第16話 君と僕の十二年

「ジュリア、貴様と結婚なんかまっぴらごめんだ!」

ショーン王子は初顔合わせの場でいけ好かない許嫁に婚約破棄を宣言した。

「だが、断る!」

そして却下された。


なんとか婚約を破棄しようと悪戦苦闘すること十二年。その間に色々な事があって、幼児が大人になって、そして思いも移り変わる。

ついに来た再婚約破棄の瞬間。王子の思いは……。


   ◆


 リバーシの盤面は無残なまでに白く染まっていた。そう、黒の陣地が染みにしか見えないくらいに。

 この王国の第一王子ショーン(七歳)は目に涙を浮かべ、震える手で握っていた駒を床に叩きつけて叫んだ。

「ジュリア、貴様と結婚なんかまっぴらごめんだ! 僕は婚約を破棄する! 貴様だってそのほうが良いだろ!?」


 彼の持ち駒は当然、黒。


 周囲のお付きの者たちがいきなりの宣言に右往左往する中……絶縁を宣告された対戦相手の侯爵令嬢ジュリア(六歳)はスクっと立ち上がり。


「だが、断る!」


 腕を組んで仁王立ちした可愛らしい令嬢は、王子の宣言を言下に却下した。


   ◆

 

 王家と大貴族の縁談が結ばれ、今日初めて行われた王子と侯爵家令嬢の顔合わせ。なごやかに始まったはずのソレは、最悪の事態に発展した。


 親に伴われての自己紹介の後に、少年少女が打ち解けるように設定された遊戯の時間。

 試しに始めたリバーシで、王子様は三回やってストレートに惨敗した。もう「惜しかった」なんてヨイショがむしろ嘲りに聞こえるくらいに無惨な内容で。

 フォローのしようも無くて側付きたちが黙りこくって三十秒後、王子が突然癇癪を起こして冒頭の宣言と相成ったのだった。

 だが、その直後に返す刀で令嬢が王子の婚約破棄を却下!

 怒り狂う王子と罵倒する令嬢。侍従たちでは場の収拾のつけようなんかない。

 混乱する侍女の急報でそこまでの情報を得て、現場のサンルームに駆けつけた王と侯爵が見たものは……。


 ひっくり返ったリバーシボードと散らばった駒。

 泣き喚いている王子。

 その彼を不遜な表情で睨みつけている令嬢。


 侯爵が思わず無言で額に手を当てたくらい、どうしていいかわからない壮絶な現場だった。




「……これは今、どういう状況なのだ」

 こめかみを押さえた国王に、ボロボロ泣きながら王子が訴える。

「コイツは……コイツが……僕は絶対コイツと結婚するのはイヤです!」

 親にすがる許婚を見て、令嬢は見下した顔で鼻を鳴らす。

「はっ、自分の婚約破棄も親に言ってもらわないとできないの!? なっさけない男ね!」

「ジュリア!?」

 慌てて侯爵が娘の口をふさごうとするが、少女は親の手をぺしっと払いのけて拳から立てた親指で床を指した。

「私、バカに指図される覚えはありませんのよ! リバーシ程度もまともに相手にならない能無しのコイツに、上から目線でつべこべ言われるなんて我慢なりませんわ! どうしても婚約破棄して欲しければ、ダメ男ならダメ男らしくちゃんと床に手をついて『どうかよろしく』とお願いすべきじゃないのかしら! ねえ、ショーン“ちゃん”?」

「お、おま……うわぁぁぁん、バカァァァァ!」

「バカって言う方がバカなんですわ! オホホホホ!」

 一つ年上なのに目下に見る嫌味に、口で言い返せず大泣きする王子。

 侯爵パパが明日から仕事に行けなくなっちゃうのも構わず嘲笑する令嬢。

 顔色が青を通り越して白くなっている王宮の使用人たち。


 もうお取り潰しの未来がまぶたに張り付いて卒倒寸前の侯爵。

 これ、どうやって収めたらいいのかと国王は自分が泣きたくなった。




「うわぁぁぁぁ! ちぃちぃうぅえぇぇぇ……!」

 息子に助けを求められ、国王はハッと我に返った。

 王子がすがりついたことで、この場の全員の注目が集まっている。七歳の王子は泣いてごまかせるが、三十二歳の国王にそんな手は許されない。

 今すぐこの場で、国の最高権力者っぽい巧い裁定を下さなくてはならない。タイムリミット今すぐの超難問とか、とんだ無理難題ムリゲーだ。息子の縁談は破談になるわ、いきなり管理能力を試されるわ、もう踏んだり蹴ったりの国王だった。

