第10話 犯人は俺?

大きな窓から日差しが差し込む気持ちの良い部屋で、俺は上品な服を着た厳ついカイルに詰め寄られていた。


「イジメられたのですか?」

「だから、何の事だよ。イジメられてなんかないよ」

「し、しかし、信用のおける者から報告があったのです!私の護衛がそんな事をしたのなら、私は責任を持って対処しなくてはいけません」

「大袈裟だな。その報告した奴が勘違いしてんだよ」

「しかし確かに!」


納得しないカイルに面倒臭さを感じていると、


「ねえ」


と、微かな声が聞こえた気がした。


カイルは途端に俺からすっと身を引き、

「失礼いたしましたランスロー様。まずは食事をしましょう」と、和かな笑みを浮かべ、そっと後ろを向いた。


カイルの後ろには白いテーブルクロスのかけられた丸テーブルが置かれ、そのテーブルの向こう側に、カイルの妻リリーシアが座っていた。

袖と襟元をレースで飾ったドレスを着て、人形のように座っていた。

ただ静かに俺たちをみていた。

俺たちは咎められたのだろうか。


「さあ。ランスロー様。こちらの席にお座りください。すぐ食事を運ばせます」

カイルは少し早口でそう言った。


俺たち二人が席につくと、扉の横に立っていた護衛の男が、扉を開けた

そこには料理を乗せた大きな盆を持った宿の使用人達が並んでいて、次々と入ってきては、緊張した面持ちで料理をテーブルの上に乗せていった。


真ん中に置かれた縁飾りのある大きな皿の上には、どっしりとしたパイが乗っていた。他には緑色のスープ、木の実を散らしたサラダ、大きな瓶から惜しげもなくグラスに注がれる果実酒だった。


「この宿の名物料理なのですよ。この辺りによく出る長い大きな角を持つ魔獣ホルンのパイです」と、カイルがパイを切り分けながら言った。


食べると、香ばしく焼けたパイ生地と優しい味のソースが、柔らかく仕上げた魔獣肉のクセをいい感じに包み込んでいた。

手の込んだ料理だろうに、素朴な田舎料理の味がした。


ああ、旨いな。こんな味は好きなんだ。


俺は無心に食べたかったし、リリーシアは相変わらず人形のような顔をして静かに食べ進めていたのだが、カイルだけは食べながらずっと話しかけてきた。


「それで、本当のところはどうなのですか?」


「だから何度も言ったけれど、イジメられてなんかいないよ」


何度も同じ返事をしているのに納得しないのだ。部屋の隅にはカイルの使用人や護衛が控えていて、何とも言えない目をしてこちらを見ている。


「しかし、信用のおける者から報告があったのです。あなたが護衛や使用人から酷いイジメを受けていると」


「そう言われてもな。だいたいイジメって、どんな事を言うんだ?」

イジメられた経験がないので、よく分からなかった。


カイルはナイフとフォークを置き、溜息をつき、話し出した。


「幾つかの事があったと聞いております。まずは護衛達です。巡回中、あなたをナイフで怪我させようとしたそうですね」


ナイフ?怪我?


「ナイフ投げはしたけど、怪我はしてないな」


「ナイフを投げつけられたのですか!?」


カイルは身を乗り出してきたが、俺は首をふった。


「いや、冒険者同士もよくする遊びだよ。相手に向かってナイフを投げる。投げられた相手は指に挟んで止めて、素早く投げ返す。それをまた指に挟んで止めて投げ返す。ナイフ投げが得意な奴とやると面白いんだよ」


俺は扉の横に立つ護衛の方へと顔を向け、「なあ!あれ面白かったよな!」と話しかけた。

多分、こいつともナイフ投げをやっている。俺は護衛全員とあの遊びをやったはずだ。投げ方が違うからわかるのだ。俺にナイフを投げた人数と、護衛の人数はピッタリ同じだった。

