限界サラリーマン参田さん。サンタさんをひく。

くもりぞら

短編




12月24日


凍えるような冷たい風が肌を撫で、明かりを消した空は白くなった息を際立たせる。ただ、今夜だけはそれを理解していたとしても外へ向かうものは決して少なくないだろう。


聖夜の前日──クリスマス・イヴだから。


恋人たちは赤レンガの前で待ち合わせ、デートの始まりを嬉々として待つ。ホテルの中では女性たちが赤、白、茶色などの衣装に身を包み、笑顔を浮かべながらシャッター音を鳴らす。男性たちは居酒屋でちょっと良い酒を頼み、忘年会も兼ねた飲み会を楽しんでいる。そして幼子は速やかに床に就き、渡されるプレゼントを──サンタクロースを待っている。







「やっと……帰れる」


深夜の道路で車を走らせるのは街のライトアップとは対極に目の下を黒くした男。名を参田さんだくろといい、年齢25歳独身、3徹で会社に勤務した帰りである。俗にブラックと呼ばれる企業に入社した彼は独身ということもあり、さらに同僚に仕事を押し付けられている。


「早く……家で……寝よう」


ワックスで固めたはずのセンター分けは毛先がはね、スーツもシワが着いてクタクタとしてしまっている。見た通り、心身ともに限界な彼は信号待ちでネクタイを緩め、周囲に目を向ける。外では3徹の目には眩しすぎるほどに木々がライトでおめかしされている。


「……何でこんなに派手になってるんだ?」


最初こそ疑問を覚えたが回答は外で奏でられる音色が教えてくれた。聖夜の象徴である鈴の音が深夜に心地よく響いていた。


「あぁ、クリスマスか……忘れてた」


鈴の音には心身を癒す効果がある。今の彼にはこの音が心地良いのだろう、少し頬緩ませ、車を発進させていた。

しかし、人間というのは心の余裕が生まれると余計なことを考えるようになる。


「この鈴の音……一体どこから?」


音楽をかけているわけではないがそれでも車内、外の音は聞こえにくくなっているはずなのに、しっかりと耳に届く音色。周りを見渡しても音楽を鳴らしていそうな人も機材もない……というか今は深夜11時59分もうすぐイヴも終わりを告げる時間、見えるお店は殆ど営業を終えている。


「………?」


働き詰めから来る幻聴という可能性が頭を過ぎったが、思考の片隅にもなかったクリスマス。さらにその鈴の音ともなると幻聴では無さそうだ。


「なら……この鈴の音はなんだ!?」


唐突に現れた疑問への回答をするように、俺はタコメーターの速度を上げた。しかし、鈴の音は鳴り止まない。どころか、音は大きく、間隔は速くなってまるで俺を追いかけてきているようだ。どんどんアクセルに加える力と俺の心拍は増加し、それに比例するように音と間隔も上昇した。


「あと少しで家だ。この直線さえ超え──」


家までもう少し、そう油断した時だった。

低く鈍い音がなり、車がブレーキを踏まずに停止した。さっきまでの恐怖ですでに青くなっていた顔はさらに血の気が引いているのを感じる。


「あ、ははは……」


前方に転がる赤く染った服の男性を見て、俺はこぼれるように笑った。

そして鈴の音はもう消えていた。


「終わった……俺の人生」


(もういいか……このまま普通に生きててもどうせずっとこんな感じだ。なら警察に捕まって犯罪者になった方がまだマシかもしれない)


ドロドロとした重い何かが俺の肩を沼の中へ連れていく。




「どこ見て運転してんだ!! すっとこどっこい!!」




突然飛来した怒号に呑まれかけた意識が引っ張られる。同時に生存者がいた事に対する安堵も感じた。

しかし、1人をひいてしまった罪は消えない。俺の無気力な顔は声の聞こえる方をゆっくりと向いた。


「えっ?」


──目を擦り、見る。


「えっ?」


──目を擦り、もう一度見る。


「えっ?」


──目を擦り、もうもう一度見……


「何回繰り返すんだよ!! いい加減にしろよ!!」


(分かった。俺、まだ会社だ。

会社で多分寝落ちしてるんだ。そういう事かー……変だと思ったんだよ)


さっきまでの無気力はどこに行ったのか、自らの頬を俺はつねる。


「……痛い」


「夢じゃないぞ」


頬にはしっかり痛覚があったし、右を見ても悪夢は終わっていない。


(えっ……じゃあ、これって現じ──)


そう認識した瞬間、俺は絶叫、絶叫、阿鼻叫喚を抑えずにはいられなかった。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

