第64話 族長

眼下に望む小さな村があった。


本当に穏やかそうだ……。


だが、僕の状況は穏やかではない。


「こっちに来い!! 族長が会うそうだ」

「この縄を解いてくれないか?」


僕は手を縛られ、連れ回されていた。


後ろにはマリーヌ様も同じように縛られている。


なぜか、半笑いだ。


この状況を楽しんでいるのだろうか?


とにかく、この状況は面白ものではない。


周りは敵……かもしれないのだ。


くそっ!!


サヤサはどこに……。


「早くしろ!! 自称、魔王」

「僕はロッシュだ!! 魔王では……」


なんなんだ、ここのやつは。


全く、話を聞かない。


そもそも、なんなんだ……魔王って。


この辺りの伝承か何かなのか?


僕にとっては魔の王。


それ以上でもそれ以下でもない。


ただの作り話の産物だ。


王国にそんな得体の知れない者が現れたこともない。


存在自体も認められたこともない。


そんな訳のわからない人物にどうして、僕がならなければならないんだ。


とにかく……ここを脱出する方法を……。


……マリーヌ様。


「懐かしいのぉぉ」


駄目だ、この人は。


どうする……。


僕達を連れて歩いているのは年端もいかない二人の少年だ。


サヤサにどこか面影があるから、やりづらいが……。


隠し持っていた小刀でぶすっと縄を切った。


よし……。


このまま、マリーヌ様を抱えて……逃げれば……。


「ダメですよ。暴れないで下さい」


くっ……なんて馬鹿力なんだ。


身動きが出来ない。


「あれ? 魔王のくせに、これしか力がでないなんて……本当に魔王?」

「僕は一度たりとも、魔王を僭称した覚えはない! 君たちが勝手に……」


「お主は本当にバカじゃの。神孤族は獣人の頂点に君臨する種族じゃぞ。抵抗するだけ無駄じゃ」


そんなことは知るか……。


「ご主人様! 大丈夫ですか?」

「サヤサ……遅いじゃないか」


僕はサヤサの助けでようやく解放された。


感謝はしているが、勝手に里に飛び込んでいってしまったサヤサに怒りもする。


だけど……。


「この状況は何だ?」

「へへっ。なんでしょうか? 私の髪の色がこの子達には刺激的だったみたいで……」


サヤサの後ろにはたくさんの子どもたちが……。


平伏していた。


「どう言う意味だ?」

「前に言いませんでしたっけ? この髪の色……」


……?


僕が罰として与えた……いや、奴隷商の力で与えた銀色の髪だ。


それがなんだというんだ?


「私達が崇める神孤様の髪色と同じなんですよ」


そうなのか……。


しかし、こんなに効果があるものなのか?


「それで? 僕達はここでは歓迎されているのかな?」


されていないのは重々承知だ。


だが、交渉をして、なんとかイルス領と友好的な関係を築かなければならない。


それにさっきのマリーヌ様の言葉。


神孤族は獣人の頂点に君臨する種族。


この者たちと友好関係を結ぶためには少々の無茶も覚悟しなければならない。


だからこそ、サヤサに助けられた今でも、この村を離れることは出来ないのだ。


「どうでしょう? でも……族長は会うって言っているんでしょ?」


僕を縛り付けていた少年がサヤサの前で小さくなっていた。


「……はい」


「だそうですよ。族長が会うってことは少なくとも敵対的な意思はないってことです」


そうなのか……。


だが、油断は出来ないな。


「なぁ、お主。妾をいつまで縄で縛っておくつもりじゃ?」


ふむ……。


「サヤサ。君が案内してもらえないか?」

「えっ!?」


えっ!? ってなんだよ。


物凄く嫌そうな顔だな。


「あれか? 怖い人なのか?」

「えっと……怖くはないんですけど……会うといつも無理難題を言ってきて……ちょっと苦手なんですよ」


なんだ、それ。


族長はこの村を束ねなければならない。


村人にとっては少々無茶なことでも、村にとってはやらねばならないのだろう。


村を……いや、村人を思えばこそなのだ。


きっと、素晴らしい族長なのだろう。


「興味が湧いてきたな。是非とも、族長と会いたいものだな」

「やっぱり、ご主人様って変わっていますね」


なんとでも言うがいい。


これはきっと、人を率いるものだけが通ずる感覚なのだろう。


「さあ、行こうか」

「はい……」


僕は平伏している子どもたちを横目に族長がいるという館に向かった。


「まだ、付いてくるな」

「ええ。この里は刺激が少ないですから。お客さんが珍しいんですよ」


そうかな?


子どもたちはサヤサにしか、興味を持っていない様子なんだけど。


というか、どんどんサヤサから離されているような……。


「なあ、お主。妾を無視するのは構わぬ。だが、少し位、相手をしてもバチは当たらぬのではないか?」


……。


結構、固く縛られているな……。


さっきの小刀もないし……


「ごめんなさい。解けそうにもありません」

「そうか……ならば、これを使うといい」


……小刀、持ってたのか。


まったく……これなら自分で縄を解けるだろうに……


「マリーヌ様はどうして笑っていたんですか?」

「なんじゃ? 妾は笑っておらぬぞ?」


……そうですか。


惚け始めると、この人は何も話さない。


今回も同じなのだろう。


「僕から離れないでくださいね」

「おっ? お主、いい男じゃな」


子供に言われても、別に嬉しくないんだけど……


「妾はのぉ。ここに一度来たことがあるんじゃ」

「……」


「何か言わぬか!」

「……どうして、ここに? マリーヌ様はずっと王都にいたのでは?」


話を続けないといけないのかな?


「うむ。妾が王都に行ったのは王国が出来てからの話じゃ。ここに来たのはそれよりも前」


……信じられない話だ。


王国が建国したのは、今から500年前だ。


それよりも前って……。


「その頃の妾はとても綺麗な娘でのぉ。人間や魔族、獣人にまで好かれておった……」

「……」


「じゃがの、妾は呪われた。ある男によって……妾はその男と一緒に行動をした。独占欲の強い男じゃったなぁ」


一体、何の話をしているんだ?


恋愛の話?


「ご主人様。そろそろ到着します」

「ああ、ありがとう。本当に嫌そうな顔をするな」


「ええ、まぁ」


……えっと。


「マリーヌ様、恋話は後で聞きますね」

「恋話ではないわ! まったく……」


ここが族長の館か……。


うん、普通の家だな。


「お前が魔王か?」


僕はゾクッとした。


後ろから声を掛けられたから。


いつから?


誰もいなかったはずなのに。


「族長!!」

「? その声は……サヤサ! いつ、帰ってきたんだい!! って……その髪はどうしたんだい!!」


神孤族は銀色の髪に随分とご執心なようでした……。

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奴隷商貴族の領地経営〜奴隷を売ってくれ? 全員、大切な領民だから無理です 秋 田之介 @muroyan

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