雪の恋人

九戸政景

前編

 クリスマスイブの朝、俺は人通りの多い駅前に立っていた。雪が降る中ではあったけど、それでも厚着をした人達ばかりがおり、小さな滝のようになっているオブジェクトがある広場にはカップルの姿も多く見られた。


「まあ、クリスマスだしな。でも、俺だって今年はぼっちのクリスマスにはならない……はずだ」


 コートのポケットから取り出した携帯電話の画面を見ながら独り言ちる。携帯電話にはあるSNSが開かれていて、画面に映し出されているSNS内でのメールのやり取りを見て俺は微笑んだ。


「一体どんな人なのかな、“スノーさん”」


 スノーさんというのは、俺が先週SNSで知り合った人だ。出会ったきっかけというのが俺がSNS内でした書き込みで、その書き込みというのがクリスマスだけの恋人になってくれる人を募集している物だった。

これまで恋人がおらず、友達ばかり恋人が出来ていって出かける機会すら減ってきた事でクリスマスも一人きりで家で過ごす寂しい物へと変わっていた。そのため、恋人と過ごすクリスマスという物への憧れがとても強くなり、そんな書き込みをするまでに至っていた。

正直自分でもバカな事をしていると思っていたし、まったく反応がなかった事から世間的にも哀れな奴だと思われていたのは間違いない。だけど、そんな中でもスノーさんは反応してくれた上に自分でよかったらと言ってくれ、こうして待ち合わせをしているのだ。

少しSNS内でやり取りをした程度だけど、スノーさんは一歳下の女子高校生で話好き、読書が趣味でアニメや漫画にも詳しいという事はわかっているけど、これまで恋人がいた事がなければ友達も中々作れずにいたようだ。

話す時にはとても明るくて人懐っこい人のイメージだったから友達も多いのだろうと考えていたけど、何か事情があって友達も作れずにいるのだという。今回反応をくれたのもそれが理由で、興味を持ったもののネット上で出会った人と直接会うのは少し怖いけれど、それでも話していく内に一日だけの恋人として会ってみたいと思ってくれたらしく、こうして待ち合わせをしているのだった。

そうして待つ事数分、こっちに近づいてくる足音が聞こえてそちらに顔を向けると、そこには白いコートに少し長めの茶色のスカートといった服装の女の子がいた。

白いコートのフードで顔を隠したその子は降っている雪と同化しているように見え、他の人はその子には全然気づいていないようだったけど、俺にはハッキリと見えていて、少し俺よりも低い背丈やその神秘的な雰囲気から冬の妖精か何かでも現れたんじゃないかと思う程で、俺がポーッとしていると、その子は俺の目の前で足を止めた。


「あ、あの……“クリスさん”ですか?」

「そ、そうですけどって……もしかしてスノーさんですか?」

「はい……ちょっと事情があって顔を隠してますけど、本日クリスさんの一日恋人を務めます。よろしく、お願いします……」

「こ、こちらこそ……」


 緊張しているのかSNS上での明るい感じは鳴りを潜めており、コートのフードで顔を隠しているのもあってイメージしていたスノーさんとは違っていた。

けれど、鈴を転がしたようなその声はボソボソと話していてもわかる程であり、顔を隠しているのもフードの中にはどのような顔があるのだろうという想像をかきたて、俺は更にドキドキしていた。

そして俺がスノーさんを見つめていると、スノーさんは周囲を軽く見回し、楽しそうにしているカップルを見ながらボソッと呟いた。


「やっぱり今日はカップルが多いなぁ……」

「まだ日中ですけど、クリスマスイブですから。あの……今日は来てくれて本当にありがとうございます。やっぱり不安じゃなかったですか?」

「……不安はありました。ネット上で話している限りではすごく優しくていい人だなとは思いましたけど、実際に会って話すまでは安心するのはよくないとは考えてましたし……」

「ですよね……同じ高校生で一歳差とはいえ、顔も本名も知らない男に会うとなれば不安になっても仕方ないです。表面上は良いように見せて、実際に会って誰もいないところへ連れ込んで……なんてのももしかしたらあり得ますし」

「けど、実際に会ってみて安心しました。イメージしていたように優しそうな人ですし、会ってすぐに馴れ馴れしくしてくるような感じでもないので、今日一日は楽しく過ごせそうです。クリスさん、改めてよろしくお願いします」