鹿が喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「トナカイじゃ!! ボケナスぅうううう!!!!!」







『外の温度2度 中の温度6度 設定温度18度で運転を開始します』


「18度ぉー、暑すぎるわ。10度とかで頼める?」


「あっ、すみません。10度ですね?」


「人様の家で文句を言うじゃありません。

申し訳ない、18度で付けてくれて問題ないです」


「あ、はは………………あのー、お飲み物とかは?」


「兄ちゃん気ぃ利くやん、氷水ロックで」


(──冷た!? というかそれただのキンキンに冷えた水じゃ……)


「カイ」


「だ、大丈夫ですよ。おふ…たりとも同じものでいいですか?」


「えぇ……申し訳ありません」


そうして俺はリビングから脱出し、キッチンへ避難した。

家というのは基本的に他人に侵入されない落ち着くための空間、一人暮らしともなるとさらにその効果は強まるだろう。


(だけどなんだろう……全然落ち着かない!? というか落ち着けるわけがない!!

喋るトナカイ2頭が家のリビングにいて、エアコンの設定温度にケチつけてくるなんて落ち着けるわけがない!!!)


俺はキッチンに手を付き、空に向かって、口を大きく開けた口パクをした。

そもそも何故トナカイ2頭を家の中に上げることになったか、そこに深い理由はなく……ただ押し切られたのだ。


『トナカイじゃ!!!! ボケナスぅうう!!!!!』


『ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!』


『悪いと思うなら、そこのおっさん車に入れてお前の家連れてけやぁぁぁぁぁ!!!!!』


『は、はい!!!』


気が色々と動転していた俺はトナカイの命令通りに行動してしまった。あまりの衝撃の連続に眠気や疲労が消し飛んでいた。


「兄ちゃんー、まだかよー」


「今行きますー」


リビングに戻ると赤い鈴を首に下げたトナカイは電源の着いていないコタツの中に入り、青い鈴を首に下げたトナカイは部屋の角で慎ましく立っている。

二人の前に恐る恐る来客用のお皿に入れた氷水を置いた。


「ありがとなーっと。

うん! やっぱ日本の水は良い味してるわ」


「カイ、寝転んで飲むなんて行儀が悪いですよ。

あなた……名前は?」


「俺は参田です。参田黒」


「参田さんですね……お水、わざわざありがとうございます。

さらに家にまで上げてもらって……」


「それは問題ないんですけど。

あの……本当に大丈夫なんですか? あの人病院に連れて行かないで」


俺は自然と自室の扉を見つめる。その先には俺がひいてしまった男、あの時は出血と勘違いしていたが彼ら曰く、元々赤い服を来ていたようだ。他の外見的特徴はふさふさの白い髭だ。


(……うん)


「それなら問題ありません。なんと彼はかの有名なサンタクロースですから」


「………」


「あれ、驚かないのですね?」


「喋るトナカイと、めっちゃくちゃ既視感のある恰好されていましたから……何となく察してました」


ぶっちゃけた話、サンタクロースより喋るトナカイの方がサプライズのレベルでは上だ。


「飲み込みが速いのはこちらとしてもありがたい。

私はサンタクロースの手伝いをしているトナカイのトーナと申します。そこで転がっているのが私の弟のカイ。見分け方は私が青の鈴、カイが赤い鈴を付けているのでそれで」


「さっきは強く言って悪かったな、兄ちゃん!

こっちも一般人に見られたら不味いからよ!」


頭の角を左右に揺らし、笑みらしきものを浮かべながらカイはそう答えた。すると後ろから何ならただならぬ気配が部屋を包んだ。先程まで上機嫌だったカイの様子もどこかおかしいコタツに入っているのにガタガタと震えている。恐る恐る振り返るとそこには弟を鋭い眼で刺すトーナの姿があった。


「私がサンタさんの様子を確認してる間に謝罪に行ってくれたのかと思ったらまさか恐喝していたのですか」


トーナはカイの方へジリジリと詰め寄り目の前で止まった。


「だってこいつだってスピード出てたし──ぶぅぅぅ」


「言い訳無用です」


トーナは前足をカイの頭の上に強めに踏み付けた。

その仕打ちには流石に来るものがあったのか、カイはコタツを弾き飛ばて、直立した。


(コタツが……)


「そもそもあれは姉ちゃんが『今日は吹雪が強いからら少し高度を下げましょう』とかおっさんに提案したのが原因だろ!」


「黙りなさい。あれは万全を期すには必要な降下でした。それよりも降下した後、あなたが障害物が多い方が燃えるとか言い出して、さらに高度を無理やり下げたことに問題があるでしょう」


