第3話 ずっと一緒にいよう

「ふう、なかなか大変だったね。ごめんね、ありがとう」


「いいえ、このくらい構わないですよ。たくさんの人の列に並ぶことだって私は初めてでしたから……。いい経験になりました」


 エマに疲れの色は見えず、僕は一安心だった。


「よかった……。無理させてるんじゃないかって心配だったんだ」


「そんなことはありませんよ。でも……お気遣いが素直に嬉しいです」


 傾いた太陽がエマの髪を黄金色に染める。僕はなぜかパレットの上で薄まってゆく絵の具を思い出した。黄色やオレンジ色が水によって淡くはかない、光のような色へと姿かたちを変えられていく光景を。


 鈍い光線の中に彼女が溶けて消えて行ってしまいそうな気がして、僕は慌ててエマの手をつかんだ。


「うれしいです……。想さんは普段あまり私に触れて下さいませんから」


 風に揺れる前髪にまばたきをしながらエマが僕を真っすぐに見据える。


「ずっと……、こうして手をつないでいたいです……。どこにいても、何をしていても奏さんと一緒がいいです……」


「うん……。僕も全く同じ気持ちだよ。嬉しいな……」


 気づいたら僕は彼女を抱きしめていた。暖かなぬくもりが触れあう身体から伝わり、白く染まった吐息が僕の耳にかかる。


 少なくとも今この時、まちがいなく僕の腕の中にあるエマ。安心感が心地いい眠気を誘う。その源を無意識に探っていると、彼女の両手が僕の背中を慈しむようにさすっていることに気づいた。


 このまま二人で風景と一体になってしまいそうな気がした。この場所にまるで絵画のように僕らの姿が残る。それは未来永劫色あせることのない、ここに僕らがいたことの証明となるようなものなのかもしれない。



 指を絡ませるように手をつなぎ、僕らは電車を乗り継いで家に帰る。せわしない年末の街が紺色のベールに包まれる頃、僕は部屋の扉を開けた。


「おつかれさま、エマ」


「おつかれさまでした、想さん」


 暖色の照明がじんわりとリビングの景色を映しだす。

 着替えを済ませた後、僕は工具箱を持ち出した。


「どうされたのですか? なにかトラブルでもありましたか?」


 エプロンをつけたエマがキッチンから顔を出す。


「ううん違うよ、驚かせてごめん。クリスマスの飾り付けでもしようかと思って」


「私も手伝いましょうか?」


「いやいや、エマは料理してくれるんだから大丈夫だよ。僕だけ何もせずにいるのは申し訳ないし、何かできることはないかと思っただけだから」


「そうなのですね! どんな感じになるのでしょう……。楽しみにしています」


 剥がせる両面テープで壁にカラーテープを張り、その次の作業を考える。幼いころに戻ったような感覚だ。自分の創意工夫次第で身の回りのもの全てが工作材料や遊び道具に変身していたっけ。夢のような時代だった。


 少しくらいクリスマス・オーナメントを買っておけば良かったかと思いつつも、厚紙を切って色を塗ることで星を作り、新聞紙を丸めて光沢のある折り紙を巻いてプレゼント箱のミニチュアを完成させた。


「ごめん、見栄えはよくないけど……」


 一時間と少し経ったくらいだろうか。エマが様子を見に来てくれた。


「そんなことはありませんよ……。心がこもっているのがすぐに分かりました。料理も、物も、作った人の想いや感情がありありと現れるものだと私は教わりましたから」


 エマは目じりを下げ、手元にあったものだけで作った急ごしらえの装飾を褒めてくれた。


「あっ、ツリーがない」


 昼間に見た、光り輝くオーナメントのことばかりが頭にあったせいか、僕はツリーのことを忘れていた。


「うふふっ……。そういうところも想さんらしくて……好きです」


「へっ? いま何か言った?」


「なんでもありません……。そうだ、あれなんかぴったりではないでしょうか?」


 エマが指さす先には観葉植物があった。


「ぜ、全然形が違うけど……、いいの?」


 苦笑いして僕は尋ねた。


「構いません。せっかく想さんが作って下さったものを無駄にはできませんから」


 言うが早いか、エマは手作りオーナメントを手に、たくさんの葉をつけたベンジャミンの前に立った。


「ここに、こうして……」


 お菓子の袋止め針金を上手く使って装飾していくエマを僕はあっけに取られて眺める。

 ん? なにか焦げ臭いな?


「あ! ガス付けっぱなしっ!」


「忘れてました!!」


 エマは必死で台所に飛んでいった。おっちょこちょいなところがなんだか僕にそっくりになってきた気がする。



続きは27日午前7時に公開します。

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