◇SideB 氷室 美子ひむろ みこ(1年3組)

「王様から、3番にめいれ~い!」


 お調子者の優奈の声が放課後の教室に響く。いつもの仲良しグループで、最近はまっている“王様ゲーム”をしていた。

 適当にくじを引き、王様とそれ以外を決め、それ以外に振られた番号に王様が何でも命令できるのだ。

 たいていは、ジュースをおごるとか、嫌いな授業で手を挙げるとかそんなものだ。でも王様が優奈な時点で少し怖い。彼女はたまに、素っ頓狂なことを言い出すから。

 

「明日の昼休みにぃ~。告白してくること! ただし条件付き」


 やっぱり、そんなことだろう。学校で一番からかいがいのある奴に、とでも続くんだろうな。


「3番誰〜?」


 別の子の声が響く。人ごとだから楽しそうだ。

 ああ、嫌だなあ。3番はわたしだった。


「美子ね! よーし、じゃあ条件を言うね……」


 優奈は楽しそうに次の言葉を言った。





 告白の相手は決めていた。1組の笹塚 敬一。あまり目立たない男子だけど、わたしは彼を知っていた。

 

 あれは、入学式に向かう電車の中だった。わたしは痴漢にあってしまった。

 こういうとき、泣き寝入りをしてしまう子もいるけど、わたしは違った。こういうのは許せない。痴漢の手を捻り上げ叫んだ。


「この人、痴漢です!」


 電車内はざわつく。しかし、痴漢は手をぱっと振りほどき、舌打ちをした。


「やめてくれ、俺は何もしていない! でっち上げだ! 冤罪だ! いつもそうやって、金を巻き上げているんだろう!」


 その必死さに、周りは言った。


「最近冤罪も多いって聞くし」「あの子はあんな派手で、いかにも金が必要だって感じだ」


 この見た目は気に入っていた。必死にお小遣いを貯めて髪を染めたし、パパとママをなんとか説得してピアスを開けるのも許してもらった。確かに派手と言えば派手だ。でも、わたしの中身はいたって誠実なのだ。これは好きなファッションだというだけ。

 一方の痴漢は真面目なリーマン風。どっちを信じるのか、周りの人は考えるまでもないみたいだった。疑いの目は、わたしに向けられている。


 すごく悔しかった。でも、その時、ふいに助けの声が聞こえた。 


「オレも見たよ。さっきそのおっさんがヘンな動きをしていたの。触ってたかまでは分からなかったけど、そうやって、見た目が派手だとか真面目だとかで判断すんなよ」


 驚いてそっちを見ると、同じ学校の制服を着た男子がいた。周りも彼の言葉に思わず黙った。


「ありがとう」と礼を言うと、「見た目で判断する奴が嫌いなだけだ」とぶっきらぼうに言われた。


 結局、親切な女性が味方になってくれて次の駅で痴漢を駅員に引き渡した。痴漢は諦めて罪を認めた。

 その男子と再会したのは入学式だった。なんと同じ学年で、ちらっと見た名札には“笹塚 敬一”と書いてあった。でも残念ながら違うクラスだった。


 ……以来、話す機会をずっと伺っていた。チャンスはあった。一度だけ。たまたま掃除当番で隣の持ち場になったのだ。

 だから思い切って声をかけてみた。


「あの、この前はありがとう」

「はあ?」


 怪訝な顔をされた。なんと、笹塚はわたしのことを覚えていなかったのだ。笹塚はヘンな顔をしたまま去ってしまったので、話せたのは本当にその一回きりだった。

 ……でも、覚えていないのも当然かもしれない。見ていると、笹塚は本当にいいことばかりしているのだ。


 電車では必ずお年寄りに席を譲るし、迷子を助けたこともある(毎日登校時間を合わせているし、帰りもたまに後をつけるから間違いない)。だからわたしを助けてくれたのも、そんな善行のうちの、ほんのわずかなひとつなだけだった。


 笹塚はなにげに成績はいいし、お箸の持ち方もきれいだ。魚の骨も丁寧に取る。実は字も綺麗。声もいい。地味だけど、悪い顔じゃない。むしろ、ひそかにかっこいい。恋は盲目だと優奈には笑われるけど、ずっと見ていたから分かるのだ。まだ同学年の女子に彼の良さはばれていないけど、目の肥えた先輩女子たちにはさりげなく人気がある。

 もっと広まってしまう前に、なんとか手を打たなければ。なんとかしなくては……!




 だから、条件付き罰ゲームで告白する相手は決まっていた。まさか、すぐOKしてもらえるなんて思わなかったけど。


 今日、一緒にこうやって帰れるなんて、夢みたいだ。照れているのか、笹塚はすこし挙動不審だ。それもいつもとは違って新鮮で嬉しい。

 そしてしきりに尋ねてくる。 


「罰ゲームだよな?」

「そうよ?」


 どうして知っているのか分からないけど、本当のことだから否定はしない。彼の前では素直でいたいし。おしゃべりな優奈あたりが言っちゃったのかなあ。少し照れる。


 笹塚とカラオケに行って、ハンバーガーを食べた。いつも友達と遊ぶコースも、笹塚とだと全然違って感じる。


 化粧をしなくても美人だと言われて、すごく嬉しい。笹塚がそう言うなら、信じてみようかな?


 そしてあっという間に時間が経ってしまった。もう帰る時間だ。

 

 ……こういうとき、手練れの優奈ならささっとキスでもするのだろうが、わたしは男の子と付き合うのは初めてだから、小さく手を振るのが精一杯だった。

 

「じゃあね、今日は本当にありがとう」


 そう言うと笹塚は周りをキョロキョロ見回した。もしかして、人がいないのを確認してる? 

 ――キ、キスとかしちゃう流れなのかな。どうしよう、心の準備ができていない!  


 心臓がバカになったかと思うくらいどきどきしてきた。

 しかし、


「罰ゲームだよな?」笹塚はそう言っただけだった。


 なんでそんなに何度も確認するんだろう。不思議だけど、答える。


「そうよ?」


 キスを期待していたから顔は真っ赤かもしれない。それに、罰ゲームの内容を思い出してさらに赤面する。


 ――本当に好きな人にガチ告白すること! 



 ゲームの条件はそれだった。優奈は言った後、わたしに向かってウインクをした。

 彼女には恋の相談を何度もしていて、優柔不断な背中を押してくれようとしていたのだ。


 告白が成功して、一番に喜んでくれたのも彼女だった。校舎の裏で大きな歓声を上げてくれて、自分のことのようにはしゃいでいた。持つべきものは親友だ。

 だって一人だったら、笹塚に「ずっと好きでした。わたしと付き合ってください」だなんて本心、言えないもの。


 だから、当の本人に何度も何度も「本当に好きな人に告白した罰ゲーム」のことを確認されると照れてしまう。


 それでも笹塚を見上げて、なんとか言う。


「笹塚。また明日、一緒に帰ろう?」


 明日も会いたい。こんなことをこうやって言える日が来るなんて、わたしはなんて幸せ者なんだろう。

 なぜか困惑気味だった笹塚は、意を決したような表情になるとわたしの目をまっすぐに見つめて言った。


「わかった。でも明日は、オレがおごるから。……男の矜恃だ」


 ああ、こういうところも、大好きだなあと思った。



〈おしまい〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「罰ゲームだよな?」「そうよ?」~学校一の美女ギャルが陰キャのあんたを本気で好きになるわけないじゃない~ さくたろう @2525saku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