春子のメリークリスマス

尾崎中夜

春子のメリークリスマス

春子のメリークリスマス


登場人物

●北山博司(きたやまひろし)……恋人と初めて過ごすイブに浮かれる大学生。

●伊藤春子(いとうはるこ)……北山の恋人。


場所設定

●北山の部屋(舞台中央にテーブル。椅子が二脚。下手にゴミ箱。壁にカレンダー)




  BGM、『ジングルベル』

  BGMが終わったところで舞台明るくなる。舞台は北山の部屋。

  舞台中央にテーブル。テーブルの上にはミニサイズのクリスマスツリー。

  椅子が二脚。下手にはゴミ箱。

  壁には十二月のカレンダー(二十四日に丸がついている)。

  北山、恋人の到着を「今か今か」と待っている。


北山「え~と、もうすぐ来るよな。……部屋はちゃんと片付けた」


  北山、部屋をうろうろしながら


北山「ゴミ無し。埃無し。ベッドのシーツも洗った。……で」


  北山、観客に背を向ける。


北山「……アレもよし。んふ。んふふ。厚さは……」


  北山、振り返る。


北山「いや、そりゃね。俺とハルちゃんがいくらプラトニックな付き合いをしているとは言え、一応大学生なんだし、それに今日は待ちに待ったクリスマス・イブ。聖なる夜を二人でお祝いするってことは、プレゼント交換。チキンにケーキ。どことなく甘い雰囲気。俺、肩に手を回す。ハルちゃんを優しく抱き寄せる。それからそれから……って、俺は誰に喋ってるんだ?」


  北山、上手側の椅子に座る。


北山「ハルちゃんの前では紳士でいなきゃな。彼女は俺の誠実なところを好きになってくれたんだから、期待を裏切るような行為はNGだ。……それに、ハルちゃん。可愛い顔して結構根に持つタイプだしなぁ。ま、そういうとこも好きなんだけどねぇ」


  SE、インターホン。下手袖から声。


伊藤「ヒロ君! 着いたよ!」


北山「おっ。来た来た。うん。今、開けまーす」


  北山、下手袖にはける。下手袖で互いに「メリークリスマス」と挨拶。

  それから、二人で部屋に入って来る。

  伊藤、大きめの鞄を持っている。北山、スーパーの袋を持っている。


伊藤「お邪魔します」


北山「むさ苦しいところだけど、どうぞ」


伊藤「ありがとう。袋重くない?」


北山「いやいや、このぐらい何てことないよ。ちなみに今日は何を作ってくれるの?」


伊藤「まだ秘密。そんなに大したものは作れないけど……でも、今日は二人で過ごす初めてのクリスマス・イブじゃない? 思い出に残るようなものが作れたらなって」


北山「くぅぅ、すっげー嬉しいな。俺達付き合い始めて三ヶ月だけど、俺、ハルちゃんみたいな可愛い子が自分の彼女だなんて未だに夢みたいだよ。いやぁ、今日ぐらいは神様に感謝しなきゃバチが当たるね」


  北山、神様に感謝する仕草。

  伊藤、それを見て笑う。


伊藤「ヒロ君。その袋、台所に運んでもらってもいい?」

北山「分かった」


  北山、上手袖にはける。伊藤、その間に下手側の椅子に座る。鞄は傍に置く。

  北山、プレゼントの箱を後ろ手に戻って来る。

  北山、椅子に座る。

  ちょっとした沈黙が流れる。

  北山、意を決して


北山「ハルちゃん」


伊藤「はい!」


北山「えっと、忘れないうちにこれ」


  北山、プレゼントの箱を渡す。


伊藤「えっ! これ?」


北山「うん。君にプレゼント」


伊藤「開けて、いい?」


北山「どうぞ」


  伊藤、箱を開ける。中には可愛らしいネックレス。


伊藤「うわぁ! え、いいの? これ?」


北山「きっと似合うから、つけてみてよ」


  伊藤、ネックレスをつける。


伊藤「どう、かな?」


北山「……とっても綺麗だよ」


伊藤「そんなに見つめないで。恥ずかしいから」


北山「あ、ごめん」


伊藤「ヒロ君、ありがとう! プレゼント大事にするね」


  伊藤、ネックレスを外して箱に仕舞う。箱はテーブルの端に寄せる。


北山「喜んでもらえて良かった。何だかこっちまで嬉しくなっちゃった」


伊藤「それじゃ、私からもヒロ君に」


  伊藤、鞄の中からプレゼントの箱を取り出す。箱には可愛らしいリボンがしてある。


北山「えっ、俺にもあるの?」


伊藤「当然じゃない。私達恋人でしょ」


北山「……俺、幸せ過ぎて今日死んでもいいな」


伊藤「またまたそんな。プレゼント、今度は失くさないでね」


北山「……あ、あぁ。先月は本当に面目ない。誕生日プレゼントをまさか電車に忘れるなんて……彼氏失格だよ。でも大丈夫! 今度こそ絶対に失くさないし、大事にする! それこそ肌身離さないぐらい!」


