私と付き合って

壊滅的な扇子

第一話

 私たちの関係を一言で言い表すのなら双子の姉妹、だろうか。もっとも血は繋がっていないし、顔も全然似ていない。明日香は背が高い綺麗系だけど、私は普通くらいの身長でどちらかと言えば可愛い系だ。自分でいうのもあれだけど。


 でも何をするのも一緒で、どこに行くのにも手を繋いでいくようなそんな間柄。家が近いから顔をみたいと思えばすぐに会えるし、あのサラサラなロングヘアーをなでたいと思えばいつだって撫でられる。


 まぁ、そういう関係だからこそ、届かない思いだってあるわけで。


「そんな深刻そうな顔してどうしたの?」


 不意に明日香が私の顔を覗き込んでくる。この距離感はいつものことだ。


「私たちはこれからどこに向かうんだろうって」


「そりゃ家でしょ」


 夕暮れの通学路で明日香は当然のことを胸を張って告げた。


「いやそうじゃなくて、これから先、どんな人生を送ることになるのかなって」


「それは当然、まひろと同じ大学に進んで、同じ部屋に住む」


 そんなに私と一緒にいたいって思ってくれてるんだ。普通にうれしい。いや。訂正。飛び跳ねて喜んでしまいそうなくらい嬉しい。でも顔に出したらからかわれるかもしれないから、私は平常心を保つ。


「ふーん」


「なにその何とも言えない反応は。もしかして私とは全然別の未来考えてたの?」


「いや。そうじゃないけど。まぁ、だいたい、同じ」


 私は明日香が好きだ。サラサラの髪の毛が好きだ。長いまつげが好きだ。頓珍漢なことをたまにいうのが好きだ。少しざらついた声が好きだ。私のことを大切に思ってくれてるのが好きだ。


 色々な好きを心の中に持っているのに、それを伝えられない自分が嫌いだ。


 私は、未来のことを考えるのが怖い。


 例えば十年も経てばきっと私たちの関係も今とは変わってしまっているだろうから。


 私はきっと好きを伝えられないままだろうから。


「私たちってどんな大人になるのかな。楽しみだね!」


「そうだね」


「あ、そうだ。まだまひろには言ってなかったかな。私、告白されたの」


 がくん、と一瞬、視界が揺らぐ。あー、と私は意味のない声を漏らした。


「それが結構なイケメンでさ。聞くところによると性格もいいらしいんだよね。まぁその人のことまだ良く知らないから、保留ってことにしてもらったんだけど」


 もしも、明日香がそのイケメンと付き合ってしまったら。そして私よりもそいつを好きになってしまったら。もう二度と取り返せなくなったら。


 明日香と積み重ねてきた、これまでの日常ががらがらと音を立てて崩れていくような気がした。でも、それでも私には本心を告げる勇気はわかなくて。


「ねぇ、どうしたらいいと思う?」


 残酷な問いかけをしてくる明日香に、私は突き放すような声を投げた。


「明日香がしたいようにすればいいと思うよ」


「……本当にいいの?」


 明日香は眉をひそめて私をみつめた。


「もしも付き合ったら、私、将来、まひろと一緒にいられなくなっちゃうかもしれないんだよ?」


 本当に、私の親友は、私思いだ。


 でも私だって明日香の親友なのだ。自分の気持ちを優先して、明日香から本当の幸せを奪い取りたくはない。きっと私はこのままだと、厄病神になる。この厄介な気持ちがあるから、明日香に幸せが近づいてくるたび、遠ざけようとしてしまうに違いないのだ。


 大学生になっても、社会人になっても。


「付き合いなよ。私と一緒にいるよりも絶対幸せになれるって。だって、人間ってそういう風にできてるんだからさ」


「私は、人間じゃないってこと?」


「えっ?」


 明日香は目に涙を浮かべていた。声も不安定に揺れている。


「私は、まひろがもっと私のこと大切に思ってくれてるんだと考えてた。ずっと一緒にいたいって思ってるのは私だけじゃないんだって。なのに、なのに、どうして」


 明日香の白い肌を一筋。落ちてゆく。透明な涙が。


「私に、まひろ以外の人と幸せになれっていうの?」


「ううん。言わない。もう言わないよ」


 私は明日香を抱きしめて、耳元で囁いた。


「私と付き合って」

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私と付き合って 壊滅的な扇子 @kaibutsu

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