その二人、案外似合いの夫婦かもしれません。

おもち。

本日無事に、坊っちゃまが婚姻されました。

 


 お初にお目にかかります。

 私この屋敷で侍女を務めております、アマンダと申します。

 本日私が仕えるウォートン侯爵家嫡男、ライアン坊っちゃまが婚約者であらせられるステラ様と無事に婚姻の儀を結ばれました。


 ……なんとおめでたい日なのでしょうか。あんなに小さかった坊っちゃまが、立派に新婦であるステラ様をエスコートされていたお姿は大変勇ましく、少し前までクソガ……幼さが残っていたお姿とはまるで違い、とてもご立派でございました、ええ本当に。



 お披露目も無事に終わり、初々しい若夫婦はこれから本日最後であり最初の責務である初夜を迎えられます。

 正直、あの坊っちゃまが初夜をきちんとこなせるのか少々不安はございますが、ステラ様は坊っちゃまより4歳年上でございます。ですので、いざとなれば優しく導いて下さる事でしょう。


 ええ、ええ。決して貴族の義務である閨教育をサボったから初夜のやり方を存じ上げないばかりではなく、女性に対して奥手だから手を握るだけで大量の汗が噴き出てお顔が真っ赤になるだなんて、とてもではないですが私の口から申し上げる事は出来ません。



 きっと今頃坊っちゃまも、いい加減腹を括って初夜に挑まれている頃でしょうか。

 いくら、ヘタ……小心……失礼いたしました。緊張していると言っても初夜を逃げ出すだなんて男の風上にも置けない情けない行動はなさらないと私、アマンダは信じております。




 ――ガタッ。

 ――ドンドンドンッ。

 ――ガタガタッ。



 あらあら……言っている側から何やら若夫婦の寝室でトラブルが起きたようですね。

 この距離では正確に聞き取れませんが、何やら怒鳴り声も聞こえてきます。

 邪魔になるような行動は決して致しませんが、少し様子を見に行ってみましょう。





――――――――

―――――

――…



「お前を愛する事はないし、俺からの愛を求めるな、期待するな!!この田舎貴族め!」

「……それは」

「大体どうして次期侯爵である俺の伴侶が下位貴族の人間なんだ!」

「あの、旦那様、一言だけよろしいでしょうか?」

「あぁ?なんだ、俺は今最高に苛立っているんだ、手短に済ませろ」

「では僭越ながら…………別にあんたの愛なんか求めてませんけど?てかそっちこそ勘違いしてんなよ。チッ」

「……は?」

「こっちはさ、最初から愛とか恋とか抜きで、お金の為に嫁いできたんですけど?」

「な、な、な、」

「お義父様から少々不出来って聞いてたけど、少々どころかまるっと不出来じゃん。ねえ、さっきから『な』しか言わないけどそれ以外話せない感じ?」

「ば、ば、「ば?」」

「馬鹿にするなぁぁぁぁ!!」

「あ、喋った」

「何なんだ、さっきから!俺の方がお前よりも爵位が上なんだぞ!もっと敬え!」

「そっちが先に無礼な事してきたんだから、私が何を言おうと問題はないでしょ?」

「っ!?」

「そもそも、何で私があんたの花嫁になったと思ってんの?侯爵……お義父様に泣きつかれたからなんですけど。だってあんた、甘やかされすぎて使い物にならないんでしょう?実際」



 あぁ、坊っちゃまが俯いてしまわれました。

 ウォートン侯爵家の唯一の跡取りである坊っちゃまは、大変周囲から愛され蝶よ花よとお育ちになったので、ステラ様のような勇ましい女性を今まで見た事がありません。


「っ……」


 あぁ、俯いていた坊っちゃまが小刻みに震え始めましたね。

 きっと初めて経験するこの状況に戸惑われ、もしかしたらいつものように泣きじゃくるかもしれません。

 泣き喚く坊っちゃまをステラ様は見た事がございませんから、これは確実に引かれてしまうかもしれません。が!今更ステラ様に婚姻を無効にされるわけにはまいりません。


 そして本日の婚姻に際し、旦那様から拝命している使命。私、アマンダは必ず二人の初夜を見届ける役目も仰せつかっているのです。


「俺は……使い物にならないのか」

「ええ、全く」

「そんなに……」


 あら、いつも見たく泣き喚くと思ったのですが今日はいつもとは違い、きちんと会話が成立しています。

 何とも不思議な事もあるものですね。


「あんたが使い物にならなくて侯爵家の全てを任せられないから、私が嫁いできたってわけ。私はその見返りに実家の子爵家に援助してもらえるし、双方理があるの。分かる?」

「じゃあ……俺の事は、」

「何とも思ってないです。あ、何とも思ってないは嘘ね。重たい荷物だなって思いますね」

「重たい……」


 ……坊っちゃま、普通ここは“お荷物”の方を気にするものですよ。

 ブツブツと重たいとしか言わなくなった坊っちゃまを無視してステラ様は就寝の準備を始めてしまいました。

 いけません、これでは旦那様の言いつけを違えてしまいます!