 

 王はゆったりとかがみこんで王子に視線を合わせる素振りの間に必死に考えをまとめ、王子の肩に手を置いた。

「ショーンよ、確かにジュリア嬢は相性が悪そうだな」

「ぜ、全然ダメです! 僕はコイツ無理です!」

「あっは! 王子様(笑)はとんだ根性無しね!」

「これ、ジュリア!?」

 今度こそ娘を抱き上げて口をふさぐ侯爵を見ながら、国王は侯爵令嬢の方にも聞いてみた。

「君は婚約破棄を拒否したそうだが、ショーンと結婚自体はしたいのかね?」

 少女は父親の手を無理矢理引っぺがすと、抱えられたまま憤然と叫んだ。

「冗談じゃありません、この〇〇〇〇(自主規制)と結婚なんかしたくありませんわ!」

 こちらもしたくないらしい。

「脳みその使い方もわからないこのバカにはもう、いいかげん愛想が尽き果てましたわ!」

 初対面から一時間で婚約者に見切りをつけた令嬢は、国で一番偉い人ショーンのパパに訴えた。

「ですがこちらから言い渡すのならともかく、何が悲しくて無能者に私が縁を切られなくちゃなりませんの!? 身の程知らずが思いあがった事を口走るので、却下いたしましたの!」

 口は達者でもまだまだ子供なジュリアちゃん六歳。父が抑えるのを諦めて、後ろで王に向かって土下座しているのに気がつかない。


 しばし考えた後、国王は泣きじゃくる王子に言い聞かせた。

「ショーン、おまえの気持ちはわかった。だが、確かにジュリア嬢が言うように勝てなくて癇癪を起こして婚約破棄では情けないぞ? ジュリア嬢に婚約破棄を認めさせたければ、おまえがジュリア嬢より優れていると見せねばなるまい。これから頑張って、ジュリア嬢に参りましたと言わせて見せろ。そうすれば婚約を破棄するかどうかはおまえ次第だ」

 要するに今すぐはダメよと言っているのだが……素直な王子は真に受けた。

「……わかりました! 僕はジュリアを打ち負かして、婚約破棄を認めさせて見せます!」

 鼻をすすりながらも拳で涙を拭く王子の頭を撫で、国王は令嬢の方にも確認を取る。

「ジュリア嬢も良いな?」

「承知致しました! 趣旨はなんですが、まあいいですわ! ……言っておきますけどボクちゃん? 私という壁が簡単に越せるとは思わない事ですわね、アーッハッハッハッハ!」

「お、おまえぇぇぇ! 僕はおまえなんかには負けないぞ!」

 国王にまで慇懃無礼なセリフを吐く、まるっきり悪役みたいなご令嬢は……後ろで死にそうな顔の父を顧みるべきだろう。


 子供をそれぞれ帰し、ぐったりしながら廊下を歩く王と侯爵。

「陛下、良いのですか……?」

 侯爵の問いかけに、王も気だるげに首を振った。

「今をごまかせればいいのだ。あの様子では、ショーンがジュリア嬢に勝るのも相当に時間がかかるだろう。そのうちに二人ともになる。王侯貴族の生き方が身についてくれば、自然とお互い立場をわきまえるようになるだろう」

「そうですな……」

 王族だの貴族だのという生き物は、自由に我を通して生きていけるモノでは無いのだ。子供のわがままを押し通せるものじゃないと、そのうちに理解できるようになる。

 と、パパたちは思っていたけれど……。


   ◆


 周りの世話係や騎士、さらには講師に招いたリバーシの達人に教えを乞いながら王子は頑張った。三ヶ月にわたって猛勉強し、ショーン王子は自信を持った。

「よし、これならジュリアに勝てる!」

 勢い込んでジュリアを呼びつけたら……彼女はチェス盤を抱えてきた。

「……はっ? えっ? チェス……?」

「リバーシはもう飽きましたわ。今はチェスを楽しんでおりますの」

 余裕綽々な小さな令嬢はふんぞり返って、呆然としている王子様をチラ見した。

「まあボードゲームは頭の地力が良ければ応用できるものですしぃ? でも、単純バカな王子様にはお難しいかしらぁ?」

「くっ……バカにするな!? やってやる!」

 ボロ負けした王子はチェスの名人を招聘するように侍従に申し付けた。


   ◆


 チェスの後に令嬢がはまったバックギャモン、将棋、人生ゲーム、囲碁、神経衰弱、ポーカー、ボードシミュレーションを次々我がものとし、もはやテーブルゲームならなんでも対応できると自信を付けた王子がジュリア嬢に会いに行くと……護身術を習い始めた令嬢は格闘技にハマっていた。

