第43話
昼休み。
僕とゲンがグラウンドで対峙していると、何故か学園中の生徒が集まってきた。
「おい、特級クラスの生徒同士で模擬戦をやるらしいぞ」
「しかも、あの新入生代表が出るってよ」
生徒たちの話し声が聞こえる。
予想していたが、やはり特級クラスの生徒は学園内でも注目されているらしい。彼らからすれば僕らは一握りのエリート集団。一目見たいという気持ちも分からなくはなかった。
「ふむ、少し騒がしいが問題ないか?」
ゲンがストレッチしながら問う。
「何の心配をしているんだ?」
「我は全力の貴様と戦いたい。この無遠慮な視線で気が散るのであれば、場所を変えよう」
極めて真面目にゲンは言った。
対し、僕は「はっ」と不敵に笑ってみせる。
「愚問だな。俺がそういうのを気にする人間に見えるか?」
「……なるほど、確かに愚問だった」
実際のところ、ゲンの気遣いは的確だった。
新入生代表のスピーチをした時も思ったが、やっぱり僕は人目につくことが苦手だ。
けれど、その感情を表に出してはならない。
ルーク=ヴェンテーマは、もっと堂々としなければならない。
(しかし……まさか原作と同じように、ゲンと模擬戦することになるとは)
僕は心の中で苦笑いした。
実は原作のルークも、この日にゲンと模擬戦をしている。
原作のルークとゲンは、最終試験でどちらがより多くの魔物を倒すか競争していた。しかしその数が同じになってしまったため、模擬戦で決着をつけることになるのだ。
僕が経験した最終試験は原作とはだいぶ乖離していたため、てっきりこのイベントは消失してしまったと思ったが……ちゃんと残っていたらしい。
原作で行われたルークとゲンの模擬戦。
その結果は――――互角である。
しかし模擬戦の内容は、まだまだ余裕のあるゲンに対し、ルークは全てを出し切って食い下がったというものだった。
実質、ルークの負けだ。
「準備いいわね?」
隣でこちらの様子を見守っていたイリナ先生が、僕らに訊いた。
僕とゲンが模擬戦をすると聞いて審判を名乗り出てくれたのだ。特級クラスの生徒同士で模擬戦をすれば、被害も洒落にならないから……とのことである。
僕とゲンは同時に頷き、模擬戦開始の合図を待った。
相手は、原作ではルークよりも強い男。本来なら油断するべきではないが……。
(……サラマンダー、魔力制御を半分僕に任してほしい)
『それは、構わんが……』
(今後のためにも、《
ゲンとの模擬戦は僕にとっても好都合だった。
最初の山場である入学試験を乗り越えた今、僕の当面の目標は村を出た時と同じで、強くなることである。
目標は――シルフと契約できなくても、ストーリーを進められる強さを得ること。
シルフと契約できなかったあの日以来、僕は常に最悪の想定を頭の片隅に置いている。
最悪……つまりシルフと契約できないことだ。このための対策が必要になる。
「――開始っ!!」
イリナ先生が合図をする。
「ゆくぞ」
刹那、ゲンが目にも留まらぬ速さで肉薄してくる。
僕は《ブレイズ・アルマ》を発動して、距離を取った。
(……難しいな)
一瞬、《ブレイズ・アルマ》の出力がブレた。
危うく体勢を崩しそうになるが、すんでのところで踏ん張る。
精霊術の奥義《精霊纏化》を使いこなすには、魔力制御が大事だとサラマンダーは言っていた。
以前は《アクア・シュート》を複数展開して魔力制御の訓練を行っていたが、魔導兵器との戦いで僕は考えを改めた。実戦中の魔力制御は、練習のそれとは比べ物にならないほど難しく、要求されるテクニックは別物に近い。だからこそ可能なら実戦中に魔力制御を鍛えたいと思っていた。
「《アクア・シュート》」
ゲンが水の線を放つ。
高密度に圧縮された高速の水。岩をも切り裂くその魔法だが、僕はその射線をゲンの姿勢から予測し、放たれる前に回避行動に入っていた。
「《アクア・ハンマー》」
「《ブレイズ・エッジ》ッ!!」
水の槌と、炎の斬撃が衝突する。
飛び散る火の粉と水飛沫に、観客たちの「おおっ!!」という声が聞こえた。
剣を前に構えながらゲンの出方を窺う。
ゲンは、眉間に皺を寄せてこちらを睨んでいた。
「全力の貴様と戦いたいと、言ったはずだ」
