第15話 ラーメンイケメン

◇◇◇



さて、我が家のバカっぷりをさらけ出すのはこのくらいにして。



学校では相変わらず幻のメイド探しが行われていた。



「いないっ!どこにいるんだ俺のメイちゃんっ」


「め、メイちゃん?」


紅太が叫んでたので問えば、



「幻の美少女メイドだよ!メイドだからメイちゃんなんだ、な!」


「おうっ!今日もメイちゃん探すぞーっ」


「うぉおおおおっ」



…熱くなってしまったクラスの野郎共。



昨日はどうやらコンビニの防犯カメラを捜索したらしい。


クラスにあのコンビニで働いてた奴がいたそうで、店長に口利きしたそうだ。



「ど、どうだったの…?」



恐る恐る聞いてみた。


よくみれば僕とバレてしまう程度に、ゆーちゃんことメイちゃんは似ている。



「画質がむっちゃくちゃ悪いんだよ!ひどくない?」


「くそぅ…俺の見たものを念じて皆に見せてやれれば…」


「厘介がやむことない!ほら、似顔絵をがんばって描くんだ!」



…わあ、事態はどんどん可笑しな方向に行ってるみたいだ。



書道を選択している厘介の描いたゆーちゃんは、ムンクの叫びにそっくりだったが、それを参考に捜索することになったらしい。


ちなみにあまり乗り気でない僕を怪しむものはいなかった。



「お前には百瀬だもんなっ」


「玉砕するまでは応援してやろう。玉砕したら潔く諦めてこそ男だ」


「メイちゃんに心動かせられるなよ」



「うるさいっ!」





朝っぱらから騒ぐ男共に苦笑しながら、鞄をまさぐって気づいた。



「あああっ!弁当わすれたっ」



手に当たるはずの堅い感触がないっ!


僕としたことが、学生の命である弁当をわすれてしまった。


購買を選ぶことができるが、あの激戦の地はチキンな僕には苦手な場所だ。



うわあ、嫌だなあ…ゆーちゃんになったらいっそ楽なのにな…




「弁当?今日ないじゃんっ!」



紅太が当たり前のように言うので、首を傾げた。



「…な、ないじゃん?」


「午前中だけだろ。忘れてたのか?」


「受験生のなんちゃらで」


「ああ…」



色々と記憶が抜けてた。


今はそんな時期で、しょっちゅう午前中のみになる。



母さんは覚えてたか、“僕”に確認したのか、朝弁当を渡さなかった…と。



ぼんやりと思考を巡らせていると、紅太が思い付いたように言った。




「なあ!今日時間ある?

一緒に昼飯食おうよっ」




無邪気な笑顔で言われ、ちょっと困惑。


最近付き合い悪いって言われてたみたいだしなあ


行きたいには行きたいんだけど。



“ニョタ化する前ならいーんじゃね?

器だからって友達付き合いまでは縛んねーよ”



まだ屋上に行ってなかったらしいアカネがそう言ってくれた。


お墨付きも出たことだし、久しぶりに遊びに行ける。




「いいよ、行こう!」



「わーい!柚螺OKだって、厘介っ」



ムンクの叫び2号を描いていた厘介も顔をあげて、嬉しそうに笑ってくれた。





◇◇◇




行き先は前々から行こう行こうと言っていたラーメン屋さん。



県境に近い駅前にあるらしく、ちょっと遠かった。



ずらりと行列ができていて、待ち時間は30分程度らしい。



「すごい混んでるなあ…そんなに美味しいのか?」


「超上手いんだって!開店して5年ぐらい経ってるんだけど、ここ半年で味や評判がガラリと変わったらしーよ!テレビも取材に来たらしいし!」


紅太が嬉しそうに説明してくれた。


そんなに美味しいのかー、と期待していると、厘介がこそっと耳打ち。



「…行列をよく見てみろ」


「え?」


「…女ばっかりだろ」


「あ…!」



本当だ。


ラーメン屋なんて、あまり女同士で来る場所じゃないのに女ばっかりだ。


行列だけじゃなく、店内も女の割合が高い。


しかも皆ガッツリメイクで、干物女とかじゃない。



「な、なんで、」


「店員がイケメンらしい」


「あー…」



女、恐るべし。



“や、ゆーちゃん。お前も女だろ”


“ラーメン…た、食べたいかもぉ…”



中にいるアカネと、雀の姿でバレないように足元にいるスズが反応した。


スズちゃん、今度友達と来てない時ね?


