覚めた夢を握って


音楽が好きだった。



全然知らない人が作った曲。

全然知らない人が書いた歌詞。


その人のことを何も知らないのに、

なぜか涙が止まらなくなる。



なんの関わりもない人間の心を

これ程までに揺さぶる根拠は

一体何なのだろう。



不安で眠れない日も、

悲しみに押し殺されそうな日も、



いつだって俺には音楽があったから。






…けど、もう思い出の中の話。



「なぁハル~~~!」


「うーん?」


目の前で机をくっつけて数学の小テストを

ぐしゃぐしゃに握っているのは、

他でもない俺の幼なじみ、夢里凛ゆめさとりん



期末テストまであと1週間。

Geminiの東京公演までは1ヶ月をきった。


今はまさにテスト勉強の真っ最中で、凛はいつもと比べるとかなり気合いを入れている。



……正直のところ、俺はあまりアイドルにも、Geminiのライブにも興味は無い。


音楽は人並みに聴いてる方だと思うけど、凛がいうパフォーマンスがどうの、ダンスがどうのっていうのはよくわからないし。



「あの先生絶対今日小テストあるって言ってなかった!!絶対忘れてた!!!」


「凛はよく寝てるから聞いてなかったんじゃない?」


適当にあしらわれたと思ったのかちがうっ!と必死に抗議する凛に笑いが込み上げる。


「まあまあ、そんなに怒んないでよ。今はその元気を俺や教師じゃなくて、目の前にある課題に向けるべきなんじゃないの?」


「うぐ……痛いところをつかないでくれ…」


凛の机には先週出されたテスト範囲までの

テキストが山のように積んであった。

あれほどためると後で痛い目みるよって

言ったのに……


「Geminiのライブ行きたいんでしょ?俺と。」


「なぜ今"俺と"を強調した…?」


「ちがうの?」


何か間違ったこと言ったかなと思いつつ

とりあえずニコリと笑ってみると次の瞬間

顔をガードしながら「ま、眩しい…!」と

訳の分からないことを言い出した。


「イケメンの余裕の笑み眩しいっす…」


「そう?ありがとう。」


凛は昔からよく俺の顔を褒めてくれるけど、

どこがそんなに良いんだろ。自分には皆目見当もつかないが、それで凛が喜んでくれるなら別になんでもいいか、と常々思っている。


「あー!もう今日はなんか集中できないし、そろそろ帰ろうよハル!」


「えーそれって俺のせい?」


「違いますケド?!あぁ、もう!

無闇にイケメン振りまかないで!」


「イケメンを振りまくって何……まぁいいや。

もういい時間だしね。」


教室の窓から見える外の景色はもう日がほとんど沈んでいて、太陽が空に溶けているみたいだった。


外で活動していた部活動生も片付けをし始めている。


軽く伸びをして疲れた体をほぐしながら、机の上に散乱していたプリントやらテキストやらを凛と一緒に片付け始める。

ふと覗いたスマホの画面に表示されている時間は18時半を過ぎていた。


母さんには遅くなるって言ってあるから大丈夫だろうと思いつつ、スマホをカバンにしまおうとしたときブーとバイブ音が鳴った。


特に大事な連絡の心当たりがなかったため、

どうせLIMEの通知音だろうと画面を覗き込んだことを後悔した。




《 〇〇〇:はるくん久しぶり!元気だっ… 》




それを見た瞬間

ひんやりとした何かがじわじわと体中に広がっていくのを感じた。

画面に表示されていたのはたしかに予想していた通りLIMEの通知だった。



ただその相手を覗いて。



「ハル…?どうかした?」


「え、いや……なんでもない………」



凛の声にハッとしてスマホをカバンの奥に

突っ込んだ。


「何か大事な連絡だったん?模試の結果とか?」


「いや、全然。ただの詐欺メールだった。」


不思議そうに俺を見つめる凛に

お得意の胡散臭い笑顔を向けながら

咄嗟に嘘をついた。


「ふーん……ならいいけど。あ!そういえばさ、今朝通りかかったら駅前のドーナツ屋で新作が出てたんだよ!ちょっと買って帰ろうぜ!!」


「うん。いいよ。」


やった〜!と大袈裟に喜ぶ凛に今はちょっとだけ感謝した。


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