべながら口を開いた。


「……また会えましたね、クリスさん」

「またって事は、やっぱり……」

「はい。スノー改め春原すのはら白雪しらゆきです。また会えて本当に嬉しいです」

「お、俺もです……あ、俺は水上みなかみあきらといいます。クリスマスイブに一緒に出掛けたのに、ここで初めて自己紹介なんてなんだか不思議な感じですね」

「そうですね。そういえば、こちらの方々は……」

「ああ、俺の友達ですよ。一緒に年越しのカウントダウンをした後に神社で初詣をする予定で」


 春原さんに話をしていた時、羽交い締めしていた友達は俺から離れると、肩に手をポンと置いた。


「晶、話すのも良いけど、まずは移動しようぜ?」

「俺もそれが良いと思う。このままだと変に注目されるだけだし、変な輩に絡まれるのも良くないからな」

「……そうだな。それじゃあスノーさん、ちょっと一緒に来てもらって良いですか?」

「わかりました。あの……よかったら、手を繋いでもらっても良いですか?」

「手……はい、もちろん」


 春原さんの言葉に答えながら手を繋いだ後、俺達は友達に壁になってもらう形で歩きだし、橋を渡って少し駅から離れた頃、春原さんが安心したような顔をしたのを見て俺は微笑みながら話しかけた。


「やっぱり、あんな風に注目されるのは嫌ですよね?」

「……はい。こんな姿なので昔から変に注目されてばかりだったのもありますけど、ちょっと事情があってあの日もフードをずっと被っていたんです」

「そうだったんですね……」

「ただ、あの日は事故に遭って眠っていたので、水上さんに会ったと言っても夢の中ででしたし……」

「夢の中……俺からすれば、ちゃんと現実で会ってましたよ。だから、俺があの日に会ったのは、春原さんの生き霊だったんだと思います」

「生き霊……そうですね、会えるのが本当に楽しみでしたし、それが飛んでいってもおかしくないかも」


 春原さんが嬉しそうに微笑む中、話を聞いていた友達の一人は春原さんの姿をチラリと見てから少しだけ話しづらそうな様子で口を開いた。


「えっと……春原さん、だっけ? 間違ってたら悪いんだけど、春原さんってもしかしてアルビノだったりする?」

「……はい。アルビノは生まれつき肌が白かったり髪もこんな色だったりしますし、日光を浴びるのもあまり良くないので日中は日傘やフード付きの服が欠かせませんし、学校も定時制にしています」

「だから、屋内に行くのもあまり良い顔をしなかったんですね。屋内だとフードを取っても取らなくても注目されますし」

「そうなんです……」

「まあ、そういう理由なら仕方ないな。それにしても、春原さんが生きてて良かったな、晶」

「生きててって……?」

「え……あー、えっと……交通事故のニュースは知ってたんですけど、その後の事はまったくわからなかったし、SNSのアカウントが消えてたりなんだか別れ際も儚い感じだったりしたので、もしかしたら事故の後に亡くなってたんじゃないかと思って……」


 申し訳なさを感じながら話していると、春原さんは一瞬キョトンとした後におかしそうにクスクスと笑った。


「たしかに生まれつき体も弱くて入院しがちでしたし、お医者さんからは運ばれてくるのがもう少し遅かったら本当に死んでいたかもしれないと言われてましたからそうなってもおかしくなかったです。

でも、水上さんに直接会うんだという気持ちだけはちゃんと持っていたので、そう簡単には死にませんよ。SNSのアカウントも心機一転するために一度消していただけですしね」

「……よかった」

「それに、今日来てみたのもなんとなく会える気がしたからでしたし。今度こそちゃんと会えて本当に嬉しいです」

「俺も嬉しいですよ。春原さんとは……その、えっと……」


 ちゃんと恋人になりたい。その言葉を言うだけなのにやはり緊張してしまい、口からは中々出てこなかった。そんな俺の様子を見て友達は呆れたように溜め息をついていたが、春原さんは握った手の力を少しだけ強くすると、俺を見上げながら口を開いた。


「水上さん、たぶん気持ちは同じだと思うので、いっせーのせで言いませんか?」

「春原さん……」

「私もこの気持ちを自分から言うのは少し緊張するので水上さんの力をお借りしたいんです」

「……わかりました。それじゃあ……」


 その後にいっせーのせと揃って言ってから俺達は同時に気持ちを口にした。


「「ちゃんとした恋人になってください」」


 一言一句同じ言葉を聞いて俺達は驚きながら顔を見合わせたが、すぐに揃って笑いだし、俺達の姿を見ていた友達の一人は不意に携帯電話の画面を見ると、おっと声を上げた。


「年、明けたぞ」

「え、もうか?」

「ああ、ついさっきな。それにしても年越し告白なんて中々見られないし、良いもん見られたな」

「そうだな。晶、春原さんを悲しませるなよ?」

「しないよ。春原さんの事は生涯大事にするって決めたし、こんな出会い、もう二度とないからさ」


 春原さんを見ながら言うと、春原さんは嬉しそうに微笑み、俺も春原さんを見ながら微笑んだ。一般的にSNSを介した出会いはあまり良いものとは言えない。だけど、少しだけ出した勇気がもたらしたこの出会いは確実に良いものだし、この雪のような恋人はいつまでも大切にしてみせる。

新たな年を迎えて俺は心の中で強く誓った。

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雪の恋人 九戸政景 @2012712

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