「……おまえ、この間まで『パックス・ブリタニカ』にハマっていたんじゃなかったのか?」

「貴族たるもの、家にこもってばかりではいけませんわね。心身ともに優れていなければ、民衆の上に立てませんわ! ……でも、甘ったれな王子様はお外で遊ぶなんて怖くてできないかしらぁ?」

「何を言うかぁ!」

 散々に殴られ蹴られ関節技で泣いて許しを乞うまでいたぶられた王子は、泥だらけで王宮に帰りつくと騎士団の指南役を呼ぶように申し付けた。


   ◆


 組み打ちにボクシング、柔術にムエタイ、マーシャルアーツを習ったショーン王子はジュリア嬢にそろそろ勝つことができそうになっていた。

「前回は惜敗したが万全に対策した。ふっふっふ、今日こそジュリアに床を舐めさせてやる!」

 久しぶりにジュリアを呼びつけた騎士団の武技場に王子が到着すると、すらりと背が伸びた令嬢は綺麗なフォームで木剣を振っていた。

「……おい、おまえはなんで剣なんか持っている?」

 成長期だからお互い背が伸びるの早いなとか、もう大人用の剣もサイズが合ってきたなとか、そういう感想はこの際すっ飛ばして。とりあえず王子は令嬢が武器エモノを持っているのが気になる。

 丸っこい童顔がだいぶ面長になって大人びてきたジュリア嬢は、これだけは変わらない見下した冷笑で王子の質問を一笑した。

「まあ、王子様らしい愚問ですわね! 貴族たるもの、文武両道でなくてはいけませんわ……まさか王子、格闘技だけ修めて“できたつもり”になった気でいたんですの?」

「なっ、甘く見るな!」

 防具越しとはいえ剣、槍、モーゲンスタンのどれでもボッコンボッコンにやられた王子は、担架で王宮に運ばれながら改めて令嬢を叩きのめすことを心に誓った。


   ◆


 こんどこそ念を入れ、騎士団が持っている武器ならどれでも人並み以上にできるようになった王子はジュリアと待ち合わせた野外の演習場に自信満々で到着した。

 ……到着した傍から、令嬢が馬で駆けまわっているのを見せつけられた。

「あらショーン様、アホ面晒してどうなされたの? ……もしかして、武術が自分一人の手が届く範囲なんて思い込んでいましたの? さっすが我が国が誇る間抜け王子ですわね!」

「……くっ、ジュリア、貴様……とでも言うと思ったか! はっ、乗馬ぐらい予想はついたわ! 俺とて王子の端くれ、馬に乗れない訳が無かろう!」

 と、胸を張って自分の馬を引き出してこさせたショーンの目の前で。


 シターンッ!


 ギャロップする乗馬の鞍の上にジュリアが、あちこちに設置された的を短弓を使い次々早射ちで射抜いていた。

「まあ殿下。上品に馬をさせるぐらい、五つかそこらの幼児でもできますわよ? 馬術を名乗るのでしたら、これぐらいできて当たり前ですわよね?」

「おまえのそれは馬術でなくて曲芸だっ!」


   ◆


 ショーンが対面に座るジュリアにディベートで勝つと、遠巻きに様子を見ていた廷臣たちが一斉に感嘆のため息をついた。


 男女の体格差で体術系が無条件にショーンに有利になってきた頃には、ジュリアの関心は勉強に移っていた。

 語学、数学、地理、物理。各種の基礎的な学問から農学、気象学、治水に建築など統治に必要な土木工学、果ては政治学や国際学。ジュリアの興味は果てしなく、それを後追いで凌駕せんとするショーンの苦労は筆舌に尽くしがたいものであった。

 そして、ただ学んで覚えただけでは打倒ジュリアにはとても行きつかない。勉強で覚えたことは理解して使いこなせなければ役に立たないのだ。

 引き出しに詰め込んだあらゆる学問、統計、雑学知識を駆使してジュリアと国政の将来像を討論し、毎回々々ボロ負けに言い負かされる。延々軽侮と面罵を浴び続け、自尊心を叩きのめされながら一歩ずつ距離を詰める日々は先が見えず永遠に思えるものだった。