 新婚夫婦の寝室に乱入するのは本来であれば御法度ですが、今回は致し方ありませんね。


「俺はどうしたらいいんだ」


 あまりの衝撃の展開に、握りしめた隠し扉のドアノブからそっと手を離し私は思わず聞き耳を立ててしまいました。

 この隠し部屋はこちらから寝室の中を覗く事は可能ですが、逆に寝室からこの隠し部屋の中を見る事は出来ないのです。

 ……それにしても今日は何とも不思議な事の連続です。普段の坊っちゃまなら、あんな風に連続で叩きのめされたら泣き喚くどころが地べたに転がって気が済むまで泣き喚くはずなのですが、今日はきちんと会話が成立しております。


「出来ないなら出来ないなりに努力するだとか、他の事するだとかあるでしょ、色々と」

「……他の事」


 顔だけしか取り柄がない坊っちゃまがステラ様を一生懸命見つめております。

 あのように切なそうにしていると顔だけは良い坊っちゃまは、まるで捨てられそうになっている子犬のように庇護欲をそそりますね。


「とりあえず侯爵家の事は私に任せて。だって私はその為にここへ来たんだから」


 そう言って拳でトンっと胸を叩いたステラ様は本当に光輝いております。

 呆然と立ち尽くす坊っちゃまと自信に満ち溢れているステラ様。これでは一体どちらが跡取りなのか分からないですね。


 ですが、肝心の坊っちゃまは今度こそ泣くのではないでしょうか?

 なんだかんだ言って侯爵家次期当主として努力はしていたのです。その努力が実ったかは別として。



「好き」

「……は?」



 ……今何か小さく聞こえたような気がしますね。私もここ数時間ですっかり年を取ったのでしょうか?

 それとも耳が勝手に聞く事を拒否しているのでしょうか?今しがた聞こえてきた呟きの意味を理解するのをまるで全身が拒否しているような感覚に陥っております。



「好きだ」

「……頭沸いてんの?」

「沸いてない。ステラ、貴女が好きだ」

「ちょ、ちょっと待って。何で、何で言いながら私に近づいてくるの!?」

「ステラ、貴女が好きだ。結婚してくれ!!」

「はぁ!?冗談キツイって。てかもう夫婦だし!?」



 何と……ミラクルが起きてしまいました。

 これは大至急旦那様に報告をしないといけません。

 あのヘタレ坊っちゃまが女性に好きだと告白するなんて(まぁ相手は既に奥様なのですけれど)


 ここへ来て何という急成長なのでしょうか。

 このアマンダ、ウォートン侯爵家にお仕えしてもう随分経ちますが、こんなに輝くような表情をされる坊っちゃまを見たのは初めてでございます。


 やはり旦那様の目に狂いはなかったのですね。

 坊っちゃまの奥様になられたステラ様は、子爵令嬢と確かに爵位は下位貴族になりますが、領地で名を知らぬ者はいないと言われるとても有名な方なのです。


 ウェーズリー子爵領では干ばつによる被害で、近年稀に見る財政難に陥られていたと聞きます。

 その財政難で一時は爵位を返上するところまで追い詰められていたそうなのですが、ステラ様の手腕で少しづつですが、領地の干ばつ被害の早期修繕、そして子爵家の財政を立て直されたと伺った時は24歳の、それも女性が先陣を切って対応にあたったとは誰もが驚いたものです。


「愛してるステラ!」

「ちょっ!こっちに近づかないで!!」

「ずっと一緒にいよう!」


 ふぅ。そう言ってステラ様を抱きしめたまま寝台へダイブした坊っちゃまは、この後自分がどうしたらいいのか分からなそうにしてはおります。ですがそこは我らが若奥様であるステラ様。呆れながらもきちんと導いてくださっているようなので、私アマンダは早急にこの事を旦那様へ報告をする為この場をそっと離れました。


