第6話:秒速成金
「やっぱり量が多かったか?」
「量もですけど、これってブラックドッグですよね⁉︎」
「ああ、そうみたいだな」
俺は魔物の種類については詳しくないが、コッコがそう言っていた。
「それと、さっき何もないところから魔物を取り出した魔法は何ですか⁉︎」
「それは……企業秘密だ」
俺自身がまだ何なのかよくわかっていないだけなのだが。
「あ、それとケルベロスっていう魔物もいるぞ」
「ケルベロス⁉︎」
さらに慌てた様子で魔物の山を確認する受付嬢。
「ほ、ほんとにいた……! う、嘘でしょ……っ!」
「そんなに驚くことなのか?」
粛々と魔物と代金を交換してくれる想定だったのだが、なぜかめちゃくちゃ狼狽えられてしまい反応に困る。
「ブラックドッグはセルビオ草原——通称『死の草原』に生息する強力な魔物です。しかもケルベロスはこの地域のエリアボス……高位の冒険者が大規模な連合を組んでも犠牲なしでの討伐は難しいのです」
『死の草原』……か。
そういえば、門番もそんなことを言っていたな。
「こちら、何人で倒されたのですか?」
「え? 一人だけど」
「ひ、一人⁉︎」
「うん。まあ、こいつもいたけど」
「コケ?」
コッコを撫でながら答えた。
「一人でこれほどの魔物を倒せる冒険者なんて聞いたことがありません。……はっ! もしかしてあなたは王国が最近組織したと噂されている
「へ?」
「七勇者の一員ならこの強さも納得できます。……大変ご無礼をしてしまいすみませんでした‼︎」
なんかよく分からない方向で勘違いをされてしまった。
「大量のブラックドッグとケルベロスを一人で……すげえを通り越してありえねえよ……」
「これが噂の勇者ってやつか。こりゃとんでもねえな!」
「確かに勇者じゃねえとこれはありえねえよな!」
一連の様子を見ていた冒険者たちがざわめき始めている。
……まずいな。
『七勇者』とかいう存在が何なのか分からないが、ここはしっかり否定しておかないと面倒なことになりそうだ。
「変な勘違いはやめてくれ。俺はただの旅人だよ。冒険者ですらない。剣を握ったのも魔法を使ったのも今日が初めてなんだ」
全て本当のことしか話していないのだが——
「さすがに無理がありますよ!」
なぜか信じてくれなかった。
「まあ、何か事情がおありのようなので詮索はしませんが……」
もう十分に詮索されたような気がするが……まあ、いいか。
「それで、買取金額はいくらになる?」
「あっ! 買取のお話でしたね! 失礼しました!」
そう言うと、ギルド職員で手分けして査定してくれた。
「合計でブラックドッグ百五十体、ケルベロス一体ですね。状態が非常に良いのでかなり高めに買取できそうです」
そう言いながら、受付嬢は買取金額が書かれた一枚の紙とペンをテーブルの俺から近い位置に置いた。
「お待たせしました。買取金額は素材のみなので一千万ジュエルとなります。ご納得いただけましたらサインをお願いいたします」
一千万ジュエル……ということは日本円換算すると一千万円。
今日一日だけで前世の俺の年収一年分と考えるとなかなかの金額だ。
俺はサラサラっとサインを書いたのだった。
「あの、金額が金額なので……」
「受け取りは後日になるのか?」
「いえ、ご用意できるのですが、ギルドでお預かりすることもできます」
「そういうことか」
大金を持ち歩くのはリスクを伴う。
これは異世界でも同じらしい。
「大丈夫だ。気遣い感謝する」
「承知しました。それでは、ご用意しますね!」
数分後には大量の硬貨がテーブルの上に積まれた。
俺はサッとアイテムスロットに収納しておく。
「そ、その魔法すごいですね……!」
さっきも驚かれたな。
『アイテムスロット』を使える人間はかなり珍しいのだろう。
「そういえば、一つ聞いておきたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「さっき買取金額は素材のみなので……と言っていたが、素材以外の何かがあると買取金額が上がるのか?」
「ああ……言葉足らずで失礼しました。ご存知だとは思いますが、冒険者の方の収入は依頼達成報酬と素材買取が主になります。今回は依頼達成報酬がないため先ほどの金額という意味で申し上げました」
「そういうことか」
