第8話:夜のお店
◇
夕食を終え、食堂を出てきた。
「確か、宿が集まってるエリアは……」
今日泊まる宿を探さなければならない。
昼にセルビオ村に入ってすぐ見た案内図を思い出しながら暗がりを歩く。
「ん?」
狭い道を曲がってすぐ、目の前に眩いネオンが見えた。
ネオンの前には、黒服の男が立っている。
この世界に電球は存在しないようだが、魔力を光に変換する『魔道具』と呼ばれるものは街のあらゆる場所で見られる。
そのため灯り自体に驚きはないのだが、大通りでもない場所でこれだけ主張の激しいネオンがあるとは思わなかった。
何のお店かわからないが……まあ、人通りが少ない場所に派手な外見、店の前には黒服の男となると、どんなお店なのか想像はできる。
大人向けの夜のお店といったところだろう。
店の前を素通りして宿の方を目指し始めた時だった。
「お兄さん冒険者? 奴隷買わない?」
怪しげな中年の黒服キャッチが声をかけてきた。
「いや、ちょっとそういうのは……忙しいんだが」
大人のお店の中でもちょっとハードな方のお店だったか。
俺はノーマルなのでそういうものに興味はない。
「分割もできるよ? レンタルできる奴隷もいるし」
一度断ったというのに、しつこく勧誘してくる黒服。
人通りが少ないこともあり暇なのだろう。
というか、大人のお店で分割ってどういう概念なんだ?
「お兄さん、この時間に一人で歩いてるってことはソロの人でしょ? やっぱソロは危ないよ?」
「ん、どういうことだ? 確かにソロだが……」
「どういうことって……冒険者ってのは仲間を集めてパーティを組むか、奴隷を買ってパーティを簡潔させるかの二択が常識ですぜ?」
そうなのか、それは知らなかった。
というか——
「奴隷って、本当に奴隷のことだったのか」
「他に何かあるんですかい……?」
不思議そうな表情になる黒服のキャッチ。
「まあ、警戒されるのも無理はないですな。奴隷のバイヤーは詐欺師も多いですから。うちは店構えてるんで、直接見て現物引渡しできますぜ」
「なるほど」
奴隷、か。
現代日本人にとってはやや忌避感がある単語だが、こうして堂々と店を構えているところを見ると異世界では馴染みのある文化のようだ。
「今日この場で買うと約束はできないが、見せてもらうことってできるか?」
「へい、お安い御用ですぜ。こちらへ」
黒服のキャッチの後ろについて店内へ。
今ここで声をかけられるまで奴隷を買おうなどと発想したことすらなかったが、考えれば考えるほど魅力的な提案だ。
今日の日中はソロで問題なく戦えたし、アイテムスロットがあれば荷物運びに困ることはないだろう。
だが、これからもずっとソロで困らないとは限らない。
パーティを組むのも選択肢の一つだが、パーティ内での立場が対等であるが故の問題もある。
パーティの主力が抜けてしまったり、対立から組織が空中分解するようなことがあると面倒すぎる。
従順に命令を聞く奴隷をゆっくり確実に育てる方が俺好みのやり方なのだ。
そんな思惑から、とりあえず奴隷を見てみることにした。
店内には多数の檻が並んでおり、一つの檻につき重りをつけた奴隷が一人入れられているという格好になっている。
檻の前には値札が貼られており、相場感的には一般的な奴隷は百万ジュエルほどの値がついているようだ。
「獣人ばかりなんだな」
「へい? 獣人以外の奴隷を扱うと犯罪ですぜ」
「あっ、そういうものなのか」
「そういう業者もいるんですが、うちは真っ当にやってますんで」
『真っ当な奴隷商』という矛盾するワードが成立するのは面白いな。
「条件はどんな感じで?」
「そうだな……。なるべく安くて、歳は俺と同じくらいか少し下くらい。戦闘スタイルにクセがないのが良い」
「現状の能力は気にしないんですかい?」
「ああ。こっちで育てる」
「ふむ……奴隷を育てるとは珍しいですな。性別はどうします?」