「ふざけんな! 俺は吹雪の中を走るのが好きなのに、それを回避したせいで、俺が下に行ったんだから姉ちゃんのせいだろ!」


イタチごっこの口論が続き、お互いフラストレーションが溜まったのか、2頭は少し後ろに飛んで前傾姿勢をとった。

トナカイの習性なんぞ俺は知らないが、これから起こる悲劇は容易に想像出来た。激しい2頭の衝突、繰り返される衝突、俺の家具にも衝突、部屋の中は地獄。


「ま、待ってくださ──」


「ふたりともやめなさい」


2頭と1人が声の先を見る。すると先程運んだ男性──サンタさんがいた。

恰好は見た通りのサンタなのに体型はふくよかではなくシュッとしている。年老いて白くなった眉もキリッと整えられていて、清潔感も感じる。近頃はこういう人のことをイケおじと言うらしい。


「参田さんが困ってるではないですか」


「「すみません……」」


「えっと、サンタクロースさん……ですよね?」


自分から言っていてなんだが……何だ? 『サンタクロースさんですよね?』って。


「はい。申し遅れました、私サンタクロースと申します。参田さん、今回は私たちの不注意で飛んだご迷惑を……」


「い、いえ……私もいつもに比べてスピードを出してしまっていたので」


俺が謝罪から頭を上げた時、サンタさんがふらつきテーブルに手を着いたのが見えた。


「おっさん!」


しょぼくれていたトーナさんとカイさんもそれに気が付き、彼に駆け寄っていた。


「あの、俺のことは大丈夫なのでベッドでお休みになられたほうが……」


俺の提案に、彼は力強く首を横に振った。


「実はまだ仕事が残っているのです。この街で最後なのですが……」


「プレゼントの配達ですか?」


「はい。待っている子ども達のためにも長居はできないんです。

それにこんな頭痛は魔法の力ですぐ治りますから」


力なく笑うサンタさんを見て、罪悪感が溜まっていくのが分かる。


「おっさん、落下した時に自分の保護に魔力使わず、兄ちゃんの車に魔力を使ったから」


「カイ!!! 彼の前でそれを言うのではありません!!!」


「……ごめん」


魔力とかは全然分からないが、要は俺を守った結果サンタさんは重症を負ったらしい。


「あの!」


俺は善人ではないと思うが、そんな話を聞いて彼を外に追い出すほど悪人でもなかったようだ。


「俺が届けましょうか? プレゼント」







「ここ、ですか?」


「はい、そこです」


時刻は1時00分。

一番星の微弱に地面へ届く光と街頭の夜道を照らす光が、マンションを見上げる、サンタクロースの仮想をした死んだ目の25歳サラリーマンの滑稽な姿をよく現していた。


「この恰好本当に必要でした?」


見上げていた首を今度は自分の背後にいる2頭のトナカイに向けた。


「当たり前だろ? それなかったら今頃兄ちゃん、警察に職質されてんぞ」


「は、はは、そうですよねー」


結論から言うと今の俺はサンタさん──正確には本物のサンタさんが回復するまでの間の代理をすることになった……のだが、その際に認識阻害の効果が付与されてる服──サンタコスを貰った。実際に警察の横を通ったが俺たちは事情聴取どころか見向きもされなかった。トナカイ2頭にもこの効果は付与されるらしい。


「参田さん、聞いてますか?」


「あっ……トーナさん、すいません。

聞いてませんでした」


「しっかりしてください。代理とはいえあなたは今、サンタクロースなんですから」


「はい。すいません」


トナカイに頭を下げたのは初めての体験だった。いつもカイさんを叱ってるからか、トーナさんは叱り方が上手くて頭が上がらない。


「最初から説明しますよ。

まず、私が目的の家の内部情報をここから把握します。その後、参田さんと意識を共有。最後に──」


「俺が兄ちゃんを中に送って、プレゼントを置いた瞬間、ここにまた戻す。簡単な仕事だろ?」


「認識阻害もかかっていますから、相手にこちらの存在を気づかれることはないです。安心してください」


「……分かりました」


「では、始めます。【鳴らせジングル】」


彼女がそう唱えると青い鈴がひとりでに揺れだし、聞き覚えのある音色が冷たい空気の中を駆け抜けた。


(やっぱり迫り来る鈴の音はこのふたりのものだったのか……)


「確認、完了しました。

カイ、参田さん、共有します。【届けギフト】」


「おぉー!!」


部屋の状況が立体映像で頭の中に浮かんできた。


「じゃあ行くぜ、兄ちゃん」


「は、はい!」


「【飛ばせポート】」


俺の視界は数秒揺れ、止まった頃にはすでにぬいぐるみや勉強机、そして小さい女の子が寝ている小さい部屋の中にいた。


(えっと……確か、靴下があったから)


少女が寝ているベッドの横の大きい靴下に、袋から取り出した小熊のぬいぐるみを入れるため、そっと近づいた時、隣の部屋から大きな声が聞こえてきた。


「あの子今日のパーティ楽しみにしてたのよ!

