時間と僕達のタンデム

高黄森哉

時間


「私達には時間がないと思うの」


 僕の隣にいる彼女が口にしたこの文章は、なにかの比喩だろうか。あるいは聞き間違えか。


「時間ならたくさんあるじゃないか。ないなら拾って来ればいいよ」

「違うの。これをみて」


 そこには、あまりに唐突に爆弾があった。中央モニターの数字が減り続けている。


「わあぁ。しかし、なんで犯人はわざわざ爆発までの猶予を教えたんだろう」

「見当もつかないわ。今分かるのは、私達がこれを解除しなければならない、ということよ」

「はたして僕たちである必要はあるのだろうか」

「分からない。だけど、警察を呼ぶには時間がなさすぎるかもしれない」


 確かに、その爆弾の数字を見る限り、爆発するまでに警察が来る可能性は薄そうだった。僕達は、警察を呼んだことがないので、警察が到着するまでに一体どれだけ時間がかかるか知らないが、ある小説によると無限にも感じられる時間らしい。爆弾には数字がカウントダウンされているので、つまり僕達には有限の時間しか残されていないということになる。


「爆弾なんて置いて、逃げればいいじゃないか」

「でも」

「でも、なんだい」

「これは突然現れた爆弾なのよ。私が台所でお皿を洗ってる時は確かになかったの。それに窓も扉も全部、きちんと閉め切ってる。だから、これは突然現れる人知を超えた爆弾なのよ」

「そうかもしれない」

「もしそうなら、この爆弾が地球を粉々にしてしまうエネルギーを蓄えている可能性もあるかもしれない。なぜなら、この爆弾は人知を超えた存在なのだから」

「それはわからない」

「もしそうなら、私達しか地球を救えるものはいないの」


 それはどうかわからない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


「じゃあ、とりあえずやって見よう。失敗したら失敗したで、その時に警察を呼べばいいと思う。仮に僕たちのせいで爆弾が爆発して沢山の死者が出ても、それは犯人のせいであって僕達の責任ではないから、罪に問われることはないと思うよ。ねえ、インターネットで都合よく、爆弾の解除の仕方が載っていたりしないかい」

「待って。あったわ。私の指示に従って」

「分かった」

「まず、レンチを持ってきて」


 僕は、レンゲを持ってきた。


「レンチでネジを回して」


 レンゲは、ネジの頭の上でツルツルと回った。レンゲはネジを回すにはまるで適していないようだった。


「それ、もしかしてだけど。レンゲじゃない」

「そうだよ。これは紛れもなくレンゲだよ。でも、もしかしたら違うかもしれない」

「ねえ。何度も言うけど私達には時間がないの。遊んでる暇はないの。私はレンチっていったの。レンチって知ってる」

「知ってる」

「私が持ってくる。そして、私がやる」


 彼女は、彼女の言った通りレンチを持ってきた。彼女が爆弾の解除をし始めたので、僕は居間でバラエティー番組の続きを見ることにした。


「ちょっとねえ。私が爆弾を解除してるのに、あなたはなにもしないわけ」

「出来ることがないからね」

「時間を数えててよ。時間は数えると遅くなるの。時間を数えなかった場合、十分は十分で過ぎ去ってしまうけれど、時間を数えた場合は十分は十分の重みをもつのよ。なぜならそれはちゃんとした十分だから。それに、あなたが横でテレビを見ていると、普段よりも軽薄に時間が過ぎてしまう気がするの」


 僕は爆弾を解除する彼女の横で時間を数え始めた。確かに、時間は人が見ていないとさぼってしまう。そして、その怠けていた時間は人が見た瞬間、辻褄を合わせようとする。でも、それはいい加減だから観測者には違和感として引っかかる。そんなに時間が過ぎていたのか、といった具合に。グリニッチ天文台の時計が狂わないのは、おそらく常に観測されているからである。


「逆向きに数えていこう。十になったら次は一にする。もし、どれだけ時間が過ぎたか知りたかったら、一と十の間を往復した回数と今の数字を足せばいい」

「どうしてそんな回りくどい手順にしたの」

「じゃあ始めるね。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。一、二、三、四、五、六、七、」

「ナナ、じゃなくて、シチ、でしょ」

「シチ、でも、ナナ、でも同じ意味だよ」

「それは方言よ」

「そっちが方言かもしれないじゃないか」

「そんなことはどうでもいいの。大切なのは、私の感覚が狂わないようにすること。もし、私の時間間隔があなたによって狂わされたら、予定よりも早く爆弾が爆発してしまうかもしれない。もしそうなったら、私達は逃げることや、逃げるための予定を組むこと、また、逃げるための予算を稼ぐためにオーストラリアまで出稼ぎに行くこと、が出来ないかもしれないじゃない」

「仮に逃げるとして、オーストラリアで稼いだ後どこに行くんだい」

「私は東京がいいと思う」


 僕は爆弾の表示に目をやると、僕の数え方で、ちょうど七から八に上がったところだった。


「ねえ、いまいくつ」

「十だよ。今、一に変わった」

「ねえ、じゃあ今、いくつなの」

「三だね。でも、たったいま、四に変わったから、今は六だよ」

「一体どれなのか、はっきりしてよ!」

「今は、十だ」

「私たちは、時間を追いついたり、追い越したりすることは、出来ないのかしら」

「そうかもしれないね。それは、ドリフトの追走のようなものなのかもしれない。僕達は時間の最先端にいる、というのはまったくの錯覚で、本当は、そのすぐ後を走ってるのかもしれない。ぁあああ」


 彼女が僕の話の最中に欠伸をしたから、僕もそれにつられて欠伸が出たのである。ぁあああああ。


「今日、私、疲れていると思うの」

「そうだね。今日、君は疲れてるね」

「だから爆弾の解除は、また明日でいいと思うのよ」

「でも寝ている間に時間が進んでしまうかもしれないよ」

「寝ている間に時間が進んでいると、あなたは思うの?」

「うん」

「私は思わない。きっと時間は私が起きるまで寝ていて、私が起きてから大慌てで朝の時刻までジャンプするのよ。だから厳密には、その間、時間は進んでいるとはいえない。見かけ上、進んでいるように見えるだけ。それは飽くまで見かけの話だから本質は違うのよ」

「じゃあつまり、僕達が寝ている間、時間は止まっているのかい」

「なによそれ。それじゃあまるで、時間が死んでるみたいじゃない。違う、時間は寝ているの。もし、時間が死んでしまったら大変だわ。それはまるで、時間が止まってしまうようなものよ」

「じゃあ時間が寝ている間、僕たちはどうしているのかい」

「私達も寝ているに決まってるじゃない。ねえあなたも、疲れてるんじゃない。今日は早く寝た方がいいわ。お風呂は明日の朝に入ればいいのよ」

「そうかもしれない。お休み」

「お休み」


 そして朝が来た。普段通り、彼女とシャワーを浴び、洗面で顔を洗い、コーヒーを飲み、トーストを焼いて、ニュースを見て、それから服を着替えて、ふと時限爆弾の表示を見にいくと、ちゃんと数を刻んでいた。僕達が寝ている間も、ちゃんとその分だけ時間は進んでいたのだ。

 つまり僕達がどのように問題をごまかそうと、また見て見ぬふりをしようと、先送りにしようと、正しく時間は進んでいるのである。どれだけ巧妙にやろうと無駄だ。僕は逆順して数えていた時間を、最後に正しい向きで数えてみた。


 さん、にい、いち。

 ドカン。




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時間と僕達のタンデム 高黄森哉 @kamikawa2001

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