「……こちらこそ」


 俺達はお互いに頭を下げ合う。今日こうして会う事を友達に話したら、驚かれると同時にこれをチャンスだと考えた方が良いと少しニヤニヤしながら言われた。

直接言葉にはしていなかったけれど、カップルが多い光景や少し甘い感じの雰囲気を利用して一日だけの恋人以上になり、あわよくばを狙ってしまえと考えていたのだけはなんとなくわかっていた。

少し童顔で背丈も平均的、髪型も少し短い黒髪、と特に目立つような感じではない俺は友達から人畜無害そうで異性から特に好かれる感じではないと言われていたし、実際に告白をされた事も異性からも何かボディタッチをされた事もない。だけど、“そういう事”には興味があるといったごく一般的な男子高校生であるため、こうして来てくれたスノーさんと男女の関係まで進めたらと思わない事もなかった。

だけど、スノーさんは不安を感じながらもこうして実際に来てくれ、俺を一目見たり挨拶を交わしたりした程度でも安心してくれたのだ。だったら、俺がやるべき事は一つだ。そういう邪な考えは一切無くして、スノーさんが心から楽しいと思えるようなクリスマスイブにする事だ。

それに、スノーさんのように良い人が実際に恋人を作る時には、俺よりも相応しい人が確実にいるのだから、変な期待はせずにそのための練習台として振る舞うのが一番なのだ。

心の中でそう考えて軽く頷いた後、恋人ならどうするかと事前に考えていた通りに動く事にし、まずはスノーさんに右手を差し出した。


「そ、それじゃあ行きましょうか」

「……はい」


 小さな声だったけどスノーさんの声からは嫌がっている様子は感じられず、俺達は少し軽めに手を繋いだ。この寒さで冷えてしまったのかスノーさんの手は少し冷たく、まずはどこか暖かいところへ行こうと考えていたその時だった。


「あの……」

「はい、何ですか?」


 スノーさんからの声に答えると、スノーさんはフードで顔を隠したままで軽く俺を見上げた。


「申し訳ないんですが、今日はどこか屋内に入るとかはなしで、外を色々歩くだけでも良いですか?」

「別に良いですけど……寒くはないんですか?」

「寒いですけど大丈夫です。こうして手を繋いでもらっているだけでも温かいですし、それにこうしてフードで顔を隠しているのも屋内に入ってフードを取りたくないからで……」

「ああ、なるほど。そういう事なら大丈夫ですよ。フードの下を見てみたい気持ちはありますけど、理由があるなら無理に見るのは良くないですから」

「本当にすみません……」

「いえいえ。そうなるとどこに行こうかな……」


 正直、俺は予定が狂ってしまっていた。本当ならまずはファミレスかどこかに行って温まりながら軽く自己紹介をし、その後に近くにある店を巡ってスノーさんとのショッピングや食事を楽しみ、最後は待ち合わせ場所にもしているここのイルミネーションを見て終わる事にしていたからだ。

友達に相談をしながら決めたいかにもなプランではあったが、それで大丈夫だろうと考えていたのでどうしたものかと考えていたその時、俺はある事を思いついた。だけど、これはあくまでも恋人同士が、それもクリスマスに行くような場所ばかりでもないため、言うのを少し躊躇ったが、それでもこのままここにいるわけにはいかなかったので俺は意を決して言う事にした。


「あの、スノーさん……」

「はい?」

「行き先なんですけど……実は二つプランを考えていたんです。それで一つが暖房で暖かい店を巡りながらショッピングや食事を楽しんで、最後にここのイルミネーションを見て終わりにする物。もう一つがちょっと俺の趣味に付き合ってもらう形になるんですけどこの町の名所を巡るものなんです」

「名所を……」

「はい。名所といっても、地元では結構有名な神社とか城跡公園を巡るもので、食事とかもコンビニや商店街にある店での食べ歩きみたいになるのであまり異性とクリスマスにするようなものではないですけど……」

「……大丈夫ですよ。実は私、あまり外に出て遊ぶっていう事をしてこなかったので、そういう事を出来るなら本当に嬉しいです」

「それももしかしてフードで顔を隠しているのと関係があるんですか?」

「実はそうなんです。なので、そっちのプランで大丈夫ですよ。そもそも異性とのデートどころかお出かけ自体まったくした事がないので、一般的なデートプランみたいな物よりはそっちの方が楽しめる気がしますから」

「……わかりました。それじゃあそろそろ行きましょうか」

「はい」


 さっきよりも手を強く握りながらスノーさんが答える。そのせいかスノーさんの手の冷たさが更に伝わり、その冷たさに俺の体は一瞬ブルリと震えたが、なんとなく離してはいけないと感じて俺も少し力をこめながら握り返し、俺の案内で駅前から歩き始めた。

