Tiny Tiny Christmas (6000字程度の短編)
夕奈木 静月
第1話 イブの街で買い物を
「
はじける視線と軽やかな靴音。
目の前の少女は、その屈託のない瞳で僕に問いかけた。
「もちろん」
微笑むと少女はさらに表情を明るくして僕の数歩前を駆けていく。
彼女の名前はエマーリア。初めて会ったときに頬を染めながら名乗ってくれたのだった。僕も慌てて自己紹介をした。名前に年齢、仕事や趣味、それから……。彼女はそんな僕を興味深そうに眺めていた。
あれからどれくらい経ったのだろう。彼女の髪は腰まで伸び、表情も大人っぽくなった。
「見てください! どうやって運んだんでしょうか!? すごいですね……!」
ビルの吹き抜けに十数メートルはあるだろう高さのクリスマス・ツリーがそびえ立っている。
「ほんとだ。横向きにして入り口を通ったのかな? すごい」
本当に壮観だった。ツリーだけではなく、そこに施された飾り付けが素晴らしかったのだ。
「キラキラした飾りがいっぱい……。素敵ですね」
エマーリアがうっとりとした目で見上げる先には、様々な色をした鈴やプレゼント箱のオーナメントが空調の風でかすかに揺らいでいた。
「うん。この季節が来るとエマと出会った時のことを思い出すよ……」
僕はエマーリアのことを『エマ』と愛称で呼んでいる。
「私もです……! 凍えそうな冬の日でしたね」
僕らは記憶を手繰り寄せるように吹き抜けから青く高い空を見上げた。
あの日、冷たい風に震えるエマを守りながら僕は家路を急いだ。年の瀬が迫った真冬の景色が脳裏によみがえる。
僕は、はたして人として、彼女のパートナーとして成長することができたのだろうか。少女から少しだけ大人の女性に近づいたエマをすぐそばに感じながら思う。
「毎日毎日、お部屋で一緒に過ごしているのに、こうして外に出てみると想さんのお顔が全然違ったものに見えてしまいます……。これもクリスマスの魔法……なのでしょうか」
エマが僕のほうを見て不思議そうに首を傾げた。さりげないそんな仕草が、かじかんでささくれた心を優しく包んでくれる。
今日、彼女はベルベットのジャケットに短めの丈のプリーツ・スカート、タイツの先にはエナメルのローファーを履き、仕上げに毛皮のコートを羽織っている。
完璧なスタイルだ。すらりと伸びた手足が人目を引く。おまけにブロンドの髪が冬の太陽を反射してまばゆく輝くものだから注目するなというほうが無理だった。
周囲の人々の視線が集まり、そしてまた離れていく。
ビル内の雑貨店をぶらぶらした後、僕はエマと共に冬の外気の中に再び舞い戻る。
「大丈夫? 寒くない?」
「お日さまがぽかぽか照らしてくれているから平気、です」
12月24日、土曜日。クリスマス・イブの街中を歩く僕らの心は穏やかさに満ちていた。誰かがフライド・チキンを手から落としたときには一緒になって嘆いてあげられるくらいに。
月曜になれば年末最後の仕事をやっつけるために会社での死闘が始まるだろう。僕もそうだし、残念そうにフライド・チキンを拾ってゴミ箱に処分しているあの彼もきっとそうなのだろう。そうやって世界は回り、公園の鳩は人間にもらった餌をついばむ日々を送る。
「他に行きたい所はある?」
「そうですね……、あっ!」
ビルのすき間から遠くを見ていたエマが何かを見つけた。
「新幹線……という名前だったでしょうか? あの長細い乗り物に乗ってみたいです!」
確かに、あの空力を重視した流れるような姿はインパクトがある。彼女は見慣れていないからなおさら興味があるのだろう。子供のようにはしゃぐエマを午後の陽光がじんわりと包み込む。
続きは25日午前7時に公開します。
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