ジェンガ

@cafe_mocha

ジェンガ

 心地の良い朝だった。薄暗い部屋にカーテンの隙間から朝日が差している。電気をつけると、部屋がぱっと明るくなった。私は徐にテレビの電源を入れた。朝なので音量はぎりぎり聞こえるくらいに設定している。


 朝の情報番組を見るのが最近は日課になっていた。今日も、先週起きた幼児誘拐事件について特集が組まれていた。たいして事件の進展もないのに、事件の真相や犯人の動機についてコメンテーターたちが推理ゲームを繰り広げる。毎度好き勝手言うコメンテーターたちを哀れだと思った。毎日満たされた生活をする彼らに何が分かると言うのだろうか。


 私は番組を見るのを後にして、プランターの花に水をやる。丁寧に育てると、ただの植物であっても実の子供のように愛おしく思えてくるものだ。


 花は好きだったが、以前は猫を飼っていたので、植物を家の中で育てることはなかなか叶わなかった。猫は飼い主の注意を引くためか、いろいろなものを床に落とした。そんなところも含めて可愛かったのだが。


 マリーゴールドの花弁が数枚落ちていることに気が付いた。落ちた花弁の一枚を何気なく拾う。花は枯れるから嫌いだという人がいるが、彼らは何も分かっていない。あんなに生き生きと咲き誇っていたのが、あっけなく枯れゆくのも含めて花なのだろうと思う。いや、むしろ枯れ果てた姿こそが花の真骨頂だといってよい。テレビで適当なことを言っていた奴らは、きっとこの花弁の美しさも理解しないのだろうと思った。


 拾った花弁を見つめていて、ふと自分が幼稚園児だった頃の記憶が蘇った。


 あれは幼稚園での出来事だった。周りの友達がままごとをしている中、私はブロック遊びに夢中になっていた。女の子では珍しい方だったと思う。ひとつひとつ、丁寧に積み上げ、やっとブロックの城が完成したと思った次の瞬間、男の子がブロックに突っ込んだ。きっと友達と押し合いにでもなったのだろう。私の築いた城は跡形もなく破壊された。私はどうすることもできず、ただ茫然とブロックの山を見つめていた。あのとき、私は何を思っていたのだろうか。


 なんとなくそんなことが気になって、私はあたりを見回した。もちろんブロックが見当たるはずはなかったが、偶然にも娘と遊ぶために用意していたジェンガが目に入った。ジェンガを箱から取り出し、机に組み始める。


 ブロックもジェンガも、こういった類のものは土台が大切である。三本の向きをしっかりと揃え、隙間を作らないようにし、交互に積み上げていく。決して手を抜かず、一本一本に集中する。そうして、ジェンガの塔が完成した。


 そのあとは塔から一本だけ引き抜き、塔の一番上に置いていく。爪でジェンガを少し押して、安全に塔から取り出せるかを確認するのも決して欠かさない。取り出した後も安心せずに、慎重に一番上に置いていった。そして、ジェンガがぐらつき、もうどこに触れても崩れてしまうというところで―


 私はぴんと張った人差し指をジェンガに近づけた。その指は少しだけ震えていた。そういえば、飼い猫が死ぬ直前も、私の手はこんなふうに震えていたっけ。


 人差し指がジェンガに触れる。


 ジェンガの塔はゆっくりと傾いていき、中腹で折れて、机の上に崩れ落ちた。大きな音をたてて、ジェンガは四方八方に飛んで行った。


 しまった、と思った。娘を起こしてしまったかもしれない。


 私は慌ててテレビの電源を消した。そして様子をうかがいに、娘のいる部屋に向かった。


 音を立てないように鍵を開けて、そっと室内に入った。彼女は、私が一人でジェンガ遊びをしていたことはつゆ知らず、ぐっすりと眠っているようだった。


 その天使のような寝顔に思わず笑みがこぼれた。このくらいの年の子供の寝顔には、特別なものがある気がする。私は少女に顔を近づけ、耳を澄ませた。少女は、静かに、しかし確かに、息をしていた。それは生命の証だった。


 さて、今日の朝ご飯は何にしようか。ホットケーキなら彼女は喜んでくれるだろうか。


 私は朝ごはんの一回であっても決して手は抜かない。ひとつひとつ、丁寧に。

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