なのになんでこんな時間に帰ってきてるのよ!」


「仕方ないだろ! 急に社内のシステムにエラーが発生したんだ。そのせいで明日も出勤だよ」


「明日あの子に3人でパーティしようって言っちゃたわよ! どうするの!」


どうやらこの少女の親が喧嘩をしているようだ。しかし、こんな大声で少女が起きてしまうじゃないかと考えながら靴下にぬいぐるみを入れた。

その直後、横から声が……


「サンタさん、今年はプレゼントはいらないです。代わりにパパとママを笑顔にしてください」


それは少女の小さな悲鳴であり、真なる願いでもあった。

少女はこちらに気づいたわけではない。ただ、空に願いを嘆いただけだ。

数秒、俺は立っていることしか出来なかった。


「兄ちゃん、プレゼント置くのにどれだけかかってるんだよ! 兄ちゃん?」


「参田さん、どうかしましたか?」


視界の揺れにも気づかずに俺は彼らの元へ戻ってきていた。


「……なんでもないよ。トーナさんは次どこかな?」


「いえ、その必要はないようです。

ですよね? クロース」


トーナさんが少し首を右に傾け、俺の背後を見る。俺もその視線を追い、振り返るとそこには寝ているはずのサンタさんがいた。


「動いて大丈夫ですか? あれから15分と少ししか経ってないですけど……」


「えぇ、参田さんが家にいた時と合わせて30分近く、寝ていましたから十分ですよ」


「クロースの回復力は常人の数百倍ですから」


フォッフォッフォッとサンタクロースさんは優しく笑った。


「参田さん、今回はありがとうございました」


「俺は1軒しか行けてませんし、それに……」


「どうしました?」


「いえ、なんでもないです」


「……? そうだ。今回の謝罪とお礼と言ってはなんですがして欲しいこととかはありますか?

私ができる範囲で常識的なことでしたらさせて頂きます」


「えっ……」


「よかったな、兄ちゃん!

おっさん、すげぇやつだから大概のことは叶えられるぞ!」


カイさんやトーナさんがこんな力を持っているのだ。そんな彼らの上に立ち、サンタクロースの称号を持つ彼が俺に何でもしてくれるというのだ。文字通り何でもしてくれるのであろう。