“柚螺の意地悪っ”


拗ねて嘴でスニーカーをつついてきた、ちょ、地味に痛い。




なんやかんやで行列は進み、食券を買ってカウンター席へ案内される。


トンコツが売りらしいから、素直にトンコツラーメンにした。



三人揃ってカウンターに座り、水を注いでくれた店員さんに食券を提出。




「ラーメンは太麺と細麺が選べますが」



「ああ、じゃあ太め┈┈」




流暢に答えてしまい、固まった。





小さく結ってある長めの黒髪。



店の制服であるTシャツで隠しきれてない、均等の整った筋肉。



切れ長のゾッとするほど冷たい真っ黒な瞳┈┈┈。




「…こ、黒庵さ、」



“だ、だありん…”




アカネの最愛の人で、鳳凰の黒を司る黒庵さんだった。



パクパクと口を開きっぱなしにしている俺に、ピクリと反応する黒庵さん。



「…あ?てめぇどっかで……」



クン、とにおいを嗅ぐような仕草をして、ニヤリと笑った。



「ああ……お前あのメイドっ娘か。霊力がおんなじだから隠しても無駄だぜ?」



「しーっ!しーっ!」



「へぇ……何?昼間は男なの?両性具有?胸ペッタンこじゃねぇか」



「だーかーら!静かにお願いしますよ黒庵さんっ!」



「…!?柚螺まさか噂のイケメン店員と知り合いー!?」



「えっ…?あ、まあ…そんな感じっ!」



そっか、この人が噂のイケメン店員なのか。


確かに、女子が放っておかない見た目ではある。



ラーメン屋で働いてたんだ…。



「太麺な、了解。


ああ…丁度いい。おめぇ、あいつらどうにかしてくんねぇ?

朝からずっと居座ってやがんだ」



クイ、とカウンターの一番奥を指差した。


視線をそちらに向けると、二人の見知った顔が。




「み、ミサキくんに宮下さん…」



「…柚螺殿がまさかこちらにいらっしゃるとは…」


「あああ!恋敵!」



違います。


スーツ姿でなぜか恥ずかしそうに視線を逸らしたミサキくんに、羽やらなんやらを完全に隠してただのおっさんとなった宮下さん。


異色なコンビの前には、器が大量に並んでいる。



朝から居座って食べてるのか…。



「ちょっとごめん。あそこにも知り合いがいたから挨拶してくる」



「ん、了解。気にしないでいいよ」


快く了承してくれた厘介たちを尻目に、ミサキくんのもとへ。




「なんでミサキくんがいるの!?宮下さんまで!」


「実は、昨晩宮下殿に呼び出されまして。『黒が働いてる店がわかったから、朝イチで行こう』と言われ、現状に至るのです」


「だってのぉ、黒にどうしても思い出して欲しくてのぉ…

ちょいちょい朱いのの話を振って絡んでを繰り返しとるんじゃ。

おぬしもやるか?」



「天狗も暇ですね!」



そんなので思い出す訳あるか!


