第9話 イジメとはなんですか

 厳つい見た目と乙女な言動で、俺をちょいちょい納得いかない気持ちにさせるカイルが、自分の妻に俺を会わせたのは、思えば旅立ち直前一回きりだけだった。


「ランスロー様」


 あの日、露天の茶屋で甘くて辛いのを飲んでホカホカした地元民達からカイルの恋バナを聞いていた俺のところへ、カイルが妻らしき女性と共に訪れたのだ。


「私の妻を紹介させてください。リリーシアです」


 カイルは大切そうに妻の手をとっていた。俺も地元民達も、当然ニヤニヤしながら二人を迎えたのだ。


「リリーシア。こちらが新しく護衛を頼んだランスロー様です。とても強い方なのですよ。あなたの旅を少しでも安全にしたくて先ほど護衛をお願いしたところ、快く承諾していただけたのです」と、カイルは妻に嬉しそうに言った。


 カイルの妻リリーシアは、首元にレースのついた綺麗な衣装を着ていて、恋バナで聞いた通り、人形の様な顔立ちをしていた。二年前に十六歳でカイルと出会い結婚したなら今は十八歳か。しかし、もう少し幼く見えた。小柄なせいか?いや隣にいるカイルがデカいからそう見えるだけかもしれない。


 カイルは結婚した二年前で二十九歳だったなら、今は三十一か。でも四十一だと言われても、ああそうかと思わせる見た目をしている。なんなら五十一と言われても、へえそうですかと言ってしまいそうだ。幼く見えるリリーシアが隣にいるから、尚更カイルが老けて見えるのか。


 カイルは騙されていていつか捨てられるという地元民達の予想も分かる気がした。寄り添い立っているのに、二人は夫婦に見えなかった。何に見えるかといえば、お嬢様と護衛に見えた。


 リリーシアは俺よりももっと遠くを見ている様な目で俺を見て、人形のような声で「宜しくお願いしますわね」と言った。


 俺も地元民達も、もぞもぞした。何か俺たちを落ち着かせないものがあったのだ。




 あの日以来、俺はカイルにもリリーシアにも会っていない。避けていたわけでも、避けられていたわけでもない。カイルは移動中も忙しく働き、俺はぐーぐー寝ていたのだ。会う機会がなかった。


 しかし今日、おれはカイル夫妻と食事をするらしい。






 

 商隊が前日から滞在しているこの町は大きく、宿も何件かあった。俺は町に着いてもこっちの方が気楽だからと荷馬車で寝泊まりしていたが、カイル夫妻は町で一番大きな宿屋に泊まっているらしい。


 俺との食事も、その宿屋でするそうだ。


 約束の時間までおれは荷馬車の寝床でゴロゴロしているつもりだったが、いつも俺に食事を知らせにくる苦りきった顔の使用人の男が、わりと早い時間に現れ、俺を大きな宿に連れて行った。


 しかし入れと言われて入った部屋は、使用人用らしい小さな粗末な部屋だった。部屋の真ん中には湯を張ったタライが置いてあった。タライの横には椅子があり、椅子の上には清潔そうな服と手拭い、ちびた石鹸が置いてあった。


 なるほどカイル夫妻と食事の前に、どうにかしとけと言うことか。北の辺境伯のところでも、よく「そんな汚い身なりで閣下と食事をする気か!」「洗え!お前も服も全部洗え!」と言われたものだ。


 言われなくても気づける俺がタライの方へと足を進めると、後ろでバタンとドアが閉められた。


 振り返ると、閉められたドアの前に俺をここに連れてきた使用人の男が立ち、俺を睨み、「私は役立たずは嫌いですが、怠け者はもっと嫌いです!あなたの事は心から軽蔑しています!」と、言った。


 ほう。と俺は思った。ここ半年は受けた依頼に真面目に取り組んでいたので言われなかったが、何もしていない時には、「役立たず」も「怠け者」も、わりとよく言われる言葉だった。なんか懐かしいな。


 俺が懐かしさに浸っている間、使用人の男は長々と続けていた。


「恥ずかしいと思わないんですか!?皆が懸命に働いているのに、あなただけが一日中寝て食べて、何もせず賃金を受け取ろうとしているなんて!護衛として雇われたんでしょう?他の護衛の方達は、毎日魔獣や野盗を警戒して交代で巡回しているじゃありませんか!何故あなたは何もしないんですか!面倒な事を人に押し付けて、毎日寝てばかり!そんな事だからイジメをうけるんですよ!」


 ええ!?ちょっと待て!最後になんて言った?イジメを受けてる?イジメって何?俺はなんかされたっけ?


 聞きたかったが、使用人の男が「ぼーっと立ってないで急ぎなさい!旦那様方との食事に遅れるでしょう!」と、俺の服を剥き、ブラシを取り出し、俺を丸洗いしはじめたので、質問する隙がなかった。


 使用人の男は、ひどい憤りを感じているらしく、時々自分の目に浮かんだ涙を拭いながら、「あなたがちゃんと働かないから、あんな惨いイジメを受ける羽目になったのですよ!本当にひどい!あんな、あんなイジメを!」と言い続けた。


 あんなイジメって、どんな?!



 綺麗に洗われた俺が、この宿で一番豪華そうな部屋へ案内されると、奥にいたカイルが俺を見るなり、


「ランスロー様!イジメを受けていると報告をうけたのですが、本当ですか!?」と駆け寄ってきた。


 だからイジメって何!?

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