第8話 凄く愛された死体になった気分の俺

 怪しいと思っていた商人カイルは、それほど怪しくない商人だった。俺との約束も守る生真面目な商人だった。


 王都へ向かう商隊の長く連なる馬車の一つに、俺のゴロゴロできる場所をちゃんと作ってくれていたのだ。


 幌付きの荷馬車の中に用意されたその場所は、高く積み上がった荷物の横に開けられた、狭く四角く、ちょうど棺桶がすっぽり入りそうなくらいの広さの寝床だった。


 床には魔獣の毛皮が何枚か敷かれ、さらに体の上から被る用の毛皮まで用意されていた。暖かそうな棺桶だ。


 俺をその場所に案内したカイルには、「狭くて申し訳ありませんが」と申し訳なさそうに言われたが、カイルの後ろに控えた従業員風の奴らには、怒りのこもった目で睨まれた。


 出発直前の荷馬車に無理やり作らせた場所なのだろう。そりゃ大変だったんだろうな。


「充分だよ」と俺は言った。狭い場所で寝るのも好きなのだ。「毛皮まで敷いてくれて、ありがとう」


 カイルは嬉しそうに頷いた。「それは最近出回ってきた魔獣の毛皮なのです。雪の降る日は寝台に敷くと、暖かく眠れるのですよ」


「ああ、知ってる。これは暖かいよな」


 俺はそういうと、しゃがんでその毛皮を撫でた。この触り心地を知っている。きっと俺が狩った魔獣の毛皮だ。最後に狩った我が友かもしれない。お前は俺と一緒に王都に行くのか。


「いい毛皮だ。売り物なんだろ。俺が使ってもいいのか?」


「ええ。そこにあるものは全て私が個人的に買い取ったものです。王都の屋敷に飾るつもりです。久しぶりに会った方達に北の思い出話と一緒に披露しようと思ってます。次の冬には、暖炉の前に敷いて、妻の足を暖めてもらうのです」


 カイルはそういうと、少し俯き、右手の人差し指を自分の唇に当て、何かを思い出したように、ふふふ、と笑って、ぽっと頬を染めたのだ。


 たぶん妻の足先でも思い出していたのだろうが、なんだろうなあ、ごつい体で、むさい顔の男に宿るこの乙女な感じは。いや、別に好きに生きればいいのだが、なんだろうなあ、俺の心に宿るこの納得いかない気持ちは、なんだろう。





 


 俺の心を変に動かすカイルの商隊は、王都へ向かって進んでいった。

 俺は、俺の為に造られた狭い場所で、温かい毛皮に包まれて、幌の隙間から灰色の空や舞う雪を眺め、うつらうつらしながら運ばれていった。


 こうしていると、凄く愛されていた死体にでもなった気分になってくる。棺桶みたいな場所で、大事に運ばれている感じが、そんな気分にさせるのだろうか。


 俺は雪を眺め、毎日ぐーぐー寝て過ごし、大切に運ばれた。


 少しずつ体は癒されていった。








 そんな毎日を過ごしていると、幌の隙間から、ひょいと馬が覗き込み、その後ろからナイフが飛び込んできた。たぶん、商隊についている護衛のうちのだれかだ。


 真っ直ぐ俺の額に向かって飛んでくるナイフを、懐かしいなと思いながら指で掴み、昔と同じように相手の額に向かって投げ返そうとしたが、直前で思い止まった。


 昔この遊びを俺としていた冒険者は、ナイフ投げ一級の冒険者で、どんなに速い速度で投げても、必ず2本指でビシッと受け止め、すぐに投げ返してきたものだった。俺たちはこの遊びが楽しくて、キャッキャと言い合いながら何度もナイフを投げ合ったものだ。


 しかし、今回ナイフを投げてきた奴は、随分のんびりとした速度で投げてきた。このナイフを投げてきた相手は、それほど鋭い遊びを望んでないのかもしれない。俺は気の利く男なのだ。相手の額は狙わず、革鎧辺りにいい感じで突き刺さるくらいの速度で投げ返してやると、「うっ」と声がして、馬が立ち去る音がした。


 うっ、とはなんだろう。と、俺は考えた。俺がナイフを投げる速度が思ったよりも速すぎたのか、それとも遅すぎたのか。丁度良いというのは、難しいな。


 しかし、護衛達は交代でこの遊びを仕掛けてきたので丁度良かったのかもしれない。暇な俺は、いつでも相手をした。


 欲を言えば、もう少し早く投げて欲しい。その方が面白いのだ。







 食事時になれば馬車が止まり、苦りきった顔つきの使用人が俺を呼びにきた。長旅はつらいのだろう。同じように疲れているのか、やたらと睨んでくる護衛達の間を通り、鋭い目つきの料理人が焚き火の近くで鍋をかき混ぜているところに案内される。


 大抵、根菜の入った温かいスープと、香辛料をまぶして焼いた肉を薄く切り、それを何枚もパンの間に挟んだもの、それと甘い果物を渡された。


「旦那様方と同じものだ!」料理人は毎回そう言って睨んでくる。


 俺は礼を言って受け取ると、焚き火の近くでのんびり食べた。


 カイルが自慢していただけあって、食事はいつも旨かった。こんな野営の食事でも、上品な味がした。


 しかし。しかしだ。カイルの料理人の料理は、食べれば食べるほど、王都の『銀の牡鹿亭』の煮込み料理が恋しくなる味をしていた。たぶん、洗練され過ぎ、上品過ぎたのだ。俺が今食べたい料理は違うのだ。乱暴な感じさえするあの煮込み料理なのだ。


 旨い料理をしょんぼりと食べて、俺はまた荷馬車に戻った。




 北の辺境伯領を出て10日。わりと大きな町に商隊がついた翌日、カイル夫妻が俺を夕食に招待したいと言ってきた。

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