 ……そして今。

 己の全てをつぎ込んで侯爵令嬢を言い負かしたショーンは、ついに彼女相手に一勝することができた。サンルームでリバーシをぶちまけてから、実に十二年目の事である。




 騒然とする中、静かに座っていた美しい侯爵令嬢は……そっと立ち上がると優美に腰を折り、王子に頭を下げた。

「お見事でございましたわ、殿下。よくぞここまで成長されました。殿下に追い越されそうになるたび種目を入れ替えごまかして参りましたが……もはや私めがかなうことなど何もございません。素直に負けを認めさせていただきますわ」

「負けを認めても上から目線なのだな……いや、よくぞ今まで付きあってくれた。さすがに間抜けな私にもわかっている、貴方が私を王太子に相応しく育てようと骨折ってくれたと」

 こちらも美丈夫に育ったショーン王子も立ち上がり、ジュリアに歩み寄った。

「貴方の叱咤激励のおかげで私も自信をもって父上に後を継ぎますと宣言できる。今までご苦労であった。ありがとう」

「もったいないお言葉でございます」

 侯爵令嬢は頭を上げると、豊かな胸に手を置いて微笑んだ。

「それでは殿下。さあどうぞ、おっしゃって下さい。ずっと言いたかった言葉を。そして是非とも、意中のお方と幸せになって下さいませ」

 十二年前に却下された婚約破棄。その続きをと言う侯爵令嬢に……王子は首を傾げた。

「君は何を言っている」




「……はっ?」

 頭脳明晰な令嬢は、しばしの空白の後に間の抜けた声を上げた。

「何を言ってとは……そちらこそ、何をおっしゃっておられるのか……」

「いや、ジュリア。意中のお方って、誰の事だ?」

「え? でも、殿下も十九歳。好きな方がどなたか……」

「君とやり合うのに必死だった十二年。呑気に女と遊ぶ時間があったと思うのか」

「……それを言われますと……」

 言われれば確かに。

 地頭で言えばジュリアの方が上。先を進んでいたのもジュリア。主導権を握っていたのがジュリアなので、追いかけるショーンに余裕があった筈がない。

「では、これからきっと素敵な方ができますわ」

「うむ、それなのだが」

 ショーンが宙を見ながら顎を撫でた。

「外国に年頃の姫は何か国かいらっしゃるし、宮中でも私はそれなりに女子人気もあるようなのだが」

 言葉を切ったショーンがジュリアを見た。

「いろいろ政治的な都合や派閥力学的なアレコレを勘案するとだな。先入観なく損得で考えると、父上の言う通り君が一番都合がいい」

「はいっ?」

「君の言う通り、他に好きな娘がいれば当然その方がいいのだが。勉学に一心であった十代の間、残念ながら浮いた話は全くない。そして今から探すとなると、ありもしない恋愛をわざわざ新しく探すより、政略結婚でいいんじゃないかという結論に達した」

 すでに十分近寄っていたショーンは、呆然としているジュリアの腰に左腕を回して右手で彼女の手を握った。

「そもそも能力を考えて選ぶのならば、ぼんやり生きてきたそこらの御令嬢より私を上回るレベルの君が一番ふさわしいだろう」

「それはそうですけど!? でも、殿下は私を嫌っていたでしょう!?」

「確かに最初は素で憎たらしい君が大嫌いだったが、成長させようと誘導しているのに気がついてからは“頭に来るけど有能なヤツ”に昇華した。誇っていいぞ」

「それはどうも!? でも、でもですね!」

 王子の腕から逃れようとジタバタしている令嬢が言い募る。

「王子が適齢期までに婚約破棄に成功すると踏んで、私にも人生設計がありましてぇっ!?」

「適齢期に間に合わせたのが誤算だったな。もうちょっと早めに打ち切らないと代役が用意できないだろう。もう今年にも結婚しないとという年齢で、今さら君以上の人材が出てくるはずが無いだろう」