「できれば男が良いが、どのくらい値段が変わる?」
「基本的には同じグレードなら男の方が五割増しくらいになりますな。やっぱり身体能力が高いと需要が高くなるもんで」
百万ジュエルの奴隷の五割増しだと百五十万ジュエル。
『百五十万ジュエル=百五十万円』の感覚なので、かなりの金額差だ。
「そうか。なら女でいい」
「では、その条件で紹介しますわ」
黒服に連れられて店内をしばらく歩き、八十万ジュエルと書かれた値札の檻の前で立ち止まった。
「メリル・エルトリア。十六歳ですわ。一応見といてください」
「猫獣人か」
檻の前から状態を確認する。
金髪碧眼の美少女。華奢なわりにかなり大きなバスト。しなやかで柔らかそうな肢体。
見た目はほぼ人間と変わらないが、頭についた猫耳と尾骶骨の辺りから伸びた尻尾が特徴的である。
メリルは透き通る瞳で俺を見上げていた。
他の奴隷は目を合わせるたびにビクッとしているが、この子は俺をまったく恐れていないように見えた。
「こいつ身体細いんで最低ラインですな。実はこいつと同じ値段で男並の能力の商品が——」
「待ってくれ」
不動産営業マンのごとく捨て物件からの本命物件に切り替えようとする黒服を静止した。
「こいつにする」
「ほ、本気ですかい……? こいつ身体細いだけじゃなく頭も悪いんですが」
「問題ない。売ってもらえるか?」
「お客さんが良いならうちらは全然。へへ、毎度あり」
俺が買うと言った瞬間、メリルは嬉しそうに微笑んでいた。
黒服は価値が低いと言っていたが、俺には磨けば光ダイヤの原石に見えた。
明確な根拠はないので直感でしかないのだが、メリルからは他の奴隷にはない可能性が感じられる。
どうせ一から育てるなら、自分自身の直感を信じて納得のいく買い物がしたいと思ったので即決したのだった。
「オプションの首輪もセットで買われます?」
「首輪?」
「主の命令に違反すると痛みが走る魔道具ですわ」
「そんなものがあるのか。便利だな。いくらだ?」
「五万ジュエルですわ」
「そうか。ならつけてくれ」
「へい」
合計八十五万ジュエル。
今日の稼ぎが桁違いに多いのであまり懐が痛む感覚はないが、なかなか大きな買い物だ。
首輪に繋がれたメリルが檻から出てくる。
俺は代金を支払い、店を後にしたのだった。
◇
「買ってくれてありがとうございます。私、メリル。えっと……?」
「佐藤徹也だ」
「サトウ・テツヤ……?」
「言いにくいならテツヤとでも呼んでくれ」
「テツヤ様……わかりました!」
「それと」
俺は眠そうなコッコを拾ってメリルに手渡す。
「こいつはコッコだ。しばらく抱いててくれ」
「コッコですね。はい、任せてください!」
大事そうにコッコを抱えるメリル。
首輪から走る痛みを嫌って従っている感じではなさそうだ。
「買われたってのに、なんで嬉しそうなんだ?」
「……? 嬉しくなってはいけないのですか?」
「いや、そんなことはないが。変わってるなと思っただけだ。普通は先の見えない不安とか恐怖とか、そういうのを感じるだろうからな」
店に並んでいた他の奴隷からはそんな印象を受けた。
「う〜ん、そういうのはないです。私、テツヤ様が買ってくれなかったら殺処分になるか、もっと値段を下げて変な人に買われたかもしれないですし……。今は買ってもらえて嬉しいです。がっかりさせないように頑張りますね!」
買われないよりは買われた方がマシ……という見方もできるわけか。
まあ、俺はもともと酷い扱いをするつもりはないので変に固くなられるよりこちらの方が都合が良いのだが。
衝動買いしてしまったメリルの使い方を考えつつ、宿を目指した。
転生特典《金のニワトリ》でチートな異世界ライフ 〜『ハズレ特典』が毎日『当たり特典』を産んでくれる件について〜 蒼月浩二 @aotsukikoji
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