昨晩、仕事の用事があると言っていたのは、御先としての仕事の用事があるということだったのか。



「ところでスズちゃんはどこじゃ?」



「外にいますよ。僕友達と一緒なんで雀の姿で…あ、行かないであげてくださいね、可哀想なんで」



「いいや、行くもん。行ってスズちゃんとご飯食べるのじゃぁあ!」


…ご飯か。


スズ食べたがってたし、それならば人間の姿で食べさせてやっていいかもしれない。



なんだか濃いメンバーと会ってしまい、疲れた。


アカネに至ってはさっきから気配を完全に消していて、籠っている状態だ。



「柚螺殿はたまたまこちらに?」


「うん。友達が行こうって言うから」


「…なるほど。では私たちのことは気にせず、御友人たちのもとへ行って下さい」


「ありがと、ミサキくん」


スズちゃーんっと奇声をあげながら外に飛び出して行った宮下さんと違い、男前過ぎるミサキくん。


それをじっと黒庵さんが見ていた気がしたけど、気のせい…だろうな、やっぱり。


席に戻ると、隣の厘介が意味深に見つめてきたので笑って答えた。



「いやあ…変な知り合いで」



「…何の関係?お前があんなイケメンと接点があるなんて初めて聞いた」


「俺も!スーツ姿のイケメンに、今話題のラーメン屋のイケメンなんて…」



「ミサキくん…スーツの方が…し、親戚?なんだ。

黒庵さんはミサキくんの主人…じゃないや、えと、友達で」



「親戚と親戚の友達ってことか。店飛び出したおじさんも?」



「…し、親戚…」



しどろもどろに嘘をついた。


“お前嘘下手なー。ゆーちゃんのときは結構うまいのに。あれか?女のときはしやすいのか?”


…そうなのかも。


と、いうよりゆーちゃんの時は存在そのものが嘘だから、終始嘘をつかざるをえない状態だ。


だから嘘のピックアップもそれなりにある。


しかし柚螺のときは不意打ちがほとんどで、誤魔化すネタもあまりない。


結果、嘘が下手になってしまうのだ。



「お、来た!厘介も柚螺や俺みたいにトンコツにすりゃあよかったのに」


「俺は今日はあっさり塩な気分なんだよ」



ラーメンが来たので受け流すことができた。


ほかほかな湯気から、美味しそうな匂いが漂う。



…黒庵さんがここで働いてるのは、鶏ガラじゃないからなのかもしれないと、少し思った。




「こ、黒庵さんっ」



「…あ?」


女の子にうっとりと見つめられていた彼がふらりと振り返る。


女の子たちに睨まれ怯みそうになるが、ちょっと聞いてみた。



「ここ、鶏ガラスープって使ってるんですか?」


「…ここは一切使ってねぇ。前は使ってたんだが、俺がやめさせた」




「な、なんでやめさせたんですか?」



「……嫌ぇなんだよ、鶏ガラが」



吐き捨てるように言った黒庵さん。


やはり彼は、本能的に鳥を食すことを避けている。


理屈ではなく、感覚や本能で。



「珍しいな、お前の親戚の友達。鶏ガラが嫌いなラーメン屋って…」


「まあいいんじゃん?魚介風味の塩ってゆーのも不味くないし…うむ、あっさりしててうまし」


「あ!紅太勝手にスープ…お前のも寄越せ」


「間に僕を挟んで争うなー…」



はしっこ同士が争い始めたので、真ん中の立場がなくなってしまった。


ズルズルと麺をすすってみると、見事にトンコツだけのスープの香りが口内で広がった。




◇◇◇



食事が終わり、さあ行こうかという時だった。



「恋敵!」



店内の注目を浴びながら、宮下さんが入ってきた。


「あ…柚螺の親戚だっ」


「恋敵?」


「宮下さん、その呼び方は止めて」


俺の友人が怪しんでるから、ものすごい怪しんでるからっ。



「じゃあ人間?」


「もっと怪しまれるから!」


「じゃなくて、スズちゃんがいないんじゃが」



見事な髭を撫でながら、うーんと宙を見上げた。


「スズがいない?や、そんなわけ…


ごめん、ちょっと待っててくれる?」



「ん?あーOK」



紅太たちに断って、店の外に出た。


ぴゅう、と寒さが容赦なく襲ってくる。




「スズー!」




叫んだ。


こうすれば、大抵そこら辺を飛んでても帰ってくるのだ。



が。



「な?いないじゃろぉ?」



「…可笑しいなあ」



“指笛は?”



アカネに言われ、指笛を吹いてみる。


甲高い音に振り返るひとが何人かいたが、きにしない。



…やはり、反応がない。



“…スズが指笛が届かないほど遠くに行く?いやそんなわけ…

アイツはいつでも私の周りを彷徨いてたし、現に山でだって…”


山でもスズは指笛で来た。


主人が大好きなスズが、聞こえないほど遠くに行くとは思えない。


状況がようやく追い付いてきた僕は、どんどん顔色を変えた。


それを察知したアカネが、現に戻すように俺の名を呼ぶ。



「…僕が、スズから目ぇ離して友達とい“違う”



ピシャリと言い放った。



“アイツはそーゆー奴なんだ。しょっちゅうラチられる”