 若夫婦の行く末を見守っていた隠し部屋を後にし、一度だけ振り返った私は坊っちゃまへ向けて、祝福の言葉を口にしました。


「坊っちゃま、どうか幸せになって下さいね」



 ……ステラ様。

 どうか、坊っちゃまをよろしくお願い致します。





―*―*―*―*―




「ステラ!見てくれ、この書類きちんと精査出来ているだろう!?」

「どれどれ……って、凄いじゃないライアン!前より分かりやすく分けられてる!」

「ス、ステラに褒められたくて頑張ったんだ!なぁ、俺は頑張っただろう!?」

「ええ、凄いわライアン。いつもありがとう」


 そう言ってしゃがみ込み、ステラ様に頭を撫でられている坊ちゃまはどこからどう見ても忠犬そのものでございます。

 ただの忠犬ならば侯爵家の人間は皆、微笑ましく目の前の光景を見ていられるのですが、どこまでいってもあの坊ちゃまですからね。


 夜会にご夫婦で出向き、ステラ様に言い寄る者が現れると途端に忠犬から狂犬へと変貌を遂げ、周囲の人間が引くくらいの忠誠をステラ様に尽くしていらっしゃいます。

 正直ここまでの変化には驚きましたが、私としては納得する部分もあるのです。


 長きにわたって後継者教育を施され、出来ないながらも必死で頑張っていた坊ちゃまの姿に、私は何度も涙が溢れそうになりました。

 侯爵家から一歩外に出てしまえば、口さがない者達が坊っちゃまの能力に対して本人に聞こえるように話に花を咲かせていたのを何度耳にした事でしょう。

 ですが私の立場はあくまで使用人に過ぎません。そんな立場の私には、彼らを止める術すらありませんでした。


 確かに初夜の場でステラ様も坊っちゃまの能力に関して口にしてはいました。ですがステラ様は坊ちゃまの能力を馬鹿にするのではなく、自分の出来る事をしたらいいと仰っていました。

 あのように坊ちゃまに対し、真っ直ぐ言葉をかけてくれた方は私が今まで長く仕えてきて中で初めてお会いしました。

 やはり我らが旦那様の目に狂いはなかったようです。


 まさかあのように犬のようになる事は想定しておりませんでしたが、結果的には良かったのではないでしょうか?

 確かにステラ様に言い寄る殿方に対する坊ちゃまの態度は狂犬のようですが、それ以外は身体に染み込んでいる次期侯爵としての教育の成果がきちんと出ているように思います。

 そしてステラ様の満更でもなさそうな態度を見るからにお二人はとてもお似合いの夫婦だと思うのです。

 

 そんな今日も今日とて、坊ちゃまはステラ様に褒められたいが為に執務の補佐を務めます。

 ご結婚される前によく目にした、ピリピリとした硬い表情などではなく、心から楽しそうに執務の補佐を務める坊ちゃまを見る事ができ、私は心の底から安堵しております。


 ……可愛い可愛いライアン坊ちゃま。

 乳母として初めて坊ちゃまをこの腕に抱いた日が、まるで昨日の事のように思い出されます。

 例えどんなに影口を叩かれようと、苦しい時を過ごしていようとも、決して侯爵家嫡男としての誇りを見失う事のなかった貴方様は私の誇りでございます。


 これから奥様と共に、お二人でウォートン侯爵家を更なる繁栄へと導かれる事でしょう。

 その姿を侍女という立場で共にいられる事、とても嬉しく思うのです。

 ライアン坊ちゃま……どうか、どうか幸せになって下さい。


「ステラ!」

「まったく……ライアンは本当に犬のようだわ。初夜での傲慢さはどこへいったのよ?」

「あ、あれは……その、本当にすまなかった。君を深く傷つけてしまった」

「……惚れた弱みよねぇ」

「え?何だ、うまく聞こえなかった。ステラ、もう一度言ってくれ!」

「犬のようだって言ったのよ」

「嘘だ!!ステラ、何と言ったんだ。俺に教えてくれ!」

「もー、……愛してるって言ったのよ」

「ステラ」

「愛してるわライアン」

「俺、俺も愛してる!!」

「だからって抱き着かないで!」

「ステラ~!」


 ステラ様に勢い良く抱き着いた坊ちゃまは、嫌がられながらも嬉しそうに頬ずりをしています。


 こんなにも幸せな光景を与えてくださった旦那様に、私はそっと心の中で感謝を申し上げ、遠目に映る若夫婦をもう一度深く目に焼き付けます。

 こうして二人を見る事は、これが最後だと言い聞かせながら。

 そして私は踵を返しその場を後にするのです。


 「可愛い、。どうか幸せになってね」


 そうして次の瞬間には、いつもの侍女としての姿に戻る。

 そう、――。







end.

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その二人、案外似合いの夫婦かもしれません。 おもち。 @motimoti2323

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