夢をひきよせて

「………覚悟はできた?」



「うん………」



「いくよ………」



「うん…………!」



「おりゃっ!」



「うわっー!!やっぱ無理!!!」



そう言って目を隠しながらしゃがみこむ凛を

見てため息が出てきた。

このやり取りももう5回目だ。


「アイツらさっきから何やってんだ…?」


「さぁ……?」


何度も繰り返し行なわれる謎の儀式(?)に

やや注目し始めているクラスメイトがいる始末だ。


「凛。そんなことしたって結果は良くならないから安心して。」


「こういうときはフツー、"凛なら大丈夫!"とか"負けるな!しょげるな!凛!"って声かけるんじゃねーの?!」


「なんか初めから点数良くないって言われてるみたいでヤダ!」とよくわからない理由で駄々をこねる凛。


「はいはい。けど点数見ないと2つ目の条件クリアには絶対ならないよ。せっかくGemini禁生活を我慢してやり遂げたのに。」


「それは……そうなんだけど……でもやっぱ怖い!!!」


立ち上がったと思えば、うわ~んと頭を抱えながら崩れ落ちていく凛。


今の状況でこれなら、ライブチケットの当落発表を見るなんて到底できない気がしてきた。


「…あの勉強嫌いの凛があんなに頑張ってたんだから大丈夫だよ。もしこのチャンスを逃したとしても、別に一生ライブに行けないわけじゃないしさ。ほら、はやくしないとホームルーム始まっちゃうよ。」


さっき凛に言われたことを意識しながら慰めてみる。


「そ、そうだな……よし…………えいっ!」


おりゃー!と言いながら並べられたテスト達を全て裏返していく凛。

なぜかお~~!という声とクラスメイト達の熱い視線を感じるが……まあいっか。


「ど、どうだ……?!」


現代国語 63

言語文化 51

化学 69

生物 80

コミュ英 61

論理表現 65

数学 62

公共 71

歴史 86




「……うん。大丈夫そうだね。おめでとう凛。」


「え、え、ホント?!2つ目の条件クリア?!」


「そう。Geminiのライブチケット放課後にでも申し込もうか。」


するとプルプルと震えだし「や、やった〜!!」とガッツポーズをする凛。

まだチケットを申し込めるというだけなのだが、よほど嬉しかったのだろう。


「いくつか赤点取るかヒヤヒヤしてた教科あったから……もうめちゃめちゃ安心したよ……」


「軽く泣きそう」ともう既に涙ぐんでいる凛にはい、と2つのハンカチを差し出す。


「青と緑どっちがいい?」


「どっちでもいいわ!なんで2種類も持参してんだよ!!つーか、これで2人で生Gemini見れるかもなんだからもうちょっと喜んだりとかないの?!」


「だって今日午前授業だけだからどっちも使わなかったんだよ。」


「Geminiの話無視かよ!!」


きれきれのツッコミをテンポよく炸裂させる凛を「まあまあ」となだめる。

するとそのタイミングでチャイムが鳴り、担任が入ってきた。


「ホームルーム始めるから席つけよ~」


テストが終わりお疲れ気味なのか「ふわぁ~」と欠伸までして登場してきた担任を横目に俺は席に座った。


「ほら、凛も自分の席に戻れ。」


「わかってるよ!じゃあ、放課後モリオカ寄って帰ろうぜ。チケット申し込むんだから絶対先帰るなよ!」


「…了解。」


別に2人で申し込む必要はないと思うけど。という言葉は飲み込むことにした。



チリン チリーン


「いらっしゃいませ~何名様ですか?」


「あ、2名です。」


「2名様ですね。こちらのお席にどうぞ~」


家の最寄りからそう遠くない場所にある喫茶店のモリオカコーヒー。あんまりお客さんも多くないから居心地よくて、よく勉強をしにくることもある。


「ご注文お決まりでしたらお伺いしますが、どうされますか?」


お客さんが少ない故に、店員さんも俺達の顔を覚えているのだろう。

いつも注文しているものもさして変わらないので大体予想はつくが、一応凛は何頼むの?と聞いてみると「オムライスとオレンジジュース!」と案の定予想していた返事がかえってきた。


「じゃあそれとカフェオレお願いします。」


「オムライス、オレンジジュース、カフェオレをそれぞれ一点ずつですね。かしこまりました。」


ぺこりと礼儀正しくお辞儀して去っていく店員さんを見送る。

するとあることに気がついた。テレビなんてこの店に置いてあっただろうか。


「なんかそのテレビ最近起き始めたんだって。店長さんがこの前来たとき言ってた。」


俺の視線に気がついたのか、凛がそう答える。へーとなんとなく返事をしながらテレビについているニュースを眺めていると「今日のトレンド」コーナーが始まった。


最近テスト勉強で忙しく、あまりテレビを見ていなかったせいか知らないものばかり出てくる。そんな中1位になっていたのは…


「あ、Gemini!」


「…ホントだ」


昨日新しいMVが公開され、五大ドームツアーも間近にひかえたGeminiのことで今SNS上では大盛り上がりらしい。

新しいMVもちょくちょく流れながら今回のツアーの注目ポイントをアナウンサーが紹介している。



「すごいなぁ。こんなに注目されてるんだ……これはもうチケット勝ち取ってGeminiを見に行くしかねーな!よし、早速今から申し込もうぜ。」



「…………そうだね。」



胸の中で何かがつかえたような感覚に知らないフリをして、俺はテレビから目を逸らした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

織り成す勇気を すい @yuyu009

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