「そーゆー奴ってっ…

違う、これは人害だ!僕が、僕がっ…」



┈┈泣きたくなるほど怖かった。


自分の不手際でスズを失うのが、どうしようもなく。



僕には責任があった。


器という生き物になっていて、それに伴いできた仲間に対する責任が。


なのにそれを忘れて僕は。


スズが危険なめにあってるというのに、僕は…。



“違うよ、柚螺。

本当に、お前のせいじゃないんだ。


お前に責任は一切ない。こっちが勝手に巻き込んでるだけなんだからさー”



「アカネ…」



「その通りじゃ柚螺。

お主のようなうら若き小僧が、責任など口にするものではない」



凛とした声が背後から聞こえ、振り返る。



「お主はちと背負って状況を受け入れすぎるところがあるな…歯向かうという事も覚えるべきじゃ。


今がそのとき、というべきか」



悠々と靡く紺色の髪を軽く抑えながら、町中に沸いたように――鳳凰のリーダーたる鸞さんが立っていた。


金髪の苑雛くんを大事そうに抱き抱えたOLは、街中ではちょっと浮いてる。



“鸞!?”


「鸞さん…!」


「青いの…なんで、」



各々が驚くなか、ふっとニヒルに笑った苑雛くん。


子供に似合わぬ、知性に満ちた笑みに恐怖を覚えた。



「スズがやられたらしいね、アカネ」



“……やられた?”



「うん。我が主のオフィスに手紙がきたみたいなんだ――犯人から」



皆が息を飲んだのがわかった。



犯人から?


自ら?



ならば、それは…




“何が要求って言ってんだ?犯人は”




┈┈┈┈見返りを求めた誘拐になる。




「我が主、ちょっとおろしてください」


「ああ」


そっと優しくおろして、苑雛くんに一枚の和紙を渡す。



「ロッカーに入ってたんだって。とんだラブレターだよ」



和紙でできた封筒をぴらぴらと渡してくれた。


墨で星がかかれていて、封の代わりだろうか。


破ったあとがあって、そこから手紙を取り出す。



「……え」



そして、絶句した。






「よ、読めない…」




達筆すぎて、なにがなんだかさっぱり。


みみずみたいにウニョウニョした文字が並び、え?なんて書いてあるのこれ?状態だ。誰だよ日本語変えたの。



「……おにーさん、ボケないでいいから」



「…な、なあにぃいい!?」



後ろから宮下さんの悲鳴が聞こえた。


読めたんだ…。



「な、なんて書いてあるの?」




「『偉大なる鳳凰へ。


朱雀を十二天将に返してくれ。

どうしても嫌ならば、鳳凰自ら取り返しにこい。


ただし現在私は、十二天将として朱雀を扱っている。


言い換えれば私のものとして扱っているということ。


何があっても不思議じゃないことを忘れないでほしい』」



「十二天将って、確か…」




「うん、犯人は安倍晴明だよ」




相変わらず、笑ったまま答える。



中のアカネが息を飲んだのがわかった。



「死んだんじゃ、」



「うーん…復活しちゃったみたい。

復活、なんていうと陳腐だけどね、本当に復活したみたいなんだ。


もちろん┈┈┈誰かの手によって」



「ミサキ、お主の霊力探知も大したものじゃな。

当たっているぞ?その変な匂いの正体が安倍晴明じゃ」



「……お褒め頂き、光栄です」




“ちっ…やっぱり珠狙いかよ”



「うん。だけど向こうはまだ分かってないみたいなんだ。

珠を持つ黒龍が僕たちのお父さんってことが」



「どういうこと?」



「彼は僕たち鳳凰に来るようにいった。

珠を持つ黒龍ではなく、鳳凰に。

たぶん僕たち鳳凰と黒龍が仲良しくらいにしか認識してないんじゃないかな。


て、ゆーか。そうじゃなかったらおかしいよねぇ。


あの人がみすみす孫の存在を言うとは思えないし┈┈┈なにしろ相手は“人間”」



はい、と手紙を鸞さんに渡す。


笑顔でそれを受け取って、宮下さんを仰ぎ見た。



「人間ごときがいきがりおって。なあ宮下?」



「……」


スズちゃんスズちゃんと騒ぐ彼の雰囲気が変わっている。


今にも羽が生えてきそうな、殺気だっているという感じ。



“鸞!黙れ!お前っ…”


「黙るのはアカネじゃ。お前の声は宮下には聞こえんのじゃから。


宮下、相手は人間だぞ?