俺はそこにあの少女への希望を見た。


「あの……喧嘩中の夫婦を仲直りさせたりすることは出来ますか?」


「兄ちゃん、嫁さんがいたのか!?」


「俺は残念ながら独り身です」


「……詳しく聞こう」


俺は彼にさっき見た光景を説明した。


「君の願いは『その少女の両親を仲直りさせたい』ということでいいかな?」


「はい」


サンタクロースさんは俺の答えを聞くと髭を触りながら、下を向いてしまった。


「すいません……ダメな願いだったでしょうか?」


「いや、違うんだ。すまない、少し考え事をしてしまって……歳をとるとマイペース気味になっていかん。

そして君の願いだが、しかと聞き受けた」


「それじゃあ!」


「あぁ、その夫婦の仲直り任せたまえ……ただ、人の心を操るのは禁則事項でね、少々回りくどい手段を使う。カイ、この紙をその少女の部屋へ」


「おう! 【飛ばせポート】」


「トーナ、接続はできるかい?」


「すでに確認済みです。

共有します。【届けギフト】」


頭の中にまた立体映像が流れ込んでくる。しかし、さっきと違うのは室内の色や音、匂いまでもが感じ取れるということだ。

夫婦はまだ喧嘩を続けているし、少女もベッドの中で今にも涙を流しそうな顔をしている。


「君が置いてきてくれたあの子に手伝ってもらうよ。

聖夜の全能サンタ・クロース】」


すると靴下に入ってたぬいぐるみがひとりでに動き始めた。


「え……な、何?」


物音に気づいたのか少女は起き上がり、靴下の方を見る。ぬいぐるみはこっちを見た少女に手を振った。


「わぁーー!! 動くくまさんだ! すごい!」


ぬいぐるみはそのまま部屋の扉の前まで行った、少女もそれを追いかけ、扉の前まで来た。

すると少女が後ろにいるのを確認するとぬいぐるみはその扉を開け、そこで動かなくなった。

残されたのは少女と開かれた扉の先にいた、喧嘩中の両親だ。


「初夏……どうして」


父と母が彼女を見つめる、それはどこか気まずそうな瞳だ。


「えっと……その」


少女は急な展開に不安を感じ、下で動かなくなったぬいぐるみを手に取った。するとぬいぐるみの下から、1枚の紙が現れた。少女は不思議に思い、下の紙を拾う。するとそこには『がんばれ! くまさんより』と書かれていた。

それを見た少女は幼いながらも強い決意を持って、2人に語りかけた。


「パパ! ママ! 私──」







「サンタクロースさん、ありがとうございました」


「私は君の願いを叶えただけだよ」


彼はまたフォッフォッフォッと優しく笑う。そして彼は笑い終わるとこちらをじっと見つめ、ゆっくりと、しかし強く、口を開いた。


「時に参田さん、サンタクロースになる気はないかい?」


「俺が…サンタに…ですか?」


「あぁ」


いきなり投げかけられた衝撃的なお誘いに思考が凍る。

トーナさんはサンタクロースさんの後ろで静観し、カイさんは「おぉー」と公開告白を見た通行人のようなリアクションを取っている。


「なんで……俺なんですか?」


「君の願いがあの少女へのものだったからだよ」


「別に俺はそんな大した人間ではないです。

会社でも要領悪いって言われますし、今日あなた達を助けたのも、あの子を助けたもの、ただの気まぐれです」


「じゃあ何故、参田さんはカイがあの部屋からあなたをここに戻した時あんなに辛そうな顔をしていたのですか」


トーナさんがサンタクロースさんと俺の間に入り、そう言い放った。


「だからそれが気まぐれだって──」


「気まぐれでもいいんだよ、参田さん」


「は?」


「クリスマスという1日だけ、あなたは気まぐれを子ども達に優しさを振り撒いてくれればいいんだ。

それが例え、気まぐれであっても、偽善であっても、嘘であっても……子ども達にはとびきりのプレゼントになるはずだよ」


「………」


彼の言葉に俺は肯定も反論も出来ず、木々のようにその場に立つばかりであった。


「……すまない、急かしてしまったね。年寄りの悪い癖だ。

今すぐじゃなくていいんだ。来年でも、再来年でも、その次の年にでも答えを聞かせてくれれば……さて、そろそろ行こうか、トーナ、カイ。子ども達が待ってる」


「「はい」」


彼が指を鳴らすと絵本でよく見るソリが現れた。トーナは会釈を、カイは鈴を鳴らしてからソリの前へ。すると、彼らの首に手網らしきものが出現し、ソリと彼らを繋いだ。それを確認したサンタクロースさんもソリへ乗り込んだ。

彼の手が手綱を握った時、俺は二度と彼らに会えない気がしてならなかった。


「あの!」


2頭と1人の視線がこちらを向く、状況としては先程の少女のようだ。幼子は勇気を出したのだ、25歳の大人の俺がクヨクヨしてどうする!


「俺、まだ色々分からないですけど、あの子の笑顔を見れた時、本当に嬉しかったです!

今の仕事では感じれないような不思議なものがありました。

まだ気持ちの整理がついてなくて、答えをあなたに伝えられないけど……来年までに答えを必ず出します!

だから、来年も俺のところに来てください! サンタさん!」


25歳の大人がサンタさんをまだ強請るなんて、もはや滑稽を超えて、恐怖を感じる話だ。

しかし、彼らには気に入ってもらえたらしい。


「分かったよ。来年、必ず君の答えを聞きにここに来よう。それまでいい子で待っていてくれ」


「はい!」


ソリは鈴の音を鳴らしながら、空へ駆ける。


「では、また来年ですね。参田さん」


「また会おうぜ! 兄ちゃん!」


その言葉を残し、彼らは閃光となって空に消えていった。

俺はしばらくそんな夜空を仰いから、帰路に着く。

長く外にいたせいで、自分の手が冷たくなっていたことに気づき、手を口元に持っていき、白い息を吹きかける。


「あっ……返すの忘れてた」


その時、見えた借り物の服の赤い袖。

しかし、俺は深くは気にせず、また歩き出す。







どうせ来年着るものだしな?



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限界サラリーマン参田さん。サンタさんをひく。 くもりぞら @danmachi1023

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