刹那、ゲンは水の線を放つ。
僕はそれを紙一重で避けたが――その瞬間、空気が凍えたように感じた。
「っ!?」
放たれた水の線が、氷の刃と化している。
ゲンが刃を振り抜くと同時に、僕は身を屈めることでそれを回避した。
そんな僕の足元に、大きな影が落ちている。
「《アイス・ハンマー》」
頭上にいるゲンが、氷の槌を振り下ろした。
僕は反射的に剣を持ち上げ――。
「――《ブレイズ・エッジ》ッ!!」
想定外の威力で放たれた斬撃が、ゲンを吹き飛ばした。
地面を何度も転がったゲンは、やがてむくりと上半身を起こす。
「……我の負けか」
わっ、と歓声が湧いた。
『す、すまんのじゃ! 妾が制御してしまったのじゃ!』
(……いや、ありがとう。助かったよ)
修行のためとはいえ、ゲンを相手に力を制御するのは早計だったようだ。
ゲンは大怪我こそしていないが、継戦が好ましくない程度には傷を負ったのだろう。
回復魔法をかけるために、僕はゲンに近づく。
「遠いな」
水属性の回復魔《キュア》を発動する僕に、ゲンは言った。
「我は貴様にとって、全力で戦うことを躊躇する相手か」
「結局、全力を出さざるを得なかったんだ。言うほど遠くはないだろ」
そう――遠くない。まだまだ僕は油断できないのだと再認識することができた。
しかし、原作のルークが勝てなかったゲンに、僕は余力を残して勝利してみせた。このことから今の僕は、少なくとも武力という一点においては原作のルークに勝っていることが分かる。血反吐を吐きながら修行した甲斐はあったようだ。
「どうすれば、貴様のように強くなれる」
「それは、弛まぬ努力としか答えられないな」
笑って答えながら、ふと僕は思う。
打ち明けるなら、ここか――。
「俺は精霊と契約しているからな。だから二人分強いんだ」
ざわ、と周りにいる生徒たちが動揺した。
特級クラスの生徒たちも驚いてる。
無理もない。
精霊との契約は、魔法を学ぶ者にとって誰しもが憧れるものだ。
精霊と契約することで使用できるようになる精霊術は、人間一人で発動する魔法よりも遥かに効果が高い。だから僕はゲンに勝てたのだ、そう言外に伝えた。
「そんなものは関係ない」
しかし、ゲンはきっぱりと言った。
「精霊と契約を交わすには、相応の能力が必要だ。それに貴様の精霊術からは、凄まじい研鑽の跡を感じる」
ゲンは僕のことを真っ直ぐ見据えながら続ける。
「その剣も、その精霊術も、比類なき領域へと至りつつある。加えて、立ち居振る舞いからも感じる炎の如き気迫……それら全ての強さに我は興味があるのだ。あまり空虚な謙遜はするな」
「……そうだな、悪い」
こと強さに関しては、どこまでも達観しているのがゲン=ドーズという男である。
どうやら半端な優しさは不要だったらしい。
「なら、ゲンは純粋に俺より弱いだけだな」
「……ふむ。これが墓穴を掘るということか」
ゲンにも落ち込むという感情はあるらしい。
取り敢えず、これで模擬戦をやろうというゲンとの約束を果たすことはできた。
無事に勝てたことに内心で安堵していると、何やら人集りの一部が大いに盛り上がっていることに気づく。
見物人である生徒たちが激しく一喜一憂していた。その中心にはトーマがいる。
「……トーマ、何してるんだ?」
「え? それは勿論、賭けだけど」
当然のように返事をするトーマに、僕は溜息を吐いた。
僕らの知らないところで、この模擬戦の結果は賭けの対象となっていたらしい。見れば地面にオッズが書いている。……僕の方がオッズは低い。新入生代表の沽券は守れたようだ。
「どうせなら自分に賭けたらどうだ? トーマだって強いだろ」
僕は暗にトーマも模擬戦に参加しないかと提案した。
しかしトーマはいつも通りのへらへらした顔で、
「遠慮しておくよ。僕は見物する方が好きだから」
己の軽薄さを隠す素振りすら見せず、トーマは言った。
【書籍1巻3/5発売】やがて英雄になる最強主人公に転生したけど、僕には荷が重かったようです サケ/坂石遊作 @sakashu
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