安倍晴明と名のついただけの、人間じゃ。


のう、誇り高き烏天狗よ?」



“鸞!”


何が起きてるのかわからない。


鸞さんは何かを狙っていて、それをアカネが制してるのはわかるけど…。



「また、黙って見てるつもりか?

スズが殺されていくのを、指を加えて見ているつもりか?」



「まさかっ!」



「ならば闘志を誓え。鳥の、空の長であるわらわたちが、お主に敵討ちの許可を与えよう」



“鸞!言ってんだろ、宮下には平穏に暮らして欲しいんだ!

無理して血に染まる必要はない、なあ宮下!”



よく、わからないけど。


平和を望むアカネは、宮下さんにはほのぼのとスズを追いかけまわす生活を送ってほしいんだ。


血に染まって悪魔みたいになった宮下さんを見たくないんだ。



それは、僕も見たくないけど。



意味がわからない僕には、なんにも口出す権利はない。


ただ、成り行きを見守るだけで。



「┈┈┈鸞さま。わしに、安倍晴明を討たせてください。


両親、兄弟、友達、村を殺した安倍晴明を、殺させてください」



「よい。許可する」


“どけっ、柚螺!”



ふっ、と呼吸が急にできなくなり、体が浮くような感覚になる。


アカネがまた勝手に体を乗っ取ったのだ。



そしてアカネは、僕の体を使って鸞さんにつかみかかった。


鸞さんの開けた真っ白なシャツを掴み、至近距離になる。




「鸞!てめぇふざけんなっ!」




「朱いの…か?」


呆然とする宮下さんに、してやったりな顔をする鸞さん。


修羅場な状況、である。



「…柚螺、こいつ┈┈┈宮下はな、家族を目の前で殺されたんだよ」



(え?)



「…烏天狗は群れて暮らすんだ。こいつも、ある山に拠点を張った一族の出で、家族皆で仲良しこよしに暮らしてた。


だけどっ…ある日、一族全員が惨殺され、滅亡に追い込まれた。

ちっちゃかったこいつを家族が必死に逃がして、私と黒庵がそれを受け持って…別の一族でこいつは育ったんだ」



(その犯人が、安倍晴明なの?)


「…ああ」


「…あの山は人間の開発に使われ、わしは故郷も失ったんじゃよ、人間」


暗い顔をして、焦点の合わない目で呟くように言う宮下さん。



これが、復讐を誓った者の姿┈┈┈




一般論から見たら、アカネの方が間違ってると見えるかもしれない。


だって安倍晴明は彼の全てを奪って、また奪おうとしてるんだから。


敵討ち?やれやれって、一般論ならなる。



だけど、アカネは貿易。お友達を大事にする神様。



嫌なんだ、友達が悪意に染まっていくのが。



「…宮下。

私も安倍晴明を殺したいよ。


だって、タマを殺したんだ。烏天狗を殺したんだ。


その上スズを……憎いよっ、心の底から憎いよ!」



叫ぶように、アカネは吐き出した。





「だけど、私は鳳凰!

鳥を守り、統べるものだ!


宮下を復讐に染めたくないっ…」



「朱いの、いいんじゃ。

――わしをそんなに気遣うな」



宮下さんは、笑んだ。


スズを追いかけまわすいつもの笑顔で。



「でもっ」



アカネがいやがり、抗おうと首をふる。



「わしはもう、昔のちっちゃい宮下じゃない。

…昔から、復讐を誓ってたんじゃ。


殺させてくれ、な?」



諦めたように毒気の抜けた顔に、脱力を覚えたらしい。


アカネは何も言い返さなかった。


唇を噛んで、悲しそうに宮下さんを見る。



「いっつもわしは思うのじゃ。朱いのはちょっと純粋すぎやしないかい?」



「それはわらわも同感じゃ。我らの貿易はちとバカなほど優しすぎる…ま、魅力なのじゃが。


アカネ、柚螺に体を返してやってくれ。


そして――まずは、家に帰ろう。宮下も来るか?」



“悪ぃな、柚螺。…暴走した”