確かに俺は依頼を受けてこれらの魔物を倒したわけではないので、納得がいく説明だった。
とはいえ、逆にいえば依頼を受けて同じ魔物を倒せば、さらに報酬を上げることができるということになる。
今日一日の労働だけで前世の年収一年分……ということは、俺に冒険者の適性があるのなら依頼を受けた方がお得だと考えられる。
お金なんていくらあっても困るものじゃないので、あればあるだけ良い。
「冒険者になろうと思うんだが、どうすればなれるんだ?」
質問すると、受付嬢は『え?』という表情で口をポカーンと開けていた。
「あの……テツヤ様は勇者では?」
「いや、違うって」
「ま、まあ違うという体で新しく登録することも可能ですが……」
違うという体ではなく本当に違うのだが……面倒なのでもうこれでいいや。
「それでいい」
「……わかりました」
受付嬢はテーブルの下から一枚の紙を取り出して俺の前に置いた。
「この書類に必要事項を書いていただければ登録完了です」
「試験とかはないのか?」
「冒険者になるための試験はありません。登録したばかりの冒険者は基本的にFランクからスタートです。実力がなければ危険を伴う上位ランクには上がれないようになっています」
「なるほど」
「ただし」
受付嬢はさらに一枚の紙を取り出した。
「『基本的には』と申しました通り、絶対ではありません。所定の試験に合格することでEランクから始めることができます」
「試験の内容は? 難しいのか?」
「普通の冒険者ではほぼ無理ですが……テツヤ様なら簡単なはずです!」
まあ、飛び級だし難しくて当然か。
それにしてもすごい信頼だな……。
「試験内容ですが、ギルドが用意する依頼を一件受けていただき、所定の時間内にクリアできれば合格となります」
「シンプルだな」
「ええ。受けられますか?」
「もちろんだ」
俺は用意された書類に必要事項を書き込み、提出した。
「試験日はいつなんだ?」
「最速で明日お受けいただけますが、ご都合が良い日で構いません」
「じゃあ、明日で頼む」
「承知いたしました!」
受付嬢はノートにメモを残すと、顔を上げた。
「それでは、明日お待ちしております」
俺はギルドの職員だけでなく屈強な冒険者たちの注目を浴びつつ冒険者ギルドを後にしたのだった。
◇
テツヤが去った後の冒険者ギルド。
今日の営業を終え、冒険者がいなくなった建物の中に一人の影が入った。
高級そうな黄金の鎧に身を包んだ若い金髪赤目の男。
名前は、ジーク・スティーラという。
「あの、もう営業は終了——」
「わかっている」
先ほどテツヤの応対を担当していたギルド職員の呼びかけを遮り、ジークはプラチナのギルドカードを取り出した。
「俺は、
「なんと、勇者様ですか⁉︎」
「ふっ、こんな辺鄙な村に勇者が来るとは恐れ入ったか?」
ジークは自分が偉いとでも勘違いしたような態度で鼻を鳴らした。
しかし——
「同じ日に勇者様が二人も来られるなんて!」
「は?」
「テツヤ様と一緒に来られたのですか?」
「……誰だ、そいつは。俺は知らん」
テツヤは勇者ではない。
そのためジークがテツヤを知らないのは当然である。
「勇者の名を騙った不届き者がいるとは……けしからんな」
「ああ、いえ! テツヤさんは頑なに勇者ではないとおっしゃっていたのですが……まさか本当に勇者じゃなかったとは……」
「ん? どういうことだ?」
「えっとですね……」
受付嬢はテツヤが『死の草原』の魔物を一人で倒し、買取を申し込みにきたことをジークに説明した。
「なに、たった一人でブラックドッグとケルベロスだと⁉︎」
「こんなの勇者様クラスの強さですよね?」
「あ、ああ……そ、そうだな」
ジークは一人ではブラックドッグを相手にする程度が精一杯。
ケルベロスを一人で倒したなど信じられないことだった。
だが、目の前に件の魔物の亡骸があれば嫌でも納得するしかない。
「サトウ・テツヤ……覚えておかねばならんな」
ジークはテツヤの名前を記憶に刻んだのだった。
「あの、そういえばご用件は……?」
「ああ、そうだ」
ジークはテツヤの件が衝撃的すぎて本題を忘れていた。
彼がわざわざセルビオ村に来た理由は——
「死の草原に関してわかっていることを全部教えろ」
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