第7話:餌付け

 冒険者ギルドを出ると、夕焼けが差していた。


 今日泊まる宿を探したいところだが——それよりも先に夕食を済ませたい。


 というのも、昼頃にこの世界に転生してから飲まず食わずで今に至る。


 ……さすがに腹が減った。


「コケ……」


 空腹なのはコッコも同じらしい。


「ん、こんな近くに食堂があったのか」


 冒険者ギルドから一分と離れていない場所に大きな食堂があった。


 冒険者らしき格好をした猫連れの人が出入りする姿が見られる。


 異世界ということでテイマーのようなジョブもあるのかもしれない。


 グルメアプリがないので初めて入る店に少し不安を感じてしまうが、それなりに繁盛しているようなので、ボッタクられるようなことはないだろう。


 今日の夕食はここに決め、俺はコッコを連れて中に入った。


 六十人程度の客がいたようで、ざわざわしている。


 内装は全体的に木目調で統一されており、六人掛けの大きめのテーブルの島がいくつもある造りになっていた。


 入ってすぐの場所にある食券器で食券を買い、奥の受取場所で料理と交換する仕組みのようだ。


 まるで社員食堂だな……。


 と、それはともかく。


「席が空いて……るな」


 ほとんどの席が埋まっていたのだが、なぜか中央の六人掛けのテーブルのみ誰も使っていなかった。


 なかなか良いタイミングで来られたようだ。


 俺はさっそくテーブルに向かい、椅子の上に剣を置いて席取りしておく。


 それから食券を買って受取口に向かった。


 受け取った料理と取り皿をトレーに乗せて席に戻る。


「コケ! コケ!」


 コッコは待ってましたと言いたげに喜んでいた。


 注文したのは、『ビーフステーキ』、『白菜と鶏肉のクリームスープ』、『からあげ』の三点。


 冒険者向けなのか、どれも安いわりにかなり量が多い。


 コッコに共食いさせるわけにはいかないのでビーフステーキをナイフで細かく切って取り皿に乗せた。


「コケ! コケ! コケ〜!」


 美味しそうにビーフステーキをついばむコッコ。


 一般的にニワトリにはとうもろこしや米、小麦などを餌にすることが多いが、肉を食べさせてはいけないわけではない。


 コスト上の都合により早熟で安価な穀類を食べさせているに過ぎず、ニワトリは雑食なので基本的には大体の食べ物を餌にして大丈夫なのだ。


 さて、俺も食べるとしよう。


「——美味い」


 空腹だということもあるが、日本で食べていたものと同等のレベルが高い味付けに加え、食材自体の品質も良いように感じる。


 異世界ということで食べ物が口に合わなかったらどうしようかという不安は杞憂だったようだ。


 こうして夕食を楽しんでいた時だった。


「おい」


 急に大柄な冒険者から声をかけられた。


「ん?」


 俺はフォークとナイフを置いて振り向く。


「てめえ……誰に断って俺の席に座ってんだ?」


 どういうわけか、この冒険者は怒っているようだった。


「ここはあんたの席だったのか?」


「当たり前だろっ‼︎」


 と言われても、俺が席についた時には荷物などは置かれていなかったので、誰かが席を取っていたはずはないのだが……?


「まさかてめえ、俺を知らねえのか?」


「え? ああ。世間知らずなものでな」


 今日異世界に転生したばかりなので知っているはずもない。


「なっ……新参か。まあいい、なら教えてやる。俺の名はルザール。セルビオ村最強の剣士だ」


「へえ、そうなのか」


 俺がそう答えると、ルザールはイラッとした様子で舌打ちする。


「ってことだ。席を空けろ」


 チラッと食堂内の別の冒険者を見ると、気の毒そうに俺を見ていた。


 なるほど、そういうことか。


 こいつは自分の力を誇示することで他人を自分の思い通りにコントロールしたいタイプの人間なのだろう。


 非常に面倒臭い輩だが、トラブルに巻き込まれるのももっと面倒臭い。


 言いたいことをグッと堪えて提案をしてみることにする。


「俺が席を空けるまでもなく、空いている席に座ればいいんじゃないか? 俺は相席でもまったく構わないぞ」


「……は?」


 ルザールのこめかみにピキピキっと青筋が浮かび上がった。


「てめえ、良い度胸してんじゃねえか……っ!」


 完璧な提案だと思ったのだが、逆上させてしまったらしい。


 とはいえ、俺に非がない形で必要もない席替えに応じる気にはなれない。


 やれやれとため息を吐いていると——


「おらあっ!」


 ルザールがいきなり拳を振り下ろしてきた。


 俺はガシッと手を掴み、カウンターを仕掛ける。


 腕を軽く捻ってやると——


「なっ……⁉︎」


 まさか反撃されるとは思っていなかったのか、動揺するルザール。


「こ、この野郎……っ!」


 完全に頭に血が上ったルザールは大きな剣を抜き、斬りかかってきた。


「おいおい……」


 異世界の常識を完全に理解しているわけではないが、それでもさすがに店の中でこれはやりすぎだろう。


俺は斬りかかってきた剣を指で掴んで無力化する。


「……は⁉︎」


「こんなもの振り回すと危ないと思うぞ?」


 剣を通じてルザールの巨体を持ち上げ、手を離す。


 ドスッ!


 音を出して背中から崩れ落ちるルザール。


「まだやるか?」


 そう声をかけると——


「く、くそ! お、覚えてやがれ!」


 捨て台詞を残して食堂を去っていったのだった。


 これで落ち着いて食事ができるなと改めて席に座り直した矢先、一連の様子を見ていた他の冒険者の声が聞こえてくる。


「す、すげえ……!」


「誰も何も言えなかったルザールさんにビシっと言うばかりか返り討ちにしちまうなんて!」


「あいつ何者だ⁉︎」


 ……どうやら、別の意味で落ち着いて食事できそうにない状況になってしまったようだった。

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