伊藤「本当に?」


北山「もちろん。だから、俺の方も開けていいかな?」


伊藤「ううん。待って。そのプレゼントは、後で」


北山「え~、俺だけお預け。そりゃないよ」


伊藤「お楽しみは取っておいた方が、ね?」


北山「う~ん。……どうしても今は駄目?」


伊藤「そうだね。……じゃあ、ご飯の時に開けよう。たぶん、その方がいいと思う」


北山「ふぅん。まぁ、中身を想像する時間があるってのも、それはそれで楽しいかもね。分かった。じゃあ、とりあえず許可が出るまで開けるのは待つことにするよ」


  プレゼントはテーブルの端に置く。


伊藤「ありがとう。それじゃ、私、料理作るね」


  伊藤、立ち上がる。


伊藤「腕によりをかけるから! 楽しみに待ってて」


北山「うん。楽しみに待ってる」


伊藤「それじゃ、台所お借りします」


  伊藤、鞄を持って上手袖にはける。

  北山、伊藤のはけた方向を見ながら、その場で匂いを嗅ぎ、少し首を傾げる。

  北山、伊藤が料理している間、テレビを観ている(テレビは観客席の向きにあると想定)。

  北山、悪い姿勢でテレビを観ながら


北山「伊藤ランラン、いつ観てもブスだよな。これでアイドルって、うちのハルちゃんの方が百万倍可愛いっての。ハルちゃんと苗字が同じってのも、またむかつくんだよな……ああもう、気分悪い」


伊藤「ヒロ君、もうすぐ出来るよ」


北山「あ、はーい!」


  北山、テレビを消す。

  伊藤、二人分のお盆を持って戻って来る。


伊藤「お待たせ」


北山「おっ! 待ってました!」


  伊藤、テーブルにお盆を置く(お盆に載せられたディナーは、聖なる夜には似つかわしくない――まるで、学校の給食かと思うようなもの)


  北山、伊藤の作った料理を見て


北山「えっ?」

伊藤「うふ」

   

  伊藤、もう一度上手袖にはける。鞄を持って戻って来る。


伊藤「料理、気に入ってもらえたかな?」


北山「う、うん……」


伊藤「うふふ。私達、何だか中学生に戻ったような気がしない?」


北山「うん。コッペパンにソフト麺。サラダ。何かまるで……学校の給食みたいだ」


伊藤「これで牛乳がついていたら完璧だったね。でも、ヒロ君。牛乳苦手だったもんね」


  ※飲み物は何の変哲もない水。


北山「……俺が牛乳苦手なこと、ハルちゃんに言ったことあったっけ?」


伊藤「ヒロ君、冷めないうちに食べよう」


北山「ん、そうだね」


  食事を食べる二人。


伊藤「……ヒロ君、正直がっかりした?」


北山「え?」


伊藤「チキンや暖かいシチューなんかを期待していたのに、彼女がクリスマス・イブに作ったものがこんな変てこなメニューで」


北山「……そんなことない」


伊藤「ほんとに?」


北山「そりゃ、ちょっとは驚いたよ。パスタかと思いきや、ソフト麺はさすがに予想してなかったからね。でも、それでもハルちゃんが俺のために作ってくれたご飯ってことには違いないんだ。学校給食。結構じゃないか。数年ぶりに童心に帰ったような気がするよ。これはこれで、ハルちゃんが言ってた『思い出に残るクリスマス・イブ』になると思うよ。十年二十年経った時、『そう言えば二人で過ごした初めてのイブに、ハルちゃんこういうの作ったよね』って」


伊藤「ヒロ君……?」


北山「あ、いや、俺、何言ってんだろ。そんな十年も二十年も先の話をするなんて、ちょっと気が早いよな。はは」


伊藤「明日のことさえ分からないのにね。今のうちから何十年も先のことまで考えてるなんて、ヒロ君はせっかちだね」


北山「せっかちなのは否定出来ないけど。……でも、俺、それだけハルちゃんのこと真剣に考えているから。俺達、まだ大学生だけど、でも、卒業してからも君とずっと一緒にいたいって思ってる」


