第3話

さて、神社の利吉はといいますと、 これがまあ性根を入れ替えたといいますか、人が違ってしまったといいますか、ほんの数日で立派になってしまい、それなりの風格まで備わってしまったから驚きです。明け六つを待つことなく誰よりも早く起き、手際よく几帳面に一日をこなします。何処から見ても文句のつけようがありません。いったいどうしてしまったのか……。

 それは神様が乗り移ったに違いないと宮司が思うほどでした。

 しかし変わっていないことが一つ。 

 相変わらず夜になると、必ず月を見上げるのでした。



 昼八つを過ぎた頃、佐野屋一行はお江戸は日本橋にある、お里の輿入れ先である呉服問屋末広屋に到着しておりました。 

 末広屋が扱う雅な反物は娘たちが奪い合うほどの人気です。

 それから二日が経ち、祝言の日になりました。同行した奉公人たちは祝言が行われる広間の隣の部屋へ案内されました。

「五平、ちょっと来なさい」

「へい」

 佐野屋の主人に呼ばれ、五平は部屋伝いの廊下に出ました。

 そこで五平が見たものは、白無垢に身を包み、母親に手を引かれたお里の姿でした。その美しさに息を呑み、五平は急いで中庭に下り、深く頭を下げました。

 主人の計らいでお里に会わせて貰えたのでした。

 五平の前でお里が足を止めました。

「五平さん、無事にこの日を迎えることができました。ありがとうございました」

 五平は更に身体を低くすることで、お里の言葉に答えました。足音が遠ざかって行きます。

 五平は涙で見えないままに、この一瞬を胸に焼き付けたのでした。



「利吉! 文が届いたぞ。佐野屋からじゃ。無事に着いたと書いてある。今頃は祝言の最中やもしれんなあ。おおっ! 五平が大活躍したと書いてあるぞ」

 利吉はただただ嬉しくて、何度も頷きました。

「利吉、五平が帰って来たら良くやったと褒めてやれや」

「えっ?」

 感動と感激は一瞬にして何処かへ行ってしまいました。

「それは無理です宮司さま。盗み聞きしたことや、とりもちで紙を取り出したことが全部ばれてしまいます」

「そうか……わしもそれを読んだ……利吉、絶対に言うなよ」

「へい」

 利吉は今まで通りでいいと思っていました。五平の願いが叶えばそれでいいと思っていたのです。

(あの男の願いはおいらが叶えてやる)

 あのへんてこな決心をした日から、五平の兄にでもなった気持ちでいたのかもしれません。

 数日すれば、五平たちが帰って来ます。



 そして待ちに待ったその日。 

 一行が帰って来ました。

 遥か向こう、木々にいったん隠れ、勿体ぶるようにゆっくり姿を現し始めました。賑やかな声が徐々に大きくなり、晴れやかな笑顔の一行がはっきり見えてきました。 

 宮司と利吉は見物人に紛れ、背伸びをして見ています。

「利吉、来たぞ!」

「えっ?」

 利吉は五平の姿を探しました。

 居ました。主人が乗る駕籠の横を歩いています。しっかり役目を果たしたかのよう、立派に見えました。

 それは利吉の望みが叶った瞬間でもありました。



 その後、誰が言い始めたのか、蕨宿の神社は願い事が叶うと評判になり、参拝者で賑わうようになりました。

 神社の参道が常に綺麗に掃き整えられていたのは、言うまでもありません。 

           了

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江戸界隈巷話『利吉の望み』 mrs.marble @mrsmarble

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