みんな下手くそだったけれど、今、護衛たちの間で流行ってるんだろうなと相手をしていたんだ。ほら、俺は割と付き合いがいい方だからさ。

こいつも俺と遊んだ事があるはずだ。


しかし、護衛は何故か目を逸らした。


「あれ?面白くなかったのか?まあ、お前達はあんまりナイフ投げが上手くなかったから、投げ返してこなかったもんなあ。でも、俺もかなり手加減して返してやったから、ちょうどいい感じで遊べただろ?」


護衛は目を逸らしたままだ。


どういう事だ?護衛を見ていると、革鎧の肩と胸の間辺りに、幾つもの刺し傷があるのに気がついた。


あ。もしかして。


「もしかして、俺が投げたナイフ、結構刺さってたのか」


護衛の男は素早く革鎧の刺し傷を手で隠し、ドアの反対側にいた別の護衛も同じ場所を手で隠した。


「あれくらい取れると思ったんだが、やりすぎたか。すまん。次からはもっと緩く投げるよ」


護衛の男達は、一瞬こちらを睨みつけ、そしてまた目を逸らした。

微かに手が震えていた。


あれ、何これ。もしかして、俺がイジメていたのか?


俺が戸惑いながら護衛を眺めていると、

「護衛のイジメの件は分かりました」と、カイルが低い声で言った。


 何が分かったの!?俺、イジメてないよね!ねえ!


「では、次に、従業員達から受けていたイジメについても教えてください」カイルはさらに低い声で言うけれど、そのことについても、全然心当たりがない。


「本当に何の事だか分からない」


「石を投げられていたと聞きました。食事の時です」カイルが俺を見つめて言う。カイルの隣のリリーシアまで、おれの事をぴたりと見つめている。


食事の時?石?そんな事あったか?思い出せ!思い出せ俺!


必死になって思い出そうとしていると、壁際にいた使用人達が、目を大きく開けて俺を見ているのに気がついた。その顔に見覚えがある。


ああ!


「あれか。食事場所に行く途中で」


「それです!」とカイルが叫び、使用人がぎゅっと目を閉じた。

「いや、あれは俺が石の投げ方を教えてやったんだぞ」俺は首を傾げて言った。


「ランスロー様が教えた?」

思いがけない事を聞いた時のように、カイルがポカンと口を開けた。


「ああ。あいつらの顔を見て思い出した。熱心な奴らでさ、石を投げる練習をしてたんだよ。魔獣のいる土地を旅するんなら、少しでも戦う準備はした方がいい。石は何処にでも落ちてるし、戦えない奴でも投げるくらいは出来るからさ、実戦に向けて練習しとくのはいい事だよ。でもあいつら下手くそでさ。威力が弱いし、全然狙えてない。俺の方にもぽんぽん飛んできたけど、もちろんかすりもしない。あんな投げ方じゃあ駄目だよ。だから投げ方を教えてやったよんだよ。なっ!」


なっ!と言ったのに、使用人達が目を逸らす。


何で!?俺が悪いの?拗ねてるの?


「大丈夫だよ。お前達は今は下手くそだが、俺が教えてやれば、少しぐらいなら上手くなる。上手くしてやる。だからそんなに拗ねるなよ、なっ!」


使用人達は、一斉に俺を睨みつけ、苦り切った顔で視線を逸らした。


なんで?


ふふふ、と小さな笑い声がした。


見ると、カイルの隣で、リリーシアが両手で顔を覆い、肩を振るわせ笑っている。


ふふふ。ふふふ。ふふふ。


リリーシアは笑い続ける。

パイを食べている時すら人形のようだったリリーシアが、人間みたいに笑っている。


カイルも、護衛も、使用人も、俺も、みんなでポカンと口を開け、笑うリリーシアを見つめていた。


あはははは!


やがて笑い声はぎょっとするほど大きくなり、突然ぴたりと収まった。


顔から手を外したリリーシアは、相変わらず人形のような顔をしていたが、目は人間みたいだった。


「皆、下がりなさい」


これまでと違うキッパリとした声でリリーシアが言った。


「カイルとランスロー様だけ残ってください」


カイルと俺は残された。

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長い長い最後の旅 雷雨 @raiu

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