  たっぷり見つめ合う二人。


北山「……返事はまだいいから。今日は、とりあえずそれだけ」


伊藤「…………」


北山「暖房効き過ぎかな? ちょっと暑……ハ、ハルちゃんは、暑くない?」


伊藤「ううん。ヒロ君、汗凄いよ(どこか楽しげに)」


北山「え、嘘! ちょ、ちょっと、奥の部屋で汗拭いてくる」


  北山、上手袖にはける。伊藤、その間、機嫌良さそうに鼻歌。

  和やかな雰囲気の中、それは突然だった。


北山「な、何だ! これ!?」


  伊藤、北山が驚いているのにも関わらず鼻歌を止めない。

  北山、慌てて戻って来る。


北山「ハ、ハルちゃん!」


伊藤「?」


北山「タ、タンスの中に、な、生ゴミが!」


伊藤「うふ。うふふ……」


  伊藤、堪えようとしても笑い声が漏れてしまう。


北山「ハルちゃん?」


伊藤「ごめんなさい。あなたの、その間の抜けた顔があまりにも可笑しくて。ふふ……」


北山「ハルちゃん、どういうことだよ!?」


伊藤「ふふ。ふふ……」


北山「笑ってるだけじゃ分からないよ! 鞄から少し変な匂いがするなって思ってたけど、悪戯にしちゃ随分ひどいじゃないか!?」


伊藤「……ひどい? 生ゴミをタンスの中にぎゅうぎゅう押し込むことって、あなたにとってそんなにひどいことなの?」


  北山、伊藤の両肩に手を置く。


北山「な、何言ってんだよ? いくらイブだからって、やっていいことと悪いことぐらいある。それぐらい分かるだろ!?」


  伊藤、首を傾げながら


伊藤「……私はあなたにされたことをそっくりそのままお返ししているだけよ?」


北山「ハルちゃん。俺がいつ君んちのタンスに生ゴミをぶち込んだよ? 何か俺に不満があるんだったら、こんな回りくどいことしないで素直に言ってくれよ!」


伊藤「……苛めっ子は、苛めた相手のことを本当に覚えてないのね」


北山「え?」


  伊藤、「そう言えば」と北山の手をやんわり払う。


伊藤「『プレゼントの箱、ご飯の時に開けよう』って言ったよね。開けてもいいよ」


  伊藤、お盆を端に寄せて、プレゼントの箱をテーブルの中央に置く。


伊藤「さぁ、どうぞ」


  北山、様々なことに戸惑いを隠せず、プレゼントの箱を開けられない。


伊藤「ヒロ君が開けないんだったら、私が開けちゃうね」


  伊藤、リボンを解き、箱を開ける。

  伊藤が「じゃーん」と嬉しそうに取り出したものはカッターでズタズタに切り裂かれた上履き。

  北山、驚きのあまり椅子から引っ繰り返る。


北山「う、うわぁ!」


  伊藤、上履きをネックレスが入った箱の上にどさりと置く。

  それから鞄の中を漁り始める。


伊藤「ヒロ君。……ううん。北宮中学校、二年三組、出席番号七番、北山博司君。あなたが私のことを忘れても、私はあなたのことを、あなたが私にしたこと……一生忘れないから」


  伊藤、鞄の中からノートを取り出す。そのノートを、北山の傍で淡々と読み始める。


伊藤「九月二十六日、『お前みたいなブスには彼氏なんて一生出来ねぇよ!』と言われた。

 十月三日、フォークダンスの練習中に『バイ菌が移る』と言われた。   

 十月二十一日、上履きがカッターでズタズタに切り裂かれていた。油性ペンで『ブタ』と落書きまでされていた。

 十一月七日、引き出しの中いっぱいに生ゴミが押し込まれていた。

 十一月二十八日、トイレに行っている間に数学の教科書がゴミ箱に捨てられていた。

 十二月十七日、花の水やりをしていたら、二階から水をかけられた。『これでちょっとは綺麗になっただろ』と笑っていた。震えが止まらず、その日は早退した。

 一月八日、お父さんとお母さんが離婚することに。私は母と暮らす。苗字が山本から伊藤に。引っ越しに伴って転校する。いつか絶対……」


  伊藤、ノートを閉じる。


北山「う、嘘だ! そ、そんなことあるわけがない」


伊藤「うふふ。……ねぇ、ヒロ君。私ね、あれからいっぱい努力したの。もう誰にも『ブス』だの『ブタ』だの言われないで済むように、それこそ死に物狂いで……。今日の私があるのは、きっとあなたのお陰よ」


  北山、怯えている。

  伊藤、北山に顔を近づけて歌うように


伊藤「賑やかなクラッカー。ちょっぴり贅沢なディナー。愛を込めた贈り物……。ふふ。クリスマス・イブって素敵な日ね」


  伊藤、北山の耳元で囁く。


伊藤「……ねぇ、今夜の私――『とっても綺麗』なんでしょ?」


  伊藤、勝ち誇ったように立ち上がる。


北山「ま、待って」


  北山、慌てて伊藤の手首を掴む。

  伊藤、先ほどまでの嬉々とした喋りから一転。北山の手を払い、虫けらを見るような目に。


伊藤「これ以上私に触らないで。『バイ菌が移る』から」


  北山、とどめの一言に崩れ落ちる。

  伊藤、コップの水をちょろちょろと北山の頭にかける。

   

伊藤「可愛い女の子にだけ誠実なヒロ君。素敵な夜をありがとう。――メリークリスマス」


  BGM、『ジングルベル』フェードイン。

  伊藤、鞄を持って下手袖に歩き出す。はける直前、ふと何かを思い出し振り返る。

  北山、縋るような目で彼女の動きを見つめる。伊藤、北山に笑いかける。

  その後、北山から貰ったプレゼントの箱を手に取る。

  箱を下手のゴミ箱に放って下手袖にはける。

  北山、放心。

  BGM、フェードアウト。


  ―――終わり―――

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