第4話 部屋でまったりと

 夕食は見るからに豪勢なビュッフェ形式だった。テーブルに呼ばれると、エマがテーブルのセッティングから何から何まで手慣れた様子で準備してくれていた。


「すごい……。これ全部一人で作ったの?」


「はい。でも、そんなたいしたものではありませんので……」


 シュリンプエッグにハンバーグ、ニシンの酢漬けなどなど……。北欧風クリスマスディナーといって差し支えないだろう品々がテーブル上に所狭しと並ぶ様は壮観だった。


「では、いただきます」「では、いただきましょうか」


 僕らの言葉が意図せずハモった。こんなことが起きるということは、エマと僕は全く同じことを考えて同一のタイミングで呼吸をしているのかもしれない。違うのかもしれないが、そうであって欲しいと願った。


「うふふっ……。被ってしまいましたね」


「うん。全然ズレてなかったよ。パーフェクト!」


 お互いに顔を見合わせて微笑む。

 BGMにスローなジャズをセレクトして照明を暗めにする。


 エマの手作り料理はどれもこれも絶品だった。日本人である僕の味覚を意識した味付けになっていることは明らかで、その心遣いが身に染みた。


「ありがとうエマ。最高のクリスマスになったよ」


「どういたしまして……。想さんのオーナメントも素晴らしいですよ」


 プレゼント箱のミニチュアが、暗いリビングでダイニングの光をかすかに反射して浮かび上がっている。


「あはは……。来年はもっといいものを買おうか」


「いえ、やはり来年も想さんの手作りで! さらなるレベルアップを期待しますね」


「いやいや、それプレッシャー半端ないから……」


「うふふっ……冗談ですよ」


 美味なるごちそうに満たされたおなかとよく効いた空調のせいか、僕はうとうとしてきてフォークを二度ほど皿に落としてしまった。


「満足して頂けて本当に良かったです、想さん……」


 エマのとろけそうに甘い声を耳に残したまま、僕の意識が遠ざかっていく。



 目覚めると、朝だった。

 デジタルの目覚ましは12月25日7時過ぎを示している。


 エマはいつもどおりに僕のベッドの脇にあるガラス製のドールケースの中にいた。

 整った髪、サイズも色合いも完璧な衣装。彼女が美しく微笑して僕を見つめている。

 夢だったと気づくのに数十秒、長い長い夢だったから現実がどんな世界だったのか思い出すのにまた十数秒、時間がかかった。


 今、僕の心の中では夢から覚めてしまったことを残念に思う気持ちが半分と、素敵な夢を見られたことへの感謝がもう半分くらいでせめぎあっている。


「あれ?」


 ケースの中のエマを何気なく見やると、そばに置いているドール用のハンガー・ラックに買った覚えのない真っ白なコートが架かっていた。

 彼女が夢の中で着ていたものとそっくりだ。ついでにまるで脱ぎ捨てられたようにニーハイタイツがラックのそばに落ちていた。僕はガラスケースの鍵を開けた。


 純白のコートを手に取った僕は、ポケットから少しはみ出しているものがあることに気づいた。模様のようなものが見えている。


「なんだろう……」


 よく見ると数字だった。12.24 14:05。これは……夢の中で買った入場券だ。エマが記念に欲しいと、もらって帰ってきたものじゃないか。


「ん……?」


 さらにエマの姿をよく見ると、波打つプリーツスカートの右側の糸がほつれている。これはデパ地下でひっかけた時のものなのか? いやいや何かの間違いだ。以前からこうなっていたのだろう。


 僕は自分の目を疑った。寝ぼけているのかと思ってキッチンに向かい、冷蔵庫から牛乳を取り出した。コップに注いで一息に飲み干すと再び冷蔵庫にパックを戻す。


 と、庫内に夢の中で見た覚えのあるケーキの箱を見つけた。

 まさかな。23日の会社帰りは一人で痛飲していたから、知らずケーキ屋にでも寄って買ったのだろう。製造日を確認する。……信じられない、24日だ。


 そもそも僕は24日に何をしていたのだろう。

 記憶がない。そもそも23日にどうやって家に帰ってきたのかも覚えていない。


「……どうなってるんだ?」


 僕は独りつぶやいて寝室に戻った。もう一度確かめたくなったのだ。

 サイドテーブルに置いた真っ白なドール用コートの隣には、しっかり入場券が並んでいる。日付もさきほど確認した時のままだった。どうやら寝ぼけてはいないようだ。


「夢じゃありませんよ……。想さん」


 甘い声がした。慌ててガラスケースを覗きこむ。

 エマが僕の方を見て一瞬ウインクをした気がした。

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Tiny Tiny Christmas (6000字程度の短編) 夕奈木 静月 @s-yu-nagi

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