「印象のマイナスゲージを合わせれば、他の人の手を握るって計算だったんです!」

「計算でやっているのが透けて見えていれば、罵倒されても意外と腹が立たないものだ」

「なんてこと!? ちょっと、計算違いもいいところだわ! 私、冒険者になるつもりなのに!」

「はは、『猿も木から落ちる』だな」

「私は笑い事じゃありません!」 




 王子が本気なのを見て取って、ジュリアも説得の仕方を変えることにした。

「じ、実はですね殿下。そもそも私、昔陛下と取引をしまして! 殿下を王太子に相応しい能力に鍛え上げたら、婚約を辞退してもいいとお墨付きをもらっているんです!」

「その契約、婚約辞退を申し出てもいいという文言だっただろう?」

「はい?」

「つまり、申請しても通らない可能性は考慮すべきだったな」

「だって殿下が婚約継続するなんて可能性は無かったんですもの! そんな細かい部分は覚えてません!」

「だとしたら私の解釈も通るということだな。残念だったな、申し出は却下する」

「くそう、頭が回るように育て過ぎた!」

 ショーンがニヤリと笑う。

「そして実は私も、君の父上と取引をしていた」

「えっ?」

「父上は婚約を継続したかった。そして私も冷静に考えると、君と結婚してもいいんじゃないかと思うようになっていた」

「……なぜ、そう思うようになったんですか?」

 令嬢の探るような視線を受け、王子は懐かしい思い出に浸るようにあらぬ方を見つめた。

「主に、子供の頃はチンチクリンだった君が第二次性徴期に理想的な顔とスタイルに成長しつつあったからだな」

「最低だっ!?」

 王子がチラッと流し見る方を少女が見やると、父親たちが祝杯を準備している所だった。

「君が婚約破棄前提でセカンドライフの準備をしているのはバレていたぞ。侯爵は『冒険者になんて絶対させません。協力して下さい!』と」

「お、お父様め……!」

「だから侯爵から君がどんな手を用意しているのか逐一情報が入っていた。おかげで私も予習ができて追いつきやすくなった」

「ずるい、カンニングだ!?」

 ジタバタ暴れる令嬢が父親に向かって叫んだ。

「お父様! 娘を売って良心が痛まないんですか!」

 侯爵に怒鳴り返された。

「貴族育ちの娘が『ヤッフー! 七つの海を股にかけるぜ!』とか言っているのを止めない親がいるか、バカ者!」




 侯爵令嬢は父を糾弾するのを諦めた。

「ふー……落ち着け、ジュリア。クールに、クールに行くんだ」

「貴族令嬢の気の静め方じゃないな」

 ジュリアは王子に向かってにっこり笑い、手を合わせた。

「あの、暴れないから離してくれませんか? その……お手洗いに行きたいんですけど」

 王子もにっこり笑って彼女に答えた。

「トイレに行くのはいいけど、宮殿の廊下と庭先、各門と城壁には近衛兵を蟻の子一匹通さないだけ配置しているからな? それと君が用意していた市内の三か所と郊外の二か所の隠れ家、馬三頭、馬車二台、港の快速船と管理していた手下十一人はすでに押さえているぞ? 父親の調査能力を甘く見るなよ?」

「クソオヤジィィィィィィッ!?」


 横抱きにしていた令嬢を、王子はあらためて正面に向け直した。

「そんなに嫌がるな、ジュリア。私だってこの十二年の間に色々考えた。考えての結論なんだ」

 王子はそっと令嬢の手を取った。

「君と私はこの十二年、本当に色々とあった。だからきちんと考え直したうえで、改めて君に告白させて欲しい」

 そう言うと……どんな令嬢でも一発で墜ちそうな、愁いを帯びた熱い視線でショーンはジュリアに囁いた。

「私は、毎日君の……吠えヅラが見たい!」

「くっそおぉぉぉぉぉ! 却下だぁぁぁぁぁ!」

「ハーハハハッ! よぉうこそ人生の墓場へ! さようなら自由な人生! いらっしゃいませ籠の鳥の生活! 狭っ苦しい息が詰まる宮廷暮らしを十二分に楽しんでくれたまえ!」

「い~や~だ~あぁぁぁぁぁっ! 貴方の人生に私を巻き込むな!」

「あきらめろ、どっちの両親もそのつもりで動いている! 今さら逃げられると思うなよ!?」

 令嬢が悔し涙を浮かべて吠えた。

「貴方につき合って潰れる、私の人生が可哀想だと思わないの!?」

 王子が真顔で叫び返した。

「君の小細工で青春がなくなった、私の人生が可哀想だと思わないのか!?」

「えええええ……」

「お互い様だな。そもそもこの路線は君が六歳の時に決まっていたんだろう? 今さら逃げられると思うなよ?」

 ジュリアの腰にまた手を回し、ショーンは抱き寄せる腕にグッと力を込めた。

「というわけで、当確一位だ、おめでとう」

 再び密着しそうな王子を細腕で懸命に押し返すジュリアが叫んだ。

「当選を辞退させていただきます! 貴方だってもうよりどりみどりなんだから、好きだって言ってくれるどっかの誰かと結婚なさって!」

 そんな嫌々言う美貌の令嬢に対し……これが言いたかった王子様は、満面のイイ笑顔で叫び返した。



「だが、断る!」

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婚約破棄のガラクタ箱 ~婚約破棄シリーズ短編集~ 山崎 響 @B-Univ95

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