がくんと体の重みが帰ってくる。


息を二三回丁寧に吸って、体を馴染ませた。


…大分なれてきたな、俺。


「…大丈夫。ちょっと幼いよ、アカネ」


“うっせーよ、ばーか”


拗ねたみたいで、黙ってしまった。



「…わしは畏れおおくていけんよ。

だって、神々の最高神だぞ?」


「えー?お父さんはそんな畏まるほど怖くないよ?宮下さん」


「黄色いの……」



人間ではなく、神々の最高神である驪さん。


息子でもなんでもない、宮下さんがビビるのは仕方ないことだ。



“あー、それより早くスズ取り返してーんだけど、わたし”



「わかってる、アカネ。わらわも今回のことは頭にきているのじゃ。

もう殺そう、決定」



“鳥じゃないから賛成。狐だけど、タマの敵だしね”



本当にアカネの性格は単純だなあ。


あんまりにも幼いから、笑おうとしたときだった。





「――っ、」





なぜか、体中の力が抜けた。





がくんと地面に頭から倒れこみ、バウンドを繰り返す。


痛みよりも重力の異常な重みに意識がいった。



いきなり、体が重くなったのだ。



何かが乗ったのかと思ったが、そうじゃない。



マリオネットの糸が切れたように、立っていられなくなったのだ。



「…え、柚螺?柚螺!?」


「なんじゃ!攻撃か?」


「いえ…これは…」



騒ぐ声が遠く聞こえ、意識が飛びそうになった。


…おかしい、息もしづらくなってる。


酸素、なくなったのかなあ。


「はあっ…ん、く、は…」


「柚螺!」


鸞さんが揺すぶってくるが、息をするので精一杯。



何があったんだよ。


どうなってんだよ。



そう聞きたいのに、聞くことも叶わず。


ただ、地面に倒れながら、浅く息を繰り返すだけ。



心臓が痛いとかじゃなく、倦怠感を極限までひどくした感じ。



頭が、回らない。



「苑雛っ」


「どうやら霊力が大量に抜けたみたいだよ。我が主」


「注げばよいのか?しかしわらわもそんなに余分にはないぞ」


「意識を保てるぐらいでいいんです。僕今本当にないから、主頼みます」


「…わかった」



額に鸞さんの指が触れる。



途端、体が充実感に満たされた。


息のしづらさが和らぎ、酸素がみなぎっていく。


指の先まで温泉に浸かったみたいに安らいだ。



起き上がれるくらいにまで回復した俺は、よろけながらだけど起き上がる。


まだ倦怠感は残っていて、頭もふらふらするけど、さっきよりかはマシだ。



「……はあ…び、っくりした」



「うん、僕もいまのはさすがに驚いたよっ」


無邪気に笑ってる場合なの?緊急事態だよ苑雛くん。






「アカネっ!聞こえてる?おーいっ」


“…っ、あ、ああ…”



アカネの方が辛そうで、吐息混じりに返事をする。



「なんでこんなことに…」



「あのね、スズから霊力が奪われたからだよ」



「…え?」



「だからぁ、スズが霊力を減らすような目にあってるってわけ。

アカネはスズと繋がってる。

だから、スズに霊力を取られるんだ」



「…なっ」




霊力を減らす行為。




「それって、スズが…」



「傷つけられてるみたいだよ」




平然と語るが、それってちょっとヤバイんじゃないの?