自分でも言ったように神社や城などがあったところを巡るのは俺の趣味の一つで、休日に暇さえあったら同じところであっても何度も行くため、友達からは少し呆れられていて、異性とのデートでは絶対に選ぶなよと釘を刺されていた。

だから少し不安を感じていたけど、訪れた神社の参道には今は雪で隠れているけれど干支が隠れている事や城跡公園の資料になる物を市が懸賞金まで掛けて探している事などを交えて話しながら巡ってみると、スノーさんはとても楽しそうにしながら聞いてくれ、商店街にある精肉店で買った物を美味しそうに食べるその姿を見ながら俺はますますスノーさんに惹かれていった。

けれど、そんな楽しい時間もあっという間に過ぎていき、夕暮れになって気温も更に低くなった事で駅前に戻っていくと、途中にある橋もこの時期ならではのイルミネーションで彩られ、駅前もきらびやかなイルミネーションが俺達の目を楽しませてくれた。


「わぁ……すごく綺麗ですね……!」

「そうですね。こうして異性と一緒にクリスマスイブにイルミネーションを見られる日が来るなんて思ってなかったのですごく嬉しいです」

「私もです」


 スノーさんは答えた後、フード越しでもわかる程に哀しそうな様子を見せた。


「こんなに楽しい時間、終わらなければ良いのに……」

「スノーさん……」

「本当はもっと一緒にいて、寒い中でも手を繋いで、少し早めに大人の階段を──」

「えっ……」

「……クリスさんも実は少し考えていたんじゃないですか? 今日だけとはいえ、私達は恋人ですし、お互いにそういう事に興味はある年頃ですから」

「……実は少しだけ。でも、そういうのは無しだと決めてますから。今日初めて会ったばかりの俺を見て安心すると言ってくれたり何の警戒もせずに手を繋いでくれたりしたのにクリスマスだから許されるだろうなんて考えでそういう関係にまでなるのはスノーさんにもスノーさんのご両親にも悪いです」

「……やっぱり今日会うのが貴方でよかった。今日一日一緒に過ごしてみて、もし求められてもクリスさんなら良いかなと思えはしましたけど、それでもいざ本当にそういう場面になったらと考えたらちょっと怖くなってたので」

「……大丈夫ですよ。スノーさんは俺の恋人ですし、嫌がるような事を無理矢理する気もないですから」


 まだ繋いでいた手を少しだけ強く握ると、スノーさんも強く握り返してきた。その力の強さから俺に対してのスノーさんの信頼を感じられて俺は嬉しくなった。

そして他のカップルと一緒にしばらくイルミネーションを眺めた後、スノーさんが携帯電話で時間を確認し始めたのを見て俺は繋いでいた手を離した。


「それじゃあそろそろお別れですね。でも、家がこの近くならこのまま送りますよ?」

「いえ、電車に乗らないといけないので大丈夫です。クリスさん、今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそありがとうございます。夜ですし、寒いので気をつけて帰ってくださいね?」

「はい。クリスさん、いつになるかはわかりませんが、またここで会いましょうね」

「はい、もちろんです」


 その言葉を最後にスノーさんは駅の中へと消えていき、少し経ってから俺も家に帰るために電車に乗り、どこにも寄らずに家に帰った。

けれど、帰宅した俺を出迎えたのは本当に信じられないニュースだった。


「え……こ、交通事故……?」


 帰ってすぐにつけたテレビでは交通事故のニュースが流れていて、生死不明である被害者の名前はまだわからなかったけれど、服装はスノーさんの物とまったく同じでさっきまで会っていたはずの俺にとっては何がなんだかわからなかった。

だけど、少し経って落ち着いた事で、俺は一つの結論を出せた。


「……あれはスノーさんの生き霊みたいな物だったのかな」


 今になって思えば、手が冷たく感じたのもフードで顔を隠していたのも生き霊である事や事故の痕を隠すためだと考えたら納得がいくのだ。もっとも、俺は生き霊の女の子に惹かれ、一日デートをした事にはなるのだけど。


「……それくらい来たいと思ってくれていたのなら、楽しんでもらえて本当に良かったのかもな」


 自室に戻って今日一日の事を思い出しながら俺は独り言ち、窓の向こうで降る白い雪を見ていた時、また会おうと言っていたスノーさんの言葉の意味がなんとなくわかった気がした。


「……メリークリスマス。また会いましょうね、スノーさん」


 静かに降る雪に向けて俺は微笑みながら声をかけた。

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