第2話 利口な大人じゃなくてごめん

 僕らは駅へと向かう。


「はっ! やっぱり今日は見るだけにします」


 エマが何かを思い出したように我に返った。


「どうして? 遠慮しなくていいんだよ」


「いえ、今日はクリスマスです。家に帰って飾り付けをして……、想さんのためにディナーの用意もしたいですし……」


 彼女はサンタにお願いするプレゼントを考える子供のように、にこにこしながら色々なことに思いを巡らせている。


「気を遣ってくれなくていいのに」


「心配しないでください。これは私の意志であり希望ですから……! 一年間休みなく頑張ってきた想さんにほんの少しでもくつろいで欲しいのです」


 夜になるのを今か今かと待ちわびるイルミネーションの電飾を横目に見ながら、僕らの足取りは軽く、きっと世界中のどのカップルよりも浮かれていた。


 入場券を買い、新幹線ホームへ。

 冬休みだからか小さな子供の姿も見られた。先頭車両のそばで、はちきれんばかりの笑顔を見せている。

 エマは少し離れたところにいて、夢中でスマホのシャッターを切っている。


「もっと近づかない?」


「でも……」


「ほら、こうしてさ。おおーっ、かっこいい」


 僕は新幹線の近くに行き、柵から乗りだして前かがみになり、車体に抱き着くような格好をした。


「うふふっ……! やりすぎですよ、想さん。もう……」


 思わず漏れたエマの上品な笑い声に僕は満足した。

 と、


「おっとっと……」


 両足のバランスを崩してよろけてしまった。


「お客さん、危ないですよ!」


 駅員さんに怒られる。


「あははははっ」


 周囲の子供たちも笑っている。

 場が和んだところでエマのスマホを預かって彼女をフレームに収める。


「もうちょっと左かな? いくよ、はいチーズ」


 目を細めて少し照れながら、エマはディスプレイの中で満面の笑みをつくった。




「無茶してはいけませんよ?」


 エマが「めっ」と両手指でバツ印をつくって僕を諭す。


「ごめんごめん」


 僕は街路を歩きながら、彼女がさっき思わず吹き出したときの表情を思い出した。写真に残しておきたかったな、と少し残念になる。馬鹿な僕を見て呆れたような、それでいて心の底から楽しそうな表情を。


「そうだ、デパートでケーキも買っていい?」


「もちろんです! さすがにケーキまでは作れませんから」


 次の目的地に向け、人込みを縫って白い息を吐きながら僕らは歩いた。



 デパ地下の食料品売り場はごった返していた。人波に押されて思うように歩けない。


「きゃっ」


 コートを脇に抱えるエマのスカートの裾が何かに引っかかったようだ。

 特売品が並ぶスチール製の錆びたラックだった。僕は糸がちぎれないよう丁寧に絡んだ生地を引きはがす。


 顔以外で冬季唯一の肌領域である太ももとニーハイタイツの食い込みがすぐ目の前にある。眩い白肌が目に飛び込み、甘い女の子の匂いが立ち上ってきて胸が高鳴った。

 無防備な色気に身体の芯が熱くなってくる。僕もコートを脱ごう。


「び、びっくりしました……! ありがとうございます想さん。助かりました」


 エマはわざわざ頭を下げてくれる。


「ううん、大丈夫」 


 エマの作るクリスマス料理のための食材を買いそろえ、ケーキは二十分ほど並んでようやく買うことができた。その間も退屈せずに待つことができたのはもちろんエマのおかげだ。



続きは26日午前7時に公開します。

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