あんなに霊力を根こそぎもって行かれる行為をされてるなんて。



「っ…」



あんなに、ちっちゃいのに。



『決めたの。この人のために死のうって』


『私はアカネさまの隣以外歩かない』



誰よりアカネに忠実で健気でかなりのツンデレで。


そんな彼女が、壊されようとしているなんて。




「…まずいね。早く場所を特定して――おにーさん?」




足が、自然とラーメン屋に向かっていた。




『私、嫌われたくないよっ…アカネさまに、嫌われたくない…』



スズはあのときのように、気丈に振る舞ってるんだろうか。


痛い目に、怖い目にあってるというのに。



アカネを想う、ひたむきなあの目が恐怖に染まってるなんて、耐えられない。




「あ、柚螺おそーい」


「帰ってきた……て、え?柚螺?」




二人が何かを言ってるけど、頭の中はスズでいっぱい。



早く、助けたかった。



「…黒庵さん」


「……んだよ、変な匂いがする」


「今、変なのがいるみたいなんで、当然ですよ」


「…変なの?」


訝しげに俺を見てきた。


冷たい瞳に怯みそうになってくる。


ごくんと、飲み込んで。




「今その変なのに、スズがやられてます」




「…す、ず?」



目が開かれていく。


そのとき、また霊力が絞られた。


がくんと体の重みが増す。



衝撃で片膝をついた。



「スズが、つれさらわれて、ひ、ひどいめに、あって」



「柚螺!」


「どうした、柚螺!」



かけよってきた二人を制止する。


ありがとう、けど。



けど――今はスズを手っ取り早く返すために、この人を目覚めさせたいんだ。





「柚螺殿、また…」



「だいじょ、ぶ。黒庵さ…」



ミサキくんが倒れかけた俺を支えてくれる。


呆然とした店内に、俺の荒い吐息が響いた。



「わ、かるっ…?僕、アカネと繋がって、だから、スズが危ないと、こーなってっ…はあ…」



「柚螺。いいから、早く帰ろう。早く帰って霊水を…」


鸞さんが止めてくれるのはわかるけど、なぜか無性に黒庵さんにスズを助けてもらいたいんだ。


だって、スズはアカネと黒庵さんが大好きなんだから。


二人が迎えにいった方が、きっと喜ぶ…



「いま言わなきゃっ…スズが危ないって、いま…」



“柚螺、私が変わる、どけ”



「いいよアカネ…俺が伝える。アカネが辛くなるからっ…」



“…こんにゃろ、気づいてたのかよ。私がこいつ避けてんの”



誰でもわかる。


アカネは記憶をなくした黒庵さんを恐れてる。



拒絶されたのが怖くて、関わることを避けていた。



証拠に、彼女は黒庵さんの前で一回も俺に話しかけなかった。



“…ありがと。私も黒庵にスズを救ってもらいたいよ”


「あ、かね…」



ああもう、体が重い。


「黒庵さ…ん、思い出して、おねがっ…!」



また、霊力が逃げていく。


何をされてるのかわからないから、余計に怖い。



「す、ずっ」



『早くかえってきてって、私待ってたんだからね』


『い、言う!言うよっ!言って、アカネさまの隣に立つ!』



頼むよ、これ以上あの子を傷つけないでくれよ。



「あっ…く、黒庵さ、」



“柚螺っ”


「…警察呼ぶ?」

「や、救急車…でしょ」


ようやく、と言っていいのか。


店内にいた人たちが動き出した。


携帯を片手に、救急車や警察を呼び始める。


いや、いらないんだけどな…。


「だいじょ、!」



がくんと、また体の力が抜ける。



酸素と気力が吸われていくようだ。



「っ、」


ミサキくんが支えようと、手を伸ばしたときだった。




――ふわりと体が浮いたのは。




地面すれすれだったのが、とっても高い位置に一気に持ち上げられる。


驚いて顔をあげれば、黒庵さんの綺麗な顔が目の前にあった。



吸い込まれそうなほどの黒い瞳。




「……バカ野郎、人間のくせに無茶しやがってよ」




上から振ってきたのは、超低温で冷酷な、されど優しさに満ちた声。





「ミサキ、注げばいいんだよな?」



「えっ…は、はい」



そ、と冷たい指が額に当たる。



それから、体がみなぎっていく快感。


暖かさに包まれて、指の先まで酔いしれていく。




お姫様だっこで霊力を注がれたのは、さすがに初めてだった。




「ちったぁ楽になったろ。

で?スズだっけ?


アイツまた拉致られてんのかよ…ったく、手ぇかかるガキだぜ」



「黒庵さ、」



――まさか、記憶が戻ったの?


呆然とする中、鸞さんが歩み出た。



「黒庵…お主……び、BLではないか!けがらわしいっ」



え?そっち?



「…ンだよ鸞、思い出した早々説教かよ」



「黒庵…なの?本当に?え、狐が化けて」



「苑雛までふざけんなよ。つかちっちぇなお前」



「う、うるさい!黒庵がバカでかいんでしょっ」



苑雛くんも軽くあしらった。


怒る苑雛くんに、小さく笑う。




“…黒庵?”




中で言葉が響く。


前は拒絶され、深く傷ついた言葉を、もう一度アカネは口にした。



「…アカネ、お前いつから男になったんだよ」



綺麗に弧を描いた口許に、アカネが安心したのがわかった。





“っ、…ばかぁ、だありんが、来ないからだよっ…!だから、柚螺に…ひっ”



しゃくりあげ、声が通じたことに涙する。


受け入れてもらった幸福。


拒絶された苦しみから、ようやく解放されたアカネは、ひどく幼かった。



「…アカネ、退こうか?」



“…うん、ありがと、ごめんね”



アカネらしからない素直さにちょっと驚いたが、意識を退かす。


体の重みがふっと解け、息ができなくなった。



「…ん、メイドっ娘に退いてもらったのか?」


「うん…あ、こいつは柚螺っていって、」


「この野郎、俺様の前で男の話するとはいい度胸じゃねぇか。俺ぁ男でもOKなタイプだぜ?」



(スズの言った通りの人だ…)



呆れるくらいのアカネ好きに、ちょっと引いた。



「どうしたんだよ柚螺!」



紅太が叫んできた。


…そりゃあそうだろうな、いきなり友達が息切らしてきたと思ったら男にお姫様だっこされていちゃいちゃしはじめてんだもんな。


…ドン引きだよなあ。



(…アカネ、なんか弁解頼む)



「え?あ…ああ…と、紅太く、紅太!わた、僕今日から男に走るわ」



「えぇええええ」



(こんのバカぁあああ!)


「アカネぇ…」



苑雛くんも頭を抱えた。


僕も頭抱えたいけど、あいにく頭がないから無理だった。



唖然とする紅太たちを尻目に、黒庵さんは厨房で呆然とこちらを見ていたおじさんに頭を下げた。



「…店長、すみません。のっぴきならない用なんで、早退させていただきます」



「え…あ、ああ…え?」



「で、今月で辞めさせていただきたく思います。まことに身勝手ですが、申し訳ありません」



「なっ…え、救急車とか大丈夫…なの?あ、ああ…辞める件はわかったけど、その男の子…」


「救急車はいりません。じゃ、荷物はあとで取りにきますんで…

鸞、行くぞ」


「命令するでない。それより辞めて良いのか?」


「ああ、“こっち”で忙しくなりそーだしよ」



お姫様だっこの上空からまさかの辞任を申し出た光景にあんぐりとすると同時に、なぜか嬉しくなった。


本当に、戻ったのだ。


笑いたかったがあいにく体をアカネにあげてるので笑えない。



「柚螺をどうするつもりですか」



そんなとき、背後から厘介の声が聞こえた。


「…あ?」


「柚螺の様子がおかしい。病院に行って、きちんと診てやるべきです」



(厘介…)



どこか冷淡に言うが、僕のためを思ってのこと。

いくら親戚と言えど、様子のおかしい友人をそのままにするのには反対だったのだ。


彼の僕を想うきもちが、純粋に嬉しかった。


神様とか理解してない厘介は、純粋に僕の体を心配してくれている。


友情が垣間見える瞬間だった。




(…アカネ、お願い)


「ん?」




(あとで全部話していい?)




「…!」



こんなにも僕を心配してくれているんだ。


嘘をついて、秘密を隠しに隠しているのは辛い。


裏切ってるみたいだ。



(あいつらは信用できるから…驪さんのことは話さないし、だから、お願い…)


「…しゃあねーな。許可してやんよ」



はあ、とため息をついたアカネは、弁明を必死に探した。



「…紅太、厘介。

ごめん、明日ちゃんと話す。

私は…じゃないや、僕は今大丈夫だから、心配すんな」



アカネがそう言ってくれたおかげか、納得はいってないみたいだけど食い下がってくれた。



「…明日、絶対だからな」


「わかってんよ」



じゃっかん口調がアカネになってるが、まあいいや。



「行くぞ、黒庵」


「あ?命令すんな鸞」


「……」



この野郎、と言いたげな鸞さんだったが、おとなしく苑雛くんを撫で撫でして抑えてくれた。

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妄想世界に屁理屈を。